強制召喚
今ひよたんに炎のブレスを吐かれたら、防ぐ手立てがない。
スバルの攻撃はひよたんには届かないし、彼女にはウェルラントの持つ充魂武器の魂術を発動するスキルもない。
これは、万事休すか。
「三回目の魔法で周囲のマナは薄まっている……ブレスを発動するマナを集めるにはまだ時間がかかるです。だったら、いっそ……後で怒られてしまうですが、仕方がない」
しかし、スバルはすぐさま何かを決意して、ガリガリと地面を引っ掻いたようだった。
……これは、何かを描いている?
動けぬ身では、それを確認することもできない。
不意に暗い祠の中、近くでふわりと明かりが灯る。
俯き縮こまった状態でもそれくらいは分かった。この光、もしかしてスバルが魂方陣を設置したのだろうか。
だが、そもそも、魂方陣は人間族にしか扱えないはず。
だとしたら、これは……。
「ウェルラント! ちょっと血を使わせてもらうですよ!」
スバルがそう言うと、途端に光が強くなった。魂方陣が発動したのだ。どうやらスバルはウェルラントを使って魂方陣を起動したらしい。この危地を脱するのに一体、何の魂方陣を使ったのだろう。
「強制召喚の方陣を発動したです! ウェルラント、急いで『彼』を呼ぶですよ! ブレスが来る前に、早く!」
そうか、こういう魔法の罠での檻は、転移方陣など脱出系の魔法は無効になるが、他は制限されていない。ウェルラントを使って助けを呼ぼうとしているのだ。この危地を打開できる者を。
スバルが焦ったようにウェルラントを急かした直後、祠の中に人の気配が一つ増えたのが分かった。
ほぼ同時に、ひよたんが大きく鳴く。それにスバルが緊張した声を上げた。
「ブレスが来るです……!」
周囲の温度が急激に上がり、空気が唸る音がする。
「リフレクト」
しかし、ウェルラントでもスバルでもない静かな声がして、猛火はこちらに届かず、逆にひよたんが悲鳴を上げた。
「た、助かったです……」
「助かったと言うにはまだ早いよ。……でも、呼んでくれてありがとう。この閉じられた魔法の箱の中には僕の力が届かなかったから」
そう言った『彼』の手がターロイの背中に触れて、途端に身体が自由になる。それだけで状態異常が回復したのだ。
『彼』の正体を知りたくないと思っていたはずなのに、驚いてついそのまま振り返ってしまった。
そこにいたのは、赤い髪と赤い瞳を持った青年だった。
ヤライの村で一緒に育った、仲間の一人。
「カムイ……!」
その名を呼ぶと、彼は少し困ったように笑ってから、ウェルラントに触れてその回復をした。
「くそ……私としたことが、よりによってこいつを呼んでしまうとは……。恐れにさえ罹ってなければ絶対呼ばなかったのに」
恐れと縛りから立ち直ったウェルラントが、忌々しげに呟く。何だか助けてくれたカムイを歓迎していないようだ。
それに彼が萎縮した。
「……ごめんなさい。嫌がられるのは分かってたけど、応じてしまいました」
カムイが謝ると、ウェルラントが舌打ちをする。何だこの二人の様子は。それを見るスバルは、不満げに口を尖らせている。
「来てしまったからには仕方がない。おとなしくしていろよ。スバル、責任持ってカムイを守れ」
「言われなくてもです。全く、せっかく助けに来てくれたのに礼の一つも言えんとは、嫌な男ですよ」
「ターロイ、今度こそひよたんを捕まえるぞ」
「あ、ああ」
文句を言うスバルを無視して、ウェルラントはターロイの意識をひよたんに向けさせた。
確かに今は、こっちの方が先決だ。
ひよたんは今の炎のブレスで、周囲のマナをほぼ使い尽くしたはずだ。また身体の再生は始まっているけれど、もう魔法が来る心配はないだろう。
だとすれば、ここからは接近戦による力比べになる。
「ウェルラント、シールドでひよたんを一度止めてくれ。俺が背中に飛びついて、そのままどうにか欠片を回収してみる」
「……残念ながら、魂術の最後の一回はさっきあいつが使ってしまったよ」
ああ、あのリフレクトはウェルラントの充魂武器で放たれたのか……。となると、ひよたんを止める術がない。
どうにか別の方法を考えないと。
しばらく上空にいたひよたんは、身体の修復が済むとすぐに直接攻撃を開始した。滑空による突進と、鉤爪による強襲の連続。
魔法がなくなって一安心かと思ったらさっきより手数が増えて、ウェルラントと二人、いなすのがやっとだ。
疲労が溜まりじりじりと押されてきて、ターロイもウェルラントも体中が傷だらけになっている。
「ス、スバルも手を貸すですか?」
「いいから、お前は動かず、そいつを守っていろ!」
ウェルラントはスバルにそう言い放つと、ひよたんが天井に向かって飛んでいったタイミングで大きく息を吐いた。
「……埒が明かん。こうなったら、肉を切らせて骨を断つか。私がひよたんの攻撃をわざと正面から受けて捕まえる。その隙に背中に回れ」
「攻撃を受けるって、そんなことしたらあんた死ぬぞ!?」
「傷なんてすぐ治るし、どうせ私は死なない」
死なないって、どういう自信だそれ。
これから王都でのことを考えると、ウェルラントに大怪我をされるだけでもとんでもない痛手になるというのに。
「私の心配は無用だ。……そんなことよりも私はカムイをここに置いておく方が落ち着かないのだ。とっとと終わらせたい」
「いや、ちょっと待って……。そうだ、カムイって魂方陣も結界も使えるんだろ? だったら一緒に戦ってもらった方があんたが怪我するよりずっと……」
ウェルラントが現れたカムイをスバルに守らせて、最初から戦力に入れなかったから失念していた。
彼がいれば活路を見出せるかもしれないとそう告げると、
「却下する。あいつは駄目だ」
ターロイの進言は即座に頑なに拒否された。本当に、何なんだ、ウェルラントとカムイの関係って。
しかし、ここで引くわけには行かなかった。カムイの力があればこの状況を打開できるかもしれないのだ。




