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能力回収完了

 ターロイはひよたんの動きに注意をしながら、ウェルラントの説得を試みた。


「とっとと終わらせたいなら、俺の提案に少し乗れよ。せめてカムイの力でここに外と同じ『感知』の結界を張って欲しいんだ」


「『感知』を?」


 鉄格子を下ろされてから、カムイが言うようにこの祠は外からの干渉を受けない独立した魔法の箱になっていた。当然結界も無効になっている。

 それをもう一度ここで張ってもらって、利用したいのだ。


「あれは初めて結界に触れたものを、スキャンするために問答無用で一時拘束する。どうにかひよたんを地面に叩き付けることができれば、僅かな時間だが拘束されて、その間に欠片を回収できる。悪い作戦じゃないだろ?」


「それは、確かに……」


 ウェルラントがちらりとカムイを見る。彼と視線が合っただけで青年は緊張したようにびくりと肩を揺らした。


「……カムイ、ここに『感知』の結界を張れ」


「は、はい」


 ターロイの提案を受けてウェルラントが指示すると、カムイはすぐに地面に両手のひらを付けて何かを唱えた。

 地面が一瞬だけ淡く光る。おそらくこれが結界を張れた合図なのだろう。


「……よし、ターロイ。次にひよたんが突進して来たら、同時に頭部を攻撃しよう。地面に思い切り叩き付けるぞ」


「了解」


 ハンマーを構えてひよたんを待ち受ける。

 ひよたんは作戦を立てているこちらを伺うように旋回していたけれど、やがて再び滑空して突っ込んできた。


 こちらが何を企もうと、自身の優位を確信しているのだろう。実際、こちらがどうにか与えたダメージはすぐに回復しているのだから。

 その慢心が今はありがたい。


「今だ!」


 勢いよく突っ込んできたひよたんのくちばしをギリギリで避けて、その頭部にハンマーを渾身の力で打ち下ろす。

 少しだけひよたんのベクトルが下にずれたけれど、ターロイの力だけでは地面に押し付けられない。そこに、ウェルラントが剣で追い打ちを掛けた。


 しかし、落下を嫌ってとっさに上昇に転じようとするひよたんの力の方が若干強い。反発する力に、二人の武器が弾かれそうになる。


「くそ、この剣では力が足らないか……!」


 そうか、ウェルラントの剣が、魂術によって全てのエネルギーを使い果たしたせいで、なまくらになっているのだ。ひよたんの体に傷一つ付けられないどころか、通常の剣より弱まっている。


「っ、駄目だ……!」


 力を込めて抑えつけようにも、鋼のハンマーがもう保たない。

 浮上するために羽ばたく翼に二人が吹き飛ばされかけた。


 その時。


 突然スバルが飛び込んできて、ひよたんの首根をナックルで力任せに打ち付けた。


「落ちろです!」


 インパクトの瞬間、爆風のような風圧。

 彼女の力はターロイたちを遙かに凌駕していた。

 さっきもすごい腕力だと思っていたけれど、この力はそれ以上。浮かびかけたひよたんを、腕の力のみで思い切り地面に叩き付けた。


 ようやく結界に触れたひよたんが拘束され、その場から動けなくなる。


「ターロイ、今のうちです!」


「ああ、任せろ!」


 急いでその背中に回り、赤い塊に手を添える。

 近くで見ると、それは間違いなく自分の胸にある石と同じ材質のものだった。触れれば即座に情報が流れ込んでくる。


 予想通り、やはりこれは魔道具再生の能力を宿した欠片だ。

 これで魔法金属でできたものを再生することができる。それはつまりアカツキの隠し扉を、鍵さえ見つければ開けることができるようになったということだ。


 そしてもう一つ、欠片を通して客観的にこの赤い石の情報を読んでいると、これがとりついた者の意思と体を乗っ取る寄生型の物質であることがわかった。


 ……確かに、このひよたんも寄生され、意思と体を乗っ取ろうとする欠片に抗っていた。

 ちょっと待て、だったら、本体を持つ俺は?

 まさか、今が意思と体をすでに乗っ取られている状態だ、なんて。ホラーみたいな話、あまり考えたくはない。


「あ、ひよたんが戻ったです!」


 ターロイが欠片を自分の中に修復して組み込むと、ひよたんの変身が解け、可愛らしい手のひらサイズに戻った。

 その瞳もつぶらなものになっている。


 アカツキのひよたんはすぐに、まるで何事もなかったかのようにぴこぴこと歩いて扉に戻り、最初に出てきたときのこぶし大の穴を通って向こう側に行ってしまった。

 そしてひとりでにその穴が閉じて、同時に我々を閉じ込めていた外に通じる鉄格子が開く。


 そう、終わったのだ。


「とりあえず、これで一安心か……」


 自身の力の通じぬ相手と渡り合ってすっかり摩耗していたターロイは、大きく安堵のため息を吐いた。

 こういう戦いはできれば今後は御免被りたい。


 しかし、この手の経験が実戦の糧になることも知っている。

 誰に頼らなくてもいいように、まだまだ、強くならなければ。


「カムイ! ……また勝手なことをしてくれたな……!」


 そうして脱力しているターロイと逆に、ウェルラントはさっきより憤っていた。

 目を向けると、カムイが何故か地面に倒れ込んで気を失っているようだった。


「え、カムイ、どうしたんだ?」


「最後に、スバルにフィジカル・ブーストを掛けたのだ。一時的に物理攻撃力を三倍くらいにする術だ。それで魂術のキャパシティオーバーになって意識が吹っ飛んだ。……全く、おとなしくしていろと言ったのに」


「もう、彼を怒るなです! カムイはみんなを助けたくて術を使ったですから!」


 スバルが文句を言ったけれど、ウェルラントはそれに舌打ちをしただけで、不機嫌な面持ちのまま意識のないカムイの身体を抱え上げた。


「……とりあえず館に戻る。ターロイ、あのテーブルの上の文献を私の執務室に届けておいてくれないか。……それから、今日のところはもう引き上げてゆっくり休んでくれ」


「わかった」


 素直に頷くと、彼はターロイたちを置いて先に祠を出て行ってしまった。もちろん聞きたいことはいっぱいあったけれど、今ここでその話をするには、全員疲労が溜まりすぎていた。

 後日、改めて訪ねてこよう。


「ふんだ、ウェルラントの怒りんぼめ!」


 そんなターロイの隣で、スバルはウェルラントの後ろ姿に向かってイーッと歯を剥き出した。


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