拠点巡り
「山羊と羊! トマトとナスも!」
広場に出ると、畑と動物を見つけたユニがターロイたちを追い抜いて駆けていく。
ディクトはそれを微笑ましげに眺めた。
「子供と動物は和むねえ」
「お前、あのくらいの子供がいてもおかしくないもんな」
「……え、何? この感慨はおっさんゆえなのか?」
ターロイの突っ込みに男は少し複雑な顔をする。
そんな二人をユニが振り返って、にこにこと笑った。
「ターロイ! ボク、歌っていい? この子たちが歌って欲しいって言ってる」
「歌?」
この子たち、というのは動物か? まさか植物?
とりあえず歌っても別に何の問題もないけれど。
「おう、歌え歌え。お前上手そうだもんな。この砦は濁声の音痴ばっかりでよ。たまにはちゃんとしたの聞きてえわ」
ディクトがターロイに代わって促すと、ユニは頷いて、くるりと背を向けた。動物と植物、両方に向かって歌い出す。
その歌声は、鈴の音が鳴るように透き通っていて、まるで聖歌のようだった。何とも耳に心地良い。
「うわ、うまっ! ていうか、これ何語?」
「……これは、グロウ……!」
ディクトが分からないのも無理はない、これはエルフ語だ。
そしてこの歌は、エルフの選ばれた歌姫にしか使えない魔歌、グロウ。これを聞いた動物は毛艶や乳の出が良くなり、作物はぐんぐんと育ち、甘みを増すという。
その通り、ターロイたちの見ている前で、野菜が次々と実を付けだした。
「え、何これ、すげえんだけど。ユニの歌のせい?」
「そうだ。しかし、ユニがこの力を持っているとは……」
ユニを売ろうとしていた商人は、この力を知っていたのだろうか。だとすれば、彼女をあきらめようとしなかった理由も納得が行く。この子は容姿と相俟って、相当な高値で売れるだろう。
「ユニにこの歌を歌わせるのは控えよう。手下どもには内緒にしておけよ。連れ去って売ろうとする奴がでるかもしれない」
「俺の手下にそんな奴はいねえよ、失敬だな」
「手下にそのつもりがなくても、外部の人間にそれを漏らしたら片棒を担ぐことになる。心配の種は減らすに越したことはない」
ユニが歌い終わると、さっきまで小粒程度の実が数個あるくらいだった畑の野菜が、たわわに実り、完熟していた。
動物も何だかつやつやしている。
「すげえな、ユニ」
「……ユニ、その歌は他の人間の前で歌うんじゃないぞ」
ターロイが言うと、ユニはぱちくりと目を瞬いた。
「ターロイとディクトの前でならいい?」
「いいんじゃね? 後で俺が何かすげえ超・肥料蒔いといたって言っとくわ」
「ディクト、お前簡単に言うなよ……。誰かにバレたら……」
「……駄目?」
悲しそうな目でユニに見上げられて、ぐ、と言葉に詰まる。
くそっ、やめろ、その捨てられた子犬みたいな顔。
「……俺かディクトがいて、周りに他の人間がいない時に、小さな声でなら許可する。こんなふうに一気に植物を成長させるような歌い方はするなよ」
「うん、わかった」
その視線に負けて譲歩すると、少女は素直に頷いて嬉しそうに笑った。となりでディクトが無言のままニヤニヤしているのがもの凄く腹立たしい。
「せっかくだから、今日の晩飯に使ってもらうのに野菜をもいで行こうぜ。厨房の場所も教えるわ。作物を育てたらしょっちゅう届けに行くことになるからな。ターロイも、ここでちゃんと飯食ったこと無かったよな? ウチのシェフ、結構良い腕してるぜ」
「そういや、前職が料理人だったな。以前はどこで働いていたんだ?」
「王都の結構な名店らしいが、詳しいことは聞いてない。あっちも聞かれたくないだろうからな。ただ、大人数の料理を作り慣れてるみたいで、発注してくる食材買い出しの量が的確で助かるわ」
「なるほど、大人数に対応できるのか。それは好都合だ」
ターロイがそう呟くと、ディクトが首を傾げた。
「好都合?」
「これだけの人数を養っていると、少しの稼ぎがあるとはいえ、蓄えが減ってきてるだろう。だから、そのうちここで商売を始める。最初からそのつもりでこの砦を拠点に選んだんだからな」
「ここで、料理で商売? って、山の中だぜ。こんなとこで食堂開いたって、誰も来ねえよ?」
「まあ、まだ少し先の話だ、詳しい話は今度する」
ターロイはそこで話を切り上げると、三人で野菜を収穫して食堂に向かった。
「あ、ボス、ディクトさん、お疲れっす!」
厨房に入ると、身ぎれいなコックコートを着た男が挨拶をしてきた。手下一同からのターロイの呼び名はいつの間にか『ボス』で統一されており、会うたび訂正しても直らないのであきらめている。
「カジタ、いい野菜ができたから持ってきたぜ。これで美味い晩飯作ってくれ。今日は仲間が一人増えたから、少し多めにな」
「おお、見るからにいい野菜っすね。これは腕が鳴るっす」
この料理人はカジタという。ディクトよりも年下だが、スキンヘッドに髭面で、彼よりずっと年上に見える。さらに色黒で、コックコートを着ていないと、鍛冶屋の親父にしか見えない。
「増えた仲間ってのは、その子供っすか?」
「ボク、ユニといいます。よろしくお願いします」
ユニがぺこりとお辞儀をすると、男は目を細めた。
「おう、俺はカジタだ、よろしくな。……あー、この年頃の少年を見るとウチの子供を思い出すっす」
「え、うそ、何お前、子供いんの?」
それに何故かディクトが食いつく。
「別れた女房が連れて行っちまったっすけどね。めっちゃ可愛かったっす」
「くっ、こんな髭面のくせに、嫁と子供……何か、すごく敗北感……」
何だか打ちひしがれているディクトをよそに、カジタはユニに話しかけた。
「しかし、細いなあ、ちゃんと食べてるか? ちょうどさっき焼いたまかない用のミートパイがあるから食べていきな。良かったらボスたちもどうぞっす」
こちらが返事をする前にささっと準備して三つの皿を差し出してくる。焼きたてのミートパイは、とても食欲をそそる香りを放っていた。
ユニがちらりとこちらを見る。
「……せっかく食えと言ってくれてるんだ。椅子に座って、頂きますしろ」
「うん! 頂きます!」
促してやれば、すぐに嬉々として手を合わせた。
あの商人にきちんとした食事を与えられていたとも思えないし、やはり足りていなかったのだろう。
ここに来る前にもミシガルの食堂で食事はしたが、遠慮して食べてくれなかったからちょうど良かった。
ターロイもディクトと共にテーブルに座って、ユニと三人でパイを頂くことにした。
「はう~美味しい……。パイ生地サクサクで、フィリングの味付けも最高……」
一口食べたユニが至福の表情を浮かべている。ディクトも感心したようにそれを嚥下した。
「あの顔が生み出したとは思えない上品な味だよな」
「確かに美味い。カジタの腕なら、十分通用するな」
昔名店で働いていたというのは本当のようだ。肉の獣臭さを上手に消して、そのくせ旨味は十分。塩味も絶妙。これなら少し舌の肥えた人間相手でもやっていけるだろう。
あまりの美味しさに、三人はあっという間にミートパイを平らげてしまった。
それを満足げに眺めていたカジタに礼を告げて皿を返すと、今度はディクトの先導で居住スペースに移動した。
「さて、ユニはどこで寝起きさせる? 大体一部屋を三・四人で使ってんだけど、誰と一緒にしようか」
「は? 何言ってる、ユニは女の子だぞ。一人部屋だろう、常識的に考えて」
「いやいや、あんたこそ何言ってんの。他の奴らには男に見えてんだろ? 一人部屋なんかにしたら、何で特別扱いしてるんだって話になるっしょ。着替えとかはまあ、隠れてやってもらうしかないけど」
「ボクは誰と一緒でも大丈夫だよ。男の人と雑魚寝させられたりとか、普通にあったし。ターロイもボクのこと男として扱うって言ってたでしょ?」
確かにそう言ったが、少女を男だらけの部屋で寝起きさせるというのは、なかなかの罪悪感だ。
「じゃあ、せめてディクトの部屋に入れろ。そうすれば少し気を配ってやれるだろう」
「俺の部屋、すでに四人で一杯なんだよ。つか、だったらターロイの部屋に入れれば良いじゃん。あんたの部屋として、一番上のでっかい部屋使わずに残してあんの。多分以前、砦の守備隊長が使ってたとこ」
ディクトの奴、とんでもないことを言い出した。
アホか、お前はユニと親子ぐらい歳が離れてるからいいが、俺はまだ十八なんだぞ!? いや、だからって何があるわけでもないけども!
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