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スバルとユニの攻防

 畑に行くと、ユニは野菜の水やりをしていた。

 鼻歌を歌っていたけれど、今日のは特に魔法の効果のある歌ではないようだ。


「ユニ」


「あっ、ターロイ! お帰りなさい」


 声を掛けると、こちらに気付いたユニが笑顔で駆け寄ってくる。そして、隣に立っているスバルを見つけて目を瞬いた。


「……誰ですか?」


「ふわあ、この子かわゆいです……! 何、この良いによい……!」


 ユニを見た途端に、何故かスバルのテンションが上がった。すごい、瞳がきらきらしている。そしてめっちゃスカートの後ろが捲れ上がってる。


「……スバル、尻尾」


「はっ!? いかんです、ちょっと興奮してしまったです」


 慌ててぶんぶんと振れていた尻尾を押さえるが、ユニにはモロ見えだった。


「尻尾……?」


 早々に正体を見せてしまったスバルに少し頭が痛くなる。しかしまあ、どうせユニもエルフの系統なのだし、同じ部屋で寝起きすることを考えればバラしてしまっても差し支えあるまい。


 ターロイは周囲に誰もいないことを確認してから、ユニにスバルを紹介した。


「ユニ、こいつはスバル。今日からここで一緒に生活する。見ての通り、獣人だ。女同士ということでお前の部屋に入れるが、構わないか?」


「あ、うん。女同士……じゃあ、スバルさんの魔法は解除した方がいい?」


「……スバルにも男に見えてるのか?」


「魔法は常時発動してて、ボクの一定の範囲内に入ると勝手に幻惑に掛かっちゃうから」


「そうか。だったら解除した方がいいな」


 ターロイが言うと、ユニはすぐにスバルの魔法を解除した。

 それに唐突にユニの性別の認識を覆されたスバルは、ぱちくりと目を見開いた後、何だかさらにテンションが上がったようだった。


「はわわ、女の子……ッ! これは可愛いぃぃぃ! なっ、撫でていいですか!? 抱きついていいですか!?」


「落ち着け、スバル。ユニが怖がってるぞ」


 思わぬ反応に子供がビビっている。正直ターロイもどん引いている。これ、今晩から同室にさせて大丈夫だろうか。


「おっと、取り乱してすまぬです。別に怖がらせたいわけではないのですよ。待って、ちょっと深呼吸するですから。スーハースーハー。……はああ、超良い匂いです……」


 あんまり落ち着いてないようだ。ユニがターロイの後ろに隠れながらスバルの様子を伺っている。


「こ、この獣人さんって、いつもこんな感じなの……?」


「いや、本来はもっとしっかりした奴なんだけど」


 そういえば、森の住人であるエルフ族と獣人族は相性が良いんだっけ。獣人族は本能的にエルフ族の匂いが好きなのかもしれない。

 特に、ユニはエルフでも稀少な『歌姫』だ。

 獣人たちが守りたくなるような匂いを発している可能性もある。


 何にせよ、とりあえず。

 ターロイはスバルの鼻を摘まんだ。


「……あにするでふか」


「匂いを遮断すれば少しは落ち着くかと思って」


 不満げなスバルだったが、理由に納得したのか無理に外そうとはしなかった。少し彼女のテンションが落ちてきたのを見計らって、ユニに声を掛ける。


「今はこんなだが、危ないことがあったらスバルを頼りにしていい。獣人は強いし、とても仲間想いなんだ。お前を傷付けるようなことはしないから、安心しろ」


「う、うん……。えっと、スバルさん? これからよろしくお願いします」


 ユニがぺこりと頭を下げると、再びテンションを上げたスバルにぺいっと手を払われた。


「礼儀正しくていい子……! これは庇護欲をぎゅんぎゅん掻き立てられるですう~!」


 言いつつターロイを押し退けて、ぎゅむっとユニを抱き締める。

 どうやらこの見た目のか弱さや性格の良さも琴線に触れるようだ。


「スバル、尻尾」


「ああっ、また! くっ、どうしても振ってしまうです……」


 指摘をすると、スバルはユニを解放して、慌ててスカートを押さえた。その隙にユニが再びターロイの陰に隠れる。

 まさかこのテンションが何日も続くことはないだろうが、ちょっと面倒くさい。


「やっぱり、スバルとユニは別室にするか……」


「えええ? ちょっと待つですよ、ターロイ! 別にユニを取って食おうとしてるわけじゃないんですから」


「でもユニだってこのテンションは怖いだろ?」


 背後に隠れてしまった少女を振り返って同意を求めると、眉をハの字にした困った顔で見上げられた。

 ……スバルの、ユニに庇護欲を掻き立てられるという意見には、まるっと同意だ。ターロイもつい宥めるようにその頭を撫でてしまう。


「ボ、ボク今まであんまり仲良くする人がいなかったから、ちょっと慣れないけど……スバルさんと、一緒で大丈夫、だよ」


 嫌がるかと思ったけれど、ユニは躊躇い気味に受け入れた。どうやら気を遣っているようだ。

 ふむ、この彼女の様子を見るに、互いに気遣い合うような気の利く人間よりも、スバルくらい細かいことを気にしないぐいぐい来るタイプの方が付き合いやすいかもしれない。


 裏表のないスバルはその性格からも、ユニが仲良くなるにはうってつけだ。

 荒療治かもしれないけれど、このまま見守ってみるか。


「スバル、ユニのお許しが出たぞ。テンション上げすぎて嫌われないように注意しろよ」


 スバルに忠告をすると、彼女は嬉しそうに頷いた。


「うむ、気をつけるです。スバルも仲がいい相手なんてターロイとカムイくらいですし、女の子の仲間ができるのは嬉しい。ユニ、スバルは嫌われないように頑張るですので、嫌なことはちゃんと言うですよ」


「うん。分かった」


 思いの外ちゃんとしたスバルの言葉に、ユニは少しほっとしたようだった。

 二人が仲良くなってくれれば、ターロイとしても安心できる。

 今後のためにも、ちゃんと様子を見ていこう。






「ターロイ!」


 その日の夜、ターロイはもう寝ようとベッドに入ろうとしているところだった。


 壁一枚向こうの部屋で女子二人が話しているらしい声がして、そしていきなりこの部屋と繋がる彼女たちの部屋の扉が開かれた。

 部屋に飛び込んで来たのはパジャマ姿のユニ。

 慌てた様子でターロイに飛びついてきた。


「ど、どうした?」


「スバルさんが……」


「ふふふ、逃げなくてもいいじゃないですか。女の子同士ですし、スバルは何もしないですよ?」


 次いで、スバルが怪しげな笑みを浮かべながら部屋に入って来る。

 尻尾がぶんぶんと振れていた。


「スバル、そのセクハラおやじみたいな笑い方やめろ。ユニが怖がってるじゃないか。今度は一体何をした?」


「親睦を深めようと一緒のベッドで寝ようとユニに提案しただけですよ」


「そ、それはいいんだけど、なんかぴったりくっついて来て、すごく匂いを嗅がれて、怖くて……」


「……スバル、変態くさいぞ……」


「失礼な! つい興奮してちょっと舐めてみてもいいか訊いた程度ですよ!?」


 ……ああ、うん。獣人的には親愛の発露なんだろうけど。


 ユニから見れば立派な変態です。


「ユニ、さっきスバルに言われただろ。嫌なことは嫌だと言ってやれ」


 こちらにしがみついているユニに促すと、彼女は少し躊躇った。

 この段になっても、スバルに気を遣っているのだろうか。全く、心優しい子だ。気弱とも言えるが。


 しかしさすがにもの申さねばと思ったのだろう。

 ようやくユニはスバルの方を向いて、口を開いた。


「ス、スバルさん! ボクを好いてくれるのは嬉しいけど、さっきみたいなのは嫌なの!」


「ええ~。スバルはユニと仲良く寝たかっただけですのに……」


 きっぱりと拒否られて、スバルの尻尾がだらんと垂れる。本心からの落胆が目に見えると言うのは罪悪感を煽るのか、それにユニが慌てたようだった。


「あの、ボクも、仲良くしたくないわけじゃないの。ただ、もう少しやり方というか……」


「じゃあ、どうしたら一緒に寝てくれるですか?」


「え? えーと……」


 そういや獣人は仲間同士で集まって眠るんだったな。やたらに一緒に寝ることに拘るのはそのせいかもしれない。


 ユニがどう答えるのか眺めていると、おろおろとしていた彼女がこちらをちらっと見上げた。

 あれ、何だか嫌な予感。


「あ、あの、間にターロイを挟んでなら、寝てもいいよ」


 その言葉に思わず目が点になる。何だその譲歩。いや、女同士で寝るその間に男を挟むって、譲歩にもならない。


「ターロイを? ……うむ、まあその程度の条件なら飲めるです。ターロイもスバル的には好ましい匂いがするですから」


 しかしその言葉を、スバルもあっさり受け入れた。


「はあ!? いやいやいや、ちょっと待て!」


 慌ててその提案に待ったを掛ける。何で女二人がその状況を許容してんだよ。


「嫁入り前の娘が、男と同衾とか、簡単に言うもんじゃない!」


「ターロイは古風な男ですね。大丈夫です。スバルはターロイが眠っている間に起こる様々なラッキースケベに流されるような男ではないと知っていますから」


「何だラッキースケベって!」


 信用されているのだろうが、そういう問題ではない。

 断固拒否せねば! とユニを見ると、子犬のような瞳で見つめられた。まずい、これに弱いのだ。


「スバルさん怖いけど、ターロイがいてくれれば安心だから……。今日だけでもいいの、……駄目かな?」


 そのうるうるとした瞳に、ついぐっと言葉を飲み込んでしまう。……これも、もしかしてユニの魔法の一つなんじゃなかろうか。

 たっぷりと逡巡したあげく、ターロイは首肯するしかなかった。


「し、仕方ない……。今日だけだぞ」






 狭いベッドの上、両脇に美少女二人にぴったり寄り添われて身動き一つできなくなったターロイは、明日も同じことが起こったら絶対二人の部屋を引き離してやろうと誓ったのだった。


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