ミシガルの秘密の祠
結局昨日に引き続き、ミシガルに来てしまった。
まあ、昨日はユニの件があって戴冠式に向けての詳しい話もできなかったし、何より今日は未発掘の祠の話が重要なのだ。
少しじっくり時間を取ってもらおう。
そう考えながら領主の館に行くと、残念なことにウェルラントは不在だった。
「申し訳ございません。現在、ウェルラント様は王都に出掛けております」
侍従が頭を下げる。
王都ということは、サイに会いに行ったということか。少し肩すかしを食らったが、どうせ彼の様子も知りたかったから、その報告を待つのもいいだろう。
「領主様はいつお戻りに?」
「馬で出掛けておりますので、明後日には戻られるかと思います」
明後日か。ではその間は拠点に戻って、他のことをしておこう。
ターロイは侍従に挨拶をして館の前を離れた。
そのまま転移方陣に戻ろうとして、しかしふと、領主の館の裏手にある山に目を向けた。
ミシガルにあるという祠。
教団が奪いに来た時にすぐにウェルラントが駆けつけたということは、相当近い場所のはず。だとしたら、あのあたりにあってもおかしくない。
少し近付いてみると、館の裏庭から山の窪地に出る扉が見えた。それ以外の場所は城壁で囲まれて、山の窪地に到達する道はないようだ。
(……ウェルラントがいない時に祠を暴く気はないけど……もしあそこにあるのなら、今のうちにディクトが言っていた扉だけ、確認していくか)
ターロイは一度正門からミシガルの街を出て、城壁沿いに山の方へ向かうことにした。そうして、館の裏手のあたりに辿り着く。
するとそこには、山肌が壁のようにほぼ直角にそそり立っていた。
なるほど、こちら側からは山の窪地は全く見えない。ここに何があるか知った上で用意を周到にしなければ、入っていくことは難しいだろう。
そしてこの壁に刻まれた文様。どうやら結界が張られている。
ディクトはそんな話をしていなかったから、教団が奪いに来た後に設置したのかもしれない。
そういえば、ウェルラントは館にも結界が張ってあると言っていた。彼はそういう術式に造詣が深いのだろうか。
そんなことを考えながら、結界の文様をつぶさに確認する。
どうやらこれは『感知』と『束縛』の結界のようだ。
この結界の中に入ると、術者に侵入を感知され、拘束されてしまう。
(だが、これなら侵入できるな)
本来なら入ればすぐにバレてしまうが、都合のいいことに、今ウェルラントは王都に行っている。
この感応型の結界は、術者がある程度離れると極端に感度が鈍くなるのだ。王都ほどに距離が離れていれば、まず感付かれない。
少しの間侵入したところで問題ないはずだ。
ターロイは山肌にハンマーで小さく穴を開け、二つほど足場を作って素早く上まで登った。この穴は後で直しておこう。
登り切ると目の前の地面はなだらかに前傾していて、窪地の奥へ続く道へ繋がっているのが分かる。
おそらくあの奥に祠があるのだろう。
目立たぬよう身を低くしたまま、移動をしようとして。
しかし突然足がその場に縫い付けられ、足下に結界紋が現れたのに目を瞠った。
(……感知の結界が作動した!?)
この結界紋というのは光の円で、感応型結界のセンサーのようなものだ。侵入者に反応し、一旦その円の中に侵入者を閉じ込め、人物の情報をスキャンする。
それは即座に術者に送られ、正体を知られた上で、術者の判断によって拘束されることになるのだ。
(この結界の術者はウェルラントじゃなかったのか……。まずいな、俺が無断で侵入したのがバレた)
光の円が水平に浮かび上がり、ターロイの身体を下から上へとスキャンして行く。
これで下手な言い逃れができなくなった。
次に『束縛』の結界が作動すれば、もう術者が解除するまで動けなくなる。
……まあ拘束されても、後でちゃんと説明すればウェルラントを説得できるだろう。だが、幾らかの蟠りができてしまうのは覚悟しないとなるまい。何にせよ、ここで無駄に抗うのは避けなければ。
そう思っておとなしく処分を待っていると、ふっと結界紋が消えた。そして一向に何も起こらない。
不思議に思いつつ少し移動してみたけれど、何の影響もなかった。
(……もしかして術者が、俺の侵入を許可したのか?)
それしか考えられない。
しかし、どういうことだろう。
(……考えるのは後だ。許可されたなら進んでみよう)
とりあえず、ターロイは自分が術者の監視下にあることを意識しながら、窪地の奥へと足を向けた。
少し歩くと、すぐにどん詰まりが見えてくる。
そして、そこに石の扉らしきものがあるのが分かった。その手前には石碑らしきものが置いてあって、ターロイはまずその解読をしようとそれに近付いた。
思った通り、前時代の言語で書かれている。
(魂言か……。『獣人の王が目を覚ます時、世界は大きな変革を迎えるだろう。覚悟せよ、再生の申し子よ』)
獣人の王。その言葉で浮かぶのは、前時代の大戦時に名を馳せた獣人族の長だ。名をアカツキという。
ここに、その獣人が封じられているとでも言うのだろうか。
そして再生の申し子というのは、ガイナードのことか?
いや、ガイナードの知識ではアカツキが封じられていることを知らなかった。だとしたら、獣人の王はガイナードが歴史から消えた後に封じられたのだろう。
その上で石碑の文言が書かれたと考えると、……後にガイナードの再生の能力を引き継ぐ者が現れると、分かっていたということ、なのか?
(ということはガイナードの核は人為的に作られ、作為的に後世に残されたもの……?)
何かを仕組まれているような感覚に落ち着かない気分になるが、とにかく、今はこれはターロイへのメッセージと考えていいだろう。
覚悟せよ、の意味は分からないが。
次いで、石の扉の方に足を向ける。
そこにはディクトが言っていたように、壊れた鍵が付いていた。壊れた鍵、と言っても、複雑なからくりのある鍵が完全に施錠された状態で壊れて機能しなくなっているということで、力尽くですぐに開くようなものではなかった。
なるほど、これを再生できれば祠は開くかもしれない。
あの石碑の文言も考えると、この力で開けられる可能性は十分にある。
そして封じられているアカツキが再生の力と何か関係があるなら、ガイナードの封印された能力のことを何か知っている可能性も。
とにかくまずは、解錠を試してみたい。
しかし、とりあえず今日はここまでだ。
行動はずっと術者に監視されているだろうし、ウェルラントに無断で祠を開けるつもりはない。
確認をする目的は果たしたし、ここまで見逃してもらえたのだし十分だ。
そう考えて、踵を返そうとしたところで。
不意に、ガサリ、と少し離れたところの叢が揺れた。
風もないのに。何か山から下りてきた動物でもいるのだろうか。
反射的にそちらに視線を向けたターロイは、しかし次の瞬間目を丸くした。
そこには何故か、女の子がいた。
見るからに美少女だ。
銀のさらさらの髪が胸元まで掛かり、胸と腰には髪の毛と同じ色の毛皮のようなものをまとっている。しなやかな身体はすらりと美しかった。
そして、その頭には狼の耳。腰の後ろにはもふもふ尻尾が。
……そこにいたのは、獣人だった。




