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真夜中のミシガルで

「……何でグレイが転移方陣描いてんの?」


 この方陣を発動するのも使えるのもターロイだけだ。

 なのに、何故かグレイの方がわくわくと、転移方陣の準備をしている。


「どうせここにも方陣を設置するつもりでしょう? さあ、正しく描きましたから、サクッと発動させて見せて下さい」


 どうやら魂方陣が発動するところを見たいようだ。

 まあ、必要なものだし、渋ることもない。

 ターロイが指を少し切って血を垂らすと、光った方陣がその場に定着した。


「おお、これが本物の魂方陣……! よし、試しましょう! ターロイ、ミシガルに転移を!」

「……ちょっと待て、グレイも着いてくる気か?」


 もの凄く鼻息が荒く、何か眼鏡まで曇ってる。

 あまりのそのテンションに引いているターロイに、グレイは無理矢理肩を組んで来た。


「転移方陣は個別のものですが、こうして触れている人間も一緒に転移できたはず。はい、レッツゴー!」


「……何なんだよ、そのテンション……。言っておくが転移方陣は完全個別の特性があるんだ。誰かの方陣ではできても、俺の方陣ではできないこともある」


「それはつまり、他の方陣ではできなくても、ターロイの方陣ではできることもあるということ。結局色々試さないと分からないということです。だからとっとと試せと言ってるんですよこの野郎、面倒臭い男ですね。トライアルアンドエラーは研究の基本なんですよ」


「……この野郎とか言うな。あんたの面倒臭さも相当なもんだからな……」


 大きく呆れたため息を吐いて、しかしおとなしく転移方陣の上に乗る。二人とも方陣内に入ったのを確認したターロイは、ミシガルの方陣の場所をイメージした。


 個別方陣による転移は発動者本人のイメージ、思考が重要なのだ。だから行ったことのないところに万が一方陣があっても飛べないし、行き先として選ぶこともできない。


「……今はまだ暗いからいいが、もうすぐ夜明けだ。空が白む前に戻るぞ」

「はいはい。いいから早く」


 急かされて、やれやれと思いながら念じる。『飛べ』と。

 すると一瞬だけふわりと宙に浮くような感じがして、しかしすぐにミシガルの闇の中に落とされた。






 ミシガルに飛ぶと、街の隅、それも木陰を選んだせいで、周囲まで光が届かず真っ暗だった。瞳が暗順応をするまでしばしその場に佇む。

 どうせグレイに転移をしてみせるためだけの移動だ。街中まで行く必要もない。


「思いの外、身体的な負担はないのですね。魂と肉体のデータを分解して送り、再生成しているのかと思ったのですが、これは空間をねじ曲げて繋げているのか……?」


 無事にくっついて転送されてきたグレイは、ブツブツと考察をしながら木陰から出ていった。


「おい、どこに行くんだよ。転移できたんだし、もう戻ってもいいくらいだろ」


 どんどん離れて行く男に小声で呼びかける。

 視界もいくらかマシになって、自分も月明かりの下に出る、と。


 呼びかけに振り返った男が、眼鏡の奥で悪戯な笑みを浮かべているのに気付いてしまった。


 うわっ、グレイのやつ、きっと碌でもないこと考えてる。


 そう言えば、ここは彼と不仲のウェルラントの領地だ。こっそり忍んで嫌がらせをして帰るつもりなのかもしれない。


「グレイ、何する気だよ!? そっちは領主の館の方向だぞ!」


 あくまで控えめな声で追いかける。

 しかし彼は気にせず裏道をどんどん歩いて行った。まるで、ミシガルの街の造りを知っているみたいだ。

 小走りで追いついたターロイは、急いでグレイの腕を掴まえた。


「あのな、ここがどこだか分かってるよな? 教団のローブ着てうろうろすんなよ!」


「ええ~? でもせっかくミシガルに来たんですから、挨拶くらいはしたいじゃないですか?」


「挨拶って、ウェルラントに? ちょっと、手形も持たずに街に入ってるのバレたら俺たちの協力関係にヒビが……ていうか、グレイを連れてきた時点ですげえ怒られそうなんだけど!」


「あなたアホですか。何でわたしがあの変態クソ野郎に挨拶なんかしなくちゃいけないんですか」


 そう不愉快そうに言ってから、一転、グレイはニヤリと笑った。


「私が会いに行くのは、あなたに転移方陣を作った彼のところですよ。……あの男はすっとぼけていましたが、やはり彼を閉じ込めていたんですね」


「彼って……さっきも気になったんだけど、グレイはその人のこと知ってるのか?」


「知ってるというか知ってたというか……。まあ、見ればあなたも分かるはずです。魂方陣のメモ、ターロイの名前が入っていたでしょう?」


「入ってた、けど……。え? 俺の知り合いってこと?」


 この間も考えていたけれど、魂方陣を描けるような知り合いなんて、全然思いつかない。それに、ターロイのいた村の人間は全滅しているはずだ。


「……あなたは、魂方陣を描くような前時代でもひときわ特殊な知識を、その辺の村人が持っていると思いますか? そもそも、ターロイの知識も十分特殊です。それを手に入れた経緯を考えて下さい」


「待って、それってつまり……俺の他にもガイナードの核みたいなのと適合した人間がいるってことか? それも俺の知り合いで?」


 それは考えもしなかった。

 ヤライの村のあの人体実験自体が十中八九死ぬ前提のもので、どうせ廃棄する村の子供だからという理由で試されたものだったのだ。


 実際目の前では同じ部屋にいた子供全員が死んだし、ターロイは本当にイレギュラーだったのだ。


 ……しかし、もしも他の部屋で自分と同じように実験をされて、尚且つ生き残った子供がいたとしたら。

 前時代の特殊な知識があることも、ターロイを知っていることも説明がつく。


「本当に適合しているか、何と適合しているかは推測の域を出ませんが、それは会ってみればわかること。館の裏に回りましょう。あそこには地下に通じる落とし戸があって、多分そこから……」


 グレイはまるで自分の土地のようにターロイを案内しようとする。

 だが、ターロイはやにわにグレイの腕をぐっと掴んで、その進行を阻んだ。その手が酷く強張る。


「……駄目だ。戻ろう。メモの主には内密にしろと言われていたのに、グレイを連れて現れるなんて最悪だろ。俺との接触を禁じられているということだし、ウェルラントに知られるとさらに迷惑が掛かる」


「……その辺はうまくやりますけど」


 ターロイの様子が変わったのに気付いたようだったけれど、グレイは未練がましく返してきた。それに小さくため息を吐く。

 建て前では、彼には響かない。


「あのさ、正直……会いたくないんだよ。もしヤライにいた頃の俺の知ってる子供だったら、俺はそいつをどうしたって守るべき仲間と見てしまう。……また、狂戦病の発作を抱えることになる。だったら、最初から知らない方が良い」


 ターロイは素直に心境を白状した。そうしないとグレイが止まってくれないからだ。……いや、逆か。正直に弱さを見せる人間を、グレイは邪険にしないのだ。


 思った通り、彼は大仰に肩を竦めると、あきらめて踵を返した。


「やれやれ、仕方ありませんね……。私も自分用の転移方陣を作ってもらおうと思ったのに……。まあ、もうすぐ約束の夜明けですし、今日のところは帰りますか」


「……すまない。……って、あれ? でも考えてみたら、ここに来たのはグレイの勝手だよな。何で俺が謝ってるんだろ」


「私をミシガルまで連れてきた時点で八十%くらいターロイの責任ですよ」


「ふざけんな」


 歩いているうちに、東の空が白んできた。夜が終わる。

 二回ほど大きなあくびが出た。


 ああ、考えてみたら、昨日も寝不足だったのに今日は完徹してしまった。つうか、旅から帰ってそのまま王宮侵入、そのままミシガル転移とか、働き過ぎた。


「俺、帰ったら今日は一日眠ってるからな」


「どうぞどうぞ。その間、私は転移方陣を詳しく調べさせてもらいます。方陣に使うのにターロイを出血させるかもしれませんが、勝手にするので気にせず眠ってて下さい」


「勝手にすんな!」




 王都に戻り自室に入ると、ターロイは厳重に鍵を掛けて床に就いたのだった。


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