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ひよたんとの戦い

 ターロイの言葉にウェルラントは目を丸くした。


「ガイナードの核の欠片? つまり、あのひよたんがお前の封じられた能力の一つに寄生されていると?」


「もちろん推論だが、最初から仕組まれた罠だと考えれば辻褄は合う。おそらく、ひよたんの欠片は単独では機能しない。核の本体を持つ俺が近付くと、俺を媒体としてひよたんの欠片がアクティブになるようになっていたんだ」


 そしてターロイの能力が勝手にひよたんとリンクして起動したせいで、違和感に落ち着かない気持ちになっていた。


「確かに、あの回復が再生の能力なら、納得できる。……しかし、だとしたらなぜ、ひよたんは我々を攻撃する? お前とは仲間といわないまでも、ガイナードの力を持つもの同士だろう」


「我々というか、本当の攻撃目標は俺だけだ。さっきスバルが言ってただろ。ひよたんの中の精霊は主以外の思念による干渉を受けない。つまり無理矢理それを操ろうとしてくるガイナードの核の欠片は敵だ。その本体である俺も当然、敵だ」


「ひよたんの身体に展開している能力はガイナードのものだが、攻撃自体を主導しているのは、中の精霊ということか。自我があるということだし、ありえるな。お前が来るまで機能していなかったのなら、なおさら本体を消したいだろう」


 全く手の込んだ嫌がらせだ。

 だってガイナードの能力を持つものがこの祠を開けた時点で、この展開は確定していたのだ。


 魔道具再生の能力がなければ開かぬアカツキの隠し部屋、なのにその部屋の中に魔道具再生の能力が封じられているなんて。完全に失敗させる前提だ、性格が悪すぎる。


 とにかく、ここまでが計算ずくで設定された罠なのだろう。


 今は文句を言っている場合ではない。

 ここからは自分たち三人の知恵と実力で、ひよたんと渡り合わなければいけないのだ。


「スバル、ひよたんの攻撃に何か特殊なものはあるか?」


「個体によって違うですが、アカツキ様のひよたんは炎のブレスと雄叫びによる恐れ(フィアー)縛り(バインド)です」


 スバルの上げた技名に、ウェルラントがひよたんを見上げたまま舌打ちをする。


「全部が個ではなく全体攻撃か。厄介だな。精霊は魂術と違って周囲のマナが尽きるまで技を放てるのがまた面倒だ。まあ、範囲の広い攻撃であるほど消費マナが大きいのは救いだがな」


「しかし状態異常を持ってるのが地味にキツいな……。ここじゃ隠れるところもないし、百パーセントの確率じゃないにしろ、喰らうとまずい」


 と言ってるそばから、ひよたんがその喉の奥に力を溜めだした。

 精霊は自分の周りにあるマナと呼ばれるエネルギーを集めて魔法を放つ。おかげで発動に少し時間が掛かるのだ。

 その間に、ウェルラントがターロイとスバルを手招きした。


「発動までの時間が長い。おそらく最初はマナ消費の激しい炎のブレスが来る。二人は私の後ろに入れ」 


「ブレスを止めることができるですか?」


「今持っている充魂武器はどちらかというと防御特化のものなんだ。ひよたんとサシで戦うには不十分だが、こういう時に役に立つ」


 言いつつ、ウェルラントが胸の前で剣を構える。

 その向こうで、ひよたんがくちばしの先に、小さな火種を点した。


 次の瞬間、マナを燃料として爆発的にふくれあがった炎が、すごい勢いでまっすぐにこちらに吹き付けられて来る。

 空気が唸り、あっという間に視界が炎に包まれた。

 炎に触れていなくても肌が焼かれそうだ。


「リフレクト」


 しかし、ウェルラントが一言呟くと、彼の前に光の壁ができて、その剣を振ったと同時に炎が全てひよたんに弾き返された。

 充魂武器に組み込まれている、魂術を使ったのだ。


 魂術はマナと違い、魂のエネルギーを使って発動する術。使える回数が限られているが、威力は十分。


 跳ね返った炎は、ひよたんに戻って爆風を起こした。


「や、やったですか?」


 魔法による攻撃は魔道具にも有効だ。炎がひよたんの翼を焼いていた。マナ満タン状態のブレスを跳ね返されたのだから当然か。

 だが。


「駄目だ、再生のスピードが速い」


 ひよたんが何度か羽ばたくと火は消えて、みるみる翼が修復されていく。ウェルラントが小さく息を吐いた。


「やはり、あのひよたんを倒すのは無理そうだ」


「ああ、倒すのはあきらめてる。その上でひよたんを鎮めるには、寄生しているガイナードの欠片を外すしかない。それもまたとんでもなく難儀なんだけどな」


「欠片を外すことは可能なのか?」


「ガイナードの核の破損扱いだと考えれば、俺が触れてあの情報を読み込むことさえできれば、欠片をこっちの本体に回収できると思う。ただ、情報を読み込むのに三秒はひよたんの動きを止めないと難しい」


 たかが三秒、しかし素早い敵を相手にはかなり困難なミッションだ。おまけにひよたんは常時こちらからの攻撃が届かない天井近くを飛んでいて、背後に回ることすら難しい。


「二人で小難しいこと言ってるですね。ターロイ、とりあえず今するべきことを三行で答えろです」


「ひよたんを捕まえる。

 ひよたんに寄生している欠片を取り外す。

 死なないように気を付ける。以上」


「うむ、分かりやすいです。ダメージを与えることはできないですが、捕まえるならどうにかなりそうです」


 ターロイの三行まとめに頷いたスバルが前に出て、指をポキポキと鳴らした。あ、何か、すごいやる気になってる。


「スバル、危ないことはするなって……」


「止めなくても大丈夫だ。お前はスバルをかよわい獣人少女だと思っているかもしれないが、こいつは腕力と素早さだけで言ったら私よりも上だからな」


 いや、問題は狂戦病の発作なのだが。……しかし、この段になって一人分の力を遊ばせておく余裕はない。

 ターロイは渋々とスバルの参戦を容認した。


「今の一件でひよたんはウェルラントを警戒したです。ブレスもしばらく吐いてこないはず。ひよたんを捕まえるためにこの高さまでおびき寄せるなら、ターロイかスバルがおとりになるです」


「もちろん俺がおとりになる。そもそもあいつの狙いは俺だからな」


「問題はどうやって捕まえるかだが……。特殊な能力も道具もないから、スバルと私で素手で行くしかないのか。三秒間動きを止めることができるか、難しいところだ」


「っと、それ以上ごちゃごちゃ言ってる暇はないですよ! ひよたんが来るです!」


 再生を終えたひよたんが、上空で怒りに満ちた鳴き声を上げた。

 そのまま、猛スピードでターロイ目掛けて突っ込んでくる。


 とりあえずダメージを与えることはできないが、力の方向を変えていなすことはできる。

 ターロイはハンマーを構え、ひよたんのくちばしを横から打ち付けて、力を斜め後方にスライドさせた。


 勢いのままに壁にぶつかるかと思ったひよたんは、しかし上手く身体を翻して、再び天井間際に戻ってしまった。


「速っ! さすがにこのスピードでは捕まえるのが一苦労です……」


「一瞬でもその場にとどまればいいんだが……。また来るぞ!」


 間髪入れずにひよたんが滑空してくる。

 今度はターロイの前に素早くウェルラントが出て、剣を構えた。


「シールド!」


 一瞬しか効果がないが、完全防御の魂術だ。剣の前に光の膜が現れて、それにぶつかったひよたんが押しとどめられる。


「よくやったです、ウェルラント!」


 動きが止まったほんの僅かの隙に、スバルがひよたんに飛びついた。

 その鉤爪を両の手で対等に押さえ込む。本当にすごい腕力だ。

 そしてウェルラントがくちばしを押さえたが、ターロイが後ろに回る前に、ひよたんはすぐに翼で二人をぶら下げたまま浮き上がって、中空で身体を捩ってスバルたちをふるい落としてしまった。


「くうう、腕力ではどうにかなっても、浮力で勝てないです……!」


「こうなったら捕まえるんじゃなく俺が直接ひよたんに飛びついて、浮き上がって振り落とされる前に情報を読み込んでみるしかない」


「背中になんか乗ったら、多分すぐに天井に押し付けて潰されるですよ!」


「少しでもいける可能性があるならやるしかないだろ。ウェルラント、もう一度シールドかリフレクトを唱えて、ひよたんの動きを止められるか?」


「あと一回なら使える……が、まずいぞ、ひよたんがマナを集め出した」


「何!?」


 こちらに近付くと面倒だと考えたのか、ひよたんが再び喉の奥にマナを集めている。そして今度は、発動が早い。雄叫びだ。


 状態異常は掛かる確率が低いとは言え、耐性がなければシールドでも防げない。

 くそ、マジか。


 ピィィィィィィ!

 脳天を突き抜けるような雄叫びが鼓膜をつんざく。

 思わず膝が震えて、その場にうずくまってしまった。

 この大事な直面で、まんまと状態異常に罹ったのだ。


 まずい、まずい、まずい! 意思に反して身体が竦み、動かない!

 恐れと縛りで、こんな場面なのに何もできない!


「ターロイ! ウェルラント! 大丈夫ですか!?」


 スバルは回避できたようだ、が、ウェルラントも罹ったらしい。


 状態異常の回復には、一定時間の経過を要する。

 顔を上げることもできないようなこの状態を、回復するまでスバル一人で守り切るのは至難の業だろう。


 どうにか、しないと……!


 恐れのせいか気ばかり焦っていると、


「……うそ、またひよたんがマナを集めている……!? まさか、炎のブレス……!」


 すぐ近くで、愕然としたようなスバルの声がした。


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