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女の子?

 あの子供は確かに中性的だし整った顔立ちをしていたが、ターロイは即座に男子だと判断していた。

 それなのに、ウェルラントは一目見ただけで女子だと断言している。どういうことだ、これは。


 二人の間に妙な間が生まれたところで、タイミング良く部屋の扉がノックされた。


「ターロイ様のお連れ様の身仕舞いができました」


 小間使いがそう言って子供を部屋に引き入れる。

 風呂に入れられて、髪をキレイに梳かれ、白いブラウスと膝丈のハーフパンツを着せられて、すっかり見違えていた。


 しかしもちろん顔は変わっていない。

 だと言うのに、ターロイはその認識を一変させた。


 女の子だ。どう見ても。


 小間使いが退出すると、彼女はおろおろとターロイとウェルラントを見た。それに気付いた向かいの男が、声を掛ける。


「こちらにおいで。ターロイの隣に座るといい」


 それにこくりと素直に頷いた子供が隣に座った。

 首には封呪輪がついたまま。


 その首輪を見て、ターロイは自分の認識が誤っていた理由に思い当たった。


「……お前、もしかして幻惑の魔法を使えるのか」


「えっ……」


 子供が目を丸くしてこちらを見る。その様子に確信した。


 これだけ整った顔の少女なら、商品として売られたらどれだけおぞましい目に遭うか分からない。だからこの子は、魔法で会う人間全てに自分を男だと認識させていたのだ。

 ターロイも知らないうちにその魔法に掛かっていた。


「お前がこの子を男の子だと認識していた話か? ああ、なるほど……。この屋敷は全体にそういう干渉魔法を打ち消す結界があるからな。ターロイの幻惑が解けたのだろう。今はちゃんと女の子に見えるはずだ」


「え、ボ、ボクは……」


 少女が明らかに狼狽える。ここに来てから自分の魔法が効いていないことに気付かなかったようだ。

 ボクっ娘なのも、自分を少年に見せかけるためか。


「別にお前が女の子だからって酷いことはしない。魔法を使っていたのもまあ、想像の範疇だったから驚かない。そんなに怯えなくていい」


 ターロイが宥めるように言うと、彼女は不思議そうな顔をした。


「……ボクのこと、気味悪くないの?」


「魔法を使えることか? 他人にはない力があることが何故悪い? 蔑む奴は自分にない力を恐れているか羨んでいるだけだ。そんな人間は放っておけ」


「同感だな。少なくとも私とこの男は君の力を肯定するよ」


 ウェルラントが微笑んで言うと、彼女は少し安心したようだった。


「とりあえずは名前を訊いていいだろうか。私はウェルラントだ。ミシガルの領主をしている。君を助けたこの男はターロイ」


「あ、ボクは、ユニです……」


 ユニがぺこり、とウェルラントに小さくお辞儀をする。それからターロイの方を向いて、もう一度お辞儀をした。


「ターロイさん、……さっきは助けてくれてありがとうございました」


 おどおどしているがちゃんとした子のようだ。それに返すようにターロイも頷く。


「ああ。この後のことは心配しなくていい。ウェルラントがここの施設で面倒を見てくれるそうだ」


「君が良ければ、だが。もし帰る場所があるなら送ってやらないこともないが……さっきの話を聞くとあまりいい環境ではなさそうだしな」


 ウェルラントはユニが元の街村で『気味悪い』という扱いを受けていたのだろうと考えたようだ。ターロイも同じだった。

 そして、ユニをあの商人に売り渡した人間がそこにいる可能性がある。


「……帰りたくない」


 思った通り、彼女はそう断言した。


「でも、ここにもいたくない。……すごく、力を抑圧された感じがするの」


「抑圧?」


 しかし同時にミシガルにいることも拒否される。その理由にターロイは首を傾げた。

 ユニの力、ということはつまり、魔力が抑圧されているということか?


 ターロイの反応とは逆に、ウェルラントは彼女の言葉に何か思い当たることがあったのか、ああ、と小さく唸って視線を逸らした。


「……まあ、そうか、その……ミシガルは外敵から街を守るためにいくつも結界が張ってあるからな。そうだな、そのせいかもしれない」


 彼にしては珍しい、奥歯にものが挟まったような言い方だ。

 そしてすぐに話を変えるように代替案を提示した。


「だったら、ターロイの拠点に連れて行ったらどうだ。あそこの砦はそこそこ大きいし、子供一人が増えたくらいでどうということもないだろう」


「な、ちょっと待ってくれ、俺のところは男所帯だぞ!? いくら子供とはいえ、女の子を一人であの中に入れるのは……」


「ボクなら、魔法で男として生活できるから大丈夫です。今までもずっと男の人の中に置かれてたし。……一生懸命働くし、ターロイさんなら信用できるから……連れて行ってもらったら駄目ですか?」


 身寄りの無い子供に、捨てられた子犬みたいな瞳で見つめられて言葉に詰まる。

 こういう、庇護欲に駆られる相手は困るのだ。守らなくてはいけない気分になってしまう。

 だからと言って突っぱねるのも心が痛む。


 仕方がない、連れ帰ってディクトにでも預けるか。


「……わかった。しかし、特別扱いはしないぞ。俺も男として扱うからな」


「うん! ありがとうございます!」


 渋々承諾すると、ユニが初めてにこりと笑った。

 元が整っているから、笑顔もとても可愛らしい。拠点で彼女が女だとバレたら、すごく面倒臭いことになりそうだ。気を付けないと。




「……ところでウェルラント、俺の拠点をもう把握しているんだな。ディクトたちが世話になったようでアリガトウゴザイマス。わざわざ馬車まで出して頂いて」


 少しイヤミをにじませて、今日ここに来た本来の話題を振る。

 それに気付いたウェルラントはニヤと笑みを浮かべた。


「いやいや、とんでもない。彼らに手伝ってもらったおかげで模様替えがはかどったと、ウチの爺やも喜んでいた。……それにしても、あの砦を拠点にしていたとは気付かなかった。あそこはミシガルの領地だというのに」


 あっ、イヤミで返された。でもまあ、互いに怒っているわけではない。単にそれぞれの行動に突っ込み合っただけだ。


「……ディクトたちは本当に喜んでいた。ああいう手合いのことなら、俺を通さなくて良いからまた声を掛けてやってくれ。他人を手伝って感謝され、報酬を得るのは、真っ当に生きる上で力になり、必要なことだ」


「分かった」


 ウェルラントは、ターロイの言葉にただ頷く。彼の方からはこちらが砦を使っていることに関して、特に言及することはないようだ。

 それでも一応、ターロイはサイから借りたペンダントを取り出した。


「ところであの砦だが、すでにサイ様から使用許可を頂いている。ウェルラントも了承しておいてくれ」


 それを見たウェルラントの目の色が変わる。


「これは、王家の……! サイ様は今昏睡状態だという話だったが、お前はこれをどこで……」


「サイ様はこれをあんたに見せれば分かるって言っていた」


 そうターロイに言われて、彼はしばし黙考した。


「……ハイドからの報告では、サイ様がそんな状態なのに、とりあえず心配はいらないという話だった。そして昏睡しているはずのサイ様がこれをターロイに……。つまり、そういうことか」


 どうやら、国王の現在の状況に思い至ったようだ。

 サイは現在、教団を欺くために昏睡しているふりを続けている。それは味方にすら伝えられていない。


「あのかたは本当に慎重だな。ジュリア様にも伝えられないのが辛いところだ」


 ウェルラントが苦笑する。サイの無事を知って、少し気が抜けたようだった。


「ジュリア様はどうしてる?」


「部屋にこもって薬学の本を読んでいる。自分がサイ様の病気を治すと言ってな」


 さすが、お兄ちゃん子だ。


 しかしターロイは、昏睡どころかあの身体が弱いということすらサイが教団を欺くための演技だったのではないかと踏んでいる。

 でなければ、グレイの往診ですでにそこそこ元気になっているはずだ。当然、仮病に付き合っていたグレイもグルに違いない。


 ウェルラントの前でそれを口には出さないけれど。


 ターロイから見て、サイは最初は国王として弱々しく頼りないイメージだったが、今は思慮深く思いの外強かな印象になっていた。


「……サイ様の戴冠式に向けて、準備は始めてるのか?」


「内々で少しずつはな。表立ってやると教団を刺激しかねない。……王国軍として動けない場合、お前の助けも必要になるだろう」


「もちろん協力する。サイ様には戴冠式でこのペンダントを返す約束をしているからな。これから、忙しくなりそうだ」


 とりあえず、やらなくてはいけないことが色々あった。


 ターロイはペンダントをポーチに入れると、これからの算段を始めるのだった。


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