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解毒剤を届けに

 翌朝、少々の寝不足は我慢しつつ宿駅を立ち、王都へ向かった。


 途中に数人の怪しげな集団―――おそらく教団の裏仕事の部隊―――とすれ違ったが、ぶしつけな視線で観察されただけで特に絡まれることもなかった。


 やはりターロイ達の情報を共有していたのは、あの吊り橋の上で葬った四人だけらしい。

 奴らは青年一人と王女、そして山賊の生き残りくらいなら、本部に報告せず自分たちで簡単に始末できると思っていたのだろう。教団特有の平民を舐めきった思考に今回は感謝しておこう。





 さて、数日ぶりに辿り着いた王都は、いつもと変わらなかった。

 サイの体調悪化は当然国民には伏せられている。とりあえず内情を知るために、ターロイはグレイの研究室に向かった。


「おかえりなさい、ターロイ。上手にお遣いできました?」

「まあまあ、それなりに」


 彼は相も変わらず通常運転だ。


「はい、これ先に渡しておく。ウェルラントからの返事の書簡」

「返事だと? くっ……分厚いな、あの腹黒男め……」


 しかし書簡を渡すとあからさまに嫌な顔をする。

 それを一枚ずつ捲ったグレイは、全てに目を通した後、真顔でその書簡を破いてゴミ箱に捨てた。


「……チッ、この変態クソ野郎が」


 ……一体、彼らは書簡で何のやりとりをしているんだろう。舌打ちしつつも全部のページに目を通すグレイも律儀だ。


 ターロイがゴミ箱を眺めていると、グレイはこほんと咳払いをして話を戻した。


「ところで、道中は問題ありませんでしたか」


「あったよ、いろいろとね。……表面上はいつも通りのようだけど、グレイにも情報は入っているのか?」

「それはジュリア様の王都脱出と、サイ様の体調悪化のことですか」

「やっぱり、知ってるんだな」


 ターロイは荷物を置いて、椅子に座った。向かいの椅子に、グレイも座る。

 互いに情報交換が必要だと判断したからだ。


「俺はミシガルに行く途中、偶然ジュリアが襲われているところに居合わせた。彼女は無事にウェルラントのところに届けてきたからひとまずは安全だ」

「それは朗報です。……サイ様の方は、少し深刻ですから。容体が悪いのに、教団がどうしても私を派遣したがらないんでね。国王の症状は、他の医術師では治癒が難しいものなんですけど」


「他の医師では難しいって……グレイには、サイ様の症状と治し方が分かってるみたいな言い方だな」

「症状なんて手に取るようにわかりますとも。だって彼は私が作った毒を盛られたんですから」


 ん? 何かこの人、今、平然と問題発言をしたような。


「……グレイが作った毒?」

「趣味で作っていた毒薬が、盗まれていたんです。おそらくそれが国王に投与されました」

「いや待て、何で毒薬なんか……」

「今言ったでしょう。趣味です。いいですか、ひとえに毒薬と言っても、殺すだけでなく麻痺や幻惑、仮死を引き起こす興味深いもので、薄めて使えば医療にも役立つものが……」


「講釈たれなくていいから。盗まれたっていつ?」

「ターロイがお遣いに出掛けた日に気付きました。三日に一度はチェックしてますから、その前の三日の間ですね。ちなみに盗まれた毒は仮死毒。十日くらい仮死状態で、その間に解毒すれば蘇生します。ただ、放置すると死に至る毒です」


 国王の状態が深刻だと言うわりに平然としているのは、十日の猶予があるからか。しかし解毒剤を渡しに行けないのではどうしようもない。


「解毒剤を渡しに行く手立てはあるのか?」

「もちろん。あなたの出番ですよ」

「俺? ……まさか、壁に穴開けて突入とか言うんじゃないだろうな」

「そのまさかです」


 にこりと笑ってグレイが小さな瓶詰めの液体をターロイの前に置いた。強行突破もここに極まれりという作戦だ。


 まあ、俺なら、最低限の破壊をして、脱出した後は修復して行けば誰にも気付かれることはないけれど。


「でも、サイ様がそんな状態なら、寝室には側仕えが付きっ切りになっているんじゃないか? さすがにそれに見つからないのは無理だぞ」

「彼らには見つかっても平気です。王宮からはひっきりなしに私への往診依頼が来ている。教団はそれを突っぱねてますから私は行けませんが、いつも連れているあなたが行けば私の遣いだと分かるでしょう。歓迎されると思いますよ」


 確かに、教団と対立している王宮だが、教団員でもグレイのことだけは信用していた。ジュリアの味方を見極める力によるものかもしれない。ターロイも彼女には懐かれていたから、邪険にはされないだろう。


「とりあえず王宮に入ってしまえば、見つかってもどうにかなるってことか」

「そうです。そしてサイ様を解毒できれば、直近の危急は免れることができます。……しかし、今回のことを解決したとして、また同じようなことが起こる可能性は高いですが」

「……そうだな」


 じわじわと陰で教団が動き出した。


 理由は分かっている。まもなく、サイの十八歳の誕生日が来るからだ。

 王家の成人と戴冠は、十八と決まっていた。教団はそれまでに、国王を排除したいわけだ。委譲されていた統治権を王宮に返したくないからだろう。


「真意はわからないが、サイ様がジュリア様をミシガルに移したのも、人質に取られることを嫌ってのことかもしれないな」

「それも理由の一つでしょうね」


 どうあれ、王宮に忍んでいってサイに解毒剤を飲ませるのが先決だ。今後のことはまた考えるとして、ターロイは小瓶を腰のポーチに入れた。

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