ターロイvsサージ
ターロイはサージの状態を慎重に観察した。
その能力の上昇率、技能への影響。そして剣との馴染み具合。
サーヴァレット自体は恐ろしく凶悪だが、当然そこには宿主の力量と馴致度合いも加味される。
サージが司祭になってからまだ日は浅く、身体はサーヴァレットについて行けないはず。十分に勝機はある。今はまだ。
しかし、厄介なのはここでこの男を殺したとしても、一晩経つと生き返ってしまうという仕様だ。剣を使って死んでも、誰かに殺されても、同様に生き返る。ある意味、不死身だ。
当然この蘇生はサーヴァレットの力によるもので、身体が最生成されるたびに剣の力に適合していく。少しずつ作り替えられていく。
最終的には、完全にサーヴァレットに馴致してしまうのだ。そうなったら、ほぼ手がつけられない。
いっそサーヴァレットを壊すことができれば良いのだが、今のターロイの能力を封印された状態では無理だった。
「……くそっ」
とりあえず、今はサージを倒して去るしかない。生き返ることが分かっているとはいえ、死を恐れているのならそう乱用はしないだろう。
ターロイはハンマーを振りかぶり、こちらに背を向けて最後の護衛を貫いていたサージに飛びかかった。
次の瞬間、まるで後ろを向かないまま、サージが剣を逆手に持ち、ターロイの胸を目掛けて切っ先を突き出した。サーヴァレットが気配を察知して男の身体を操ったのだ。
剣先が真っ直ぐにターロイの心臓に向かう。
やばい、避けきれない。一撃で決めようと突っ込みすぎた。
「う、ぐっ……!」
キィン、と高い金属音がして、固いものが胸に当たる。
強い圧迫感、しかし身体は無事だ。ターロイは急いでサージから距離を取った。
避けきれないならと身体をずらし、その剣先を懐に入れたままだった金貨の袋で受け止めたのだ。今のは危なかった、はからずもグレイに救われた。
「チッ、しくじったか……」
ゆらりと立ち上がったサージがこちらを向く。
完全にサーヴァレットに操られているかと思ったが、少し違うようだ。サージは警戒をするターロイの様子を楽しそうに見つめた。
「はは、さっきまでの威勢はどうしたよ? てめえさては、俺のこの強さにビビってんだろ! ああすっげえ気分が良いぜ! 俺は最強だ! ターロイ、覚悟しやがれ!」
自身の力に陶酔して笑う男。
……なるほど、教団がサージにサーヴァレットを持たせた理由が分かった。この男は、この魔剣と性質的に相性が良いのだ。
自分のプライドの高さに反して、その実力が伴っていなかったサージは、いつもどこか劣等感を抱え、虚勢ばかりを張っていた。
その鬱憤をサーヴァレットが埋めたのだ。使えば代償は大きいが、紛れもなく強い自分を感じることができる。今までの鬱屈とした思いを解消できる。
そうして一度覚えてしまった暗い爽快感を、そのカタルシスゆえ、手放すことができなくなる。
後はもう、麻薬のようにのめり込んでいくのだ。死ぬことに馴れ、翌日にはサーヴァレットに都合良く作り替えられていく。
その生け贄としてもサージはちょうど良い地位と無能さだった。
この男がその途中で変化する自分への違和感や、人間らしさを失うことへの恐怖で魔剣を自分から放棄できればいいが、まず無理だ。
教団はどこまでサーヴァレットの恐ろしさを知っていて、サージに与えたのだろう。
この男は、いつか人間ではなくなる。
そして、サーヴァレットが魂を満腹になるまで喰らったら……。
「そっちから来ないなら、俺から行くぜ!」
考え事をしていたターロイに、サージが襲いかかってきた。
その剣先にさっきほどの鋭さはない。まだあまり馴染んでいないからだろう、男の動きにはむらがあった。
でも逆にそのむらが面倒臭い。油断を誘われたところに鋭い攻撃が来るからだ。
「ははは、ほらほら、魂を喰らってやるぞ!」
サーヴァレットを振るうサージは、闇雲に下手な剣筋で打ち付けてくる。
どうやらサージのターロイに対する優位な思考が間に挟まると魔剣の支配が緩むようだった。スピードや力はブーストされているが、本人の地力、技能が足りてない。
ならば、とわざと防戦に徹する。ハンマーを駆使し、間一髪でかわしているようなそぶりを見せながら、焦れた男が大きく剣を振りかぶるのを待った。
「くそっ、いい加減観念しやがれ! ハンマーごと叩っ切ってやる!」
しばし待ったところに思惑通り、サージが剣を振り上げた。その瞬間に、ターロイは男の鳩尾にハンマーを打ち込む。
「吹き飛べ! 砕破!」
次いで、サーヴァレットを持つ男の右腕を文字通り吹き飛ばした。
一瞬でサージの右肩から先が剣ごと飛んでなくなる。
「うぎゃあああああ!」
鳩尾に喰らった打突と腕の痛みでサージが大きな悲鳴を上げた。
ターロイはサーヴァレットがとりあえず男の手を離れて草陰に吹き飛んだのを見てから、仰向けに無様に倒れたサージを動けないように上から踏みつけた。
「タ、ターロイィィ、きさまあっ……!」
「……サージ、今日死ぬ前に覚えておけ。サーヴァレットは決してお前の味方じゃない。今のお前じゃ無理だろうが、いつか、それに気付いたら、自分の意思であの剣を放棄しろ。……でないとお前は、人間として死ねなくなるぞ」
「意味分かんねえこと言ってんじゃねえ! くそっ、殺す、殺してやる、あの剣があればっ……!」
すっかりサーヴァレットの力に魅了されている今では何を言っても響くまい。しかし、いつかこの言葉の意味がこの男にも分かるはず。
そこで思い出して、人間に戻れるかどうかは、サージ次第だ。
「とりあえず今日は俺が殺してやる。死ぬのは怖えってこと、脳みそに焼き付けておけよ」
「ひっ……!」
ターロイがさっきの戦闘で奪っていた槍を拾い、サージの心臓の上にぴたりと切っ先を当てた。それに怯えた男が短い悲鳴を上げる。
どうせ一旦死なないとこの男のサーヴァレットによるブースト状態は解除されないのだ。だったらサーヴァレットから自動的に死を賜るより、自分がこいつに死への恐怖を植え付けてやった方が、いくらか抑止になるだろう。
ターロイは努めて冷たい視線で男を見下ろす。
「……次に同じようなことがあったら、死ぬより酷い目に遭わせた上で殺すからな?」
最後にさらなる脅しを掛けて。
ターロイは槍をサージの心臓に突き立てた。




