封印された能力
厩は最初予定していたよりもずっと短い時間で再生が完了した。
このまま外壁まで直しに行こうかとも思ったが、しかし今日はもう部屋に戻ろう。さっきのブーストはやはり平時に比べると疲労が大きかった。
再生を急ぐ必要はあるが、焦る必要は無い。どうせここの開発はまだまだこれからなのだ。
最小の労力で最大の効果を得るために、冷静に力と時間を配分しなくてはならない。ウチのような小隊であるならなおさら。
そう考えると、魔歌を歌えるユニの存在は本当にありがたい。
(これなら、随分計画を前倒しできそうだ)
ターロイは予定していた今後の作業を頭の中だけで組み直す。
まずは全てを戴冠式の前に完成させねばならない。ミシガルとの連携も図らなければならないし、サイの様子も探らなければ。
翌朝、当然ながら見張り塔と厩が直っていることに、砦の中は騒然とした。その話題で盛り上がっている食堂で朝食を食べながら、ターロイは知らぬふりをする。
どうせディクトが訊きに来るだろうし、彼一人に説明をすれば、後はどうとでもなる。
隣でパンをかじるユニも、自分から特殊能力のことを口にするような馬鹿ではない。少し落ち着かない様子ではあるが、無言を通していた。
「なあなあ、あれ、どうやったの?」
コーヒーを飲んでいると、予想通りテーブルの向かいにディクトがやってくる。
怪訝そうというよりは、好奇心満々という顔だ。
「俺がやったと思うのか?」
「つか、おたくしかいないでしょ。居住区の時もだけどさ、一晩であれを直すなんて、すげえよな。どうやったの?」
「……とりあえず瓦礫を土台から一個一個積み上げて」
「そんな暇ねえって前に自分で言ってただろうが」
分かりやすくごまかすターロイに、ディクトは肩を竦め、ユニを見た。
「ユニは同じ部屋だったんだし、何か知ってる?」
「えっ、ボク? えっと……」
突然話を振られた彼女が、こちらを伺い見る。それだけで男はここですぐに公言できる話ではないと感付いたようだった。
「……まあ、ターロイはいつもハンマー背負ってるくらいだし、実はもの凄い建築屋なんだろうなあ~」
彼はこちらの意図を汲み取って、適当な理由をでっち上げる。対人でのディクトの洞察力は本当に優秀だ。
ターロイもそれに乗っかる。
「そんなところだ。このハンマーも王都の有名な鍛冶屋で特注で作ってもらったものだしな。建築・解体には自信がある」
「うわ、この男謙遜しねえわ。小憎らしい~」
言いつつ大仰にゴス、と額を小突かれた。
その様子を周りで見ていた手下たちが、ようやく突如直った見張り塔の理由に納得して落ち着く。
「あれ、ウチのボスが一晩で直したのかあ」
「すげえ、常人離れしてるけど、ボスなら何か納得」
常識的に考えれば、石積みの高い塔を一晩で組み上げるなんて、納得できる話ではない。しかし、彼らが信望するディクトがそれを許容したことによって、皆もそういうものかと飲み込んでしまったのだ。
ユニとは別の意味で、ディクトの存在も本当にありがたい。
そうして周囲の話題が見張り塔から世間話に移ったところで、ディクトは少し声を潜めてターロイを見た。
「……で?」
周りはごまかしきったけれど、自分には説明しろということだろう。ディクトの探るような視線に苦笑する。
「……この後、直した見張り塔の確認に行く。お前もついてこい」
「おう、了解」
それだけでこちらの心算を理解した男は、ニカッと笑って向かいの席を立ち、元の場所に戻っていった。
見張り塔は大きめの円柱型をした建物で、内部をらせん階段を使って上っていく作りになっている。途中に狭いがフロアがあり、上下で三つの空間に仕切られていた。
一番上のフロアの天井からはしごが下りていて、そこを上って木製の落とし戸を開けて出ると、屋根と柱と柵だけの、遠くまで見渡せる見張り台となっていた。
そのてっぺんで、ターロイとディクトは周囲を見回した。
「すげえいい眺めだな! 遠くに王都まで見えるぜ」
「当然だ。これは王都を監視するための塔だからな。ここには見張りを置きたい。誰かいい人材はいないか?」
「一人に固定するのは辛くね? 時間によって当番制にした方がいいだろ。仕事の息抜きにもなるだろうし。視力の良い奴と悪い奴で組み合わせて、二人体制で行けば全員に回るから、不公平にもならない」
「そうか。じゃあ、配分は任せる。見張り塔の各フロアは、一階は農具入れにして、二・三階は好きに使え」
「はいよ、了解」
ディクトとのこういう話し合いは、いつも早い。
基本的にはこちらの指示に忠実であり、意見する場合は理由と改善案も並べてくるから、ターロイもすんなりと納得できるのだ。
そして彼の意見は大体が手下思いのもので、その徹底ぶりには舌を巻く。
これを素でやっているのだから、すごい男だ。
「……ところで、この塔をどうやって直したか、俺にも教えてくれるんだろ? ユニだけに教えてるなんて、ズルいなあ~」
そんなことを考えていると、ニヤニヤとしたディクトがターロイを強めにデコツンした。
……こいつ、これさえ無ければもっと評価するのだが。
「……お前、何か大事な物持ってるか」
ターロイが訊ねると、ディクトは不思議そうに首を傾げた。
「は? 何で今それ訊くの? ……まあ、大事と言えばこの護身用の短剣かなあ。昔部下が俺の昇進祝いにくれた……」
「そのまましっかり柄を持っておけ」
「へ? ……おい、ちょっと待て!」
ディクトが懐から取り出した短剣に、ターロイはハンマーを取り出して狙いを定める。それに目を丸くした男が制止するのを聞かずに、破壊点を目掛けてハンマーを軽く振り下ろした。
「砕破」
キン、と金属が当たる音がして、短剣の刃の部分が砕け落ちる。
一瞬あんぐりと口を開いたディクトが、落ちた刃先を拾おうと慌てたように跪いた。
「ちょおおおおおお、おたく、何してくれてんのおおおお!? これ、俺の大事な」
「うるさいな。ちょっとそれを貸せ」
突然のことに柄を持ったまま喚くディクトを遮って、その手から柄を奪う。
「黙って見てろ」
この程度の再生なら五秒も掛からない。
ガイナードの核との僅かな交信で、剣は見る間に修復されていく。
「……え? どういうこと?」
「ほら、元通り」
完全に直してからディクトに剣を返すと、彼はそれをしげしげと眺めてから、首を捻った。
「継ぎ目も何もない……どうなってんの、これ?」
「だから、元通りだ。俺には、物を自在に破壊する力と、壊れた物を元の状態に再生する力がある。この見張り塔も、この力で再生した」
「えええ!? マジか……すげえな」
ディクトは感心したように呟いて、懐に短剣をしまった。
それから腕を組むと、何かを思案するように中空を見る。ターロイの力に何か思うところがあったようだ。
「……ちょっと、訊いていいか?」
「何だ」
「……その、さ。再生する力? それって人間にも効いたりすんの?」
「人間?」
思わぬ問いかけ。
……ディクトには誰か再生したい人間がいるのだろうか? その人間がどういうふうに破壊されている状況なのかによって、ターロイの再生能力の必要ランクが違う。単なる肉体の欠損なのか、病気や薬物による変容か。精神的に破壊されている場合もある。
それを訊こうかと思ったけれど、何もできない今、破壊の状況を訊ねるのもかえって無神経かもしれない。ターロイは余計な詮索はやめにした。
「……それはできないな、今は」
ただ正直に、端的に返す。
「今は?」
「俺の能力の大半は、封じられているんだ。今の俺の力は無機物の再生までしかできない」
「それは、力が戻れば人間の再生ができるって意味か?」
「そうとも言える。……とは言え、死んだ人間を生き返らせるなんて芸当はできないが」
「そんなのじゃない。……だが、そうか。望みはあるのか」
ディクトは何か自分に言い聞かせるように頷いた。
その瞳に強い光が宿る。
「その封じられた力ってのは、どうすりゃ戻るんだ?」
「それが分かってたらもう取り戻している。俺の中に封じられているのか、他の場所にあるのか、どうやって解放できるのか、全く分からない。……取り戻したいのはやまやまだがな」
「そうか……」
ターロイの言葉を一旦飲み込んで、しかし彼はそこで再び思案した。何か自分の中の糸口を探るように。
そして、記憶をたぐるように眉間に指を当てながら、小さく唸った。
「う~ん、おたくのその能力のことって、ウェルラント様に言った?」
「ウェルラントに? いや、この能力を明言したことはないな」
唐突にミシガル領主の名前が出てきたことに首を傾げる。今の話はウェルラントにはあまり関係がないと思うのだが。
しかしディクトはターロイに進言した。
「だったら話してみろよ。ミシガルは以前から未発掘の前時代の祠を一つ抱えているんだが、実は俺、僧兵の時に一度それを奪いに行く部隊に組み込まれたことがあってな」
ミシガルに未発掘の遺跡? それは初耳だ。グレイもウェルラントのことを嫌っているとはいえ、ミシガルに手を出すことはしなかったし、聞く機会がなかった。
「その祠がさ、何しても全く開かんのよ。そのうち俺たちに感付いたウェルラント様が来てさ。あの人、僧兵を蹴散らしながら『無駄だ、貴様らにその扉は開けられん。あの力がなければ』って言ってたんだよ」
「あの力……って、それが俺の破壊の力じゃないかっていうのか? ちょっと短絡的すぎだろ。前時代の封印なら、俺の力でも壊せない可能性が高い」
「そっちじゃなくてさ。再生の方。祠の扉は妙な細工の鍵がしてあって、それを使えないように意図的に壊した形跡があった。昔見た時は、どっかの馬鹿が無理矢理開けようとして壊したから開かないんだと思ってたけど、今おたくの話を聞いてていきなり繋がったわ」
「……その祠が、俺の再生の力がないと開かないものだと?」
まさかディクトからそんな情報が来るとは思わなかった。目を瞠ったターロイに、彼は続けた。
「分かんねえけど、もしそうだとしたら、ターロイの力に関係あるものが眠ってる可能性大だろ。ダメ元で言ってみろよ。ウェルラント様自身も、本当はあの祠を開けたいらしいし」
「……だろうな。未発掘の遺跡には貴重なアイテムが眠っている。厳重に封じられていれば、その分重要なものがあるということだ」
ウェルラントにこの能力を告げることによるデメリットはそれほど無いし、確かに言ってみる価値はある。本当に自分の力で開くなら、祠にあるアイテム自体には興味はないから、そっちはウェルラントに勝手にしてもらえば良い。
「……ミシガルに行ってくるか」
ぼそりと呟くと、ディクトが大きく頷いた。
「おう! そうこなくっちゃ! 是非力を取り戻してきてくれ!」
もの凄く私的な期待のこもった笑顔だ。
まあ、この情報に値するくらいの褒美は与えてもいいけれど。
「多分全ての力を取り戻せるのはまだまだ先だ。あまり期待するなよ」
「未来への期待は生きる活力だぜ? 大丈夫」
そう言って、ディクトは昔部下からもらったという懐の短刀を服の上から触った。
……もしかすると、壊れた人間というのは……。
彼が教団を出た理由を考えて、ターロイは少しだけその過去を垣間見た気がした。




