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新しい拠点

 朝、ターロイは早々と領主と王女にいとまを告げ、ミシガルの街に出た。


 ぐるりと街中を回り、守備体制や主要施設を確認する。もし王都で何かあったら、王国軍の拠点は間違いなくこの街になるのだ。気になるところは今のうちにチェックしておきたかった。


 そして、街のどこかに昨日もらった転移方陣を設置していきたい。


 これがあれば、今後どこからでもミシガルに来ることができるようになる。その有用性は特に語るまでもないだろう。


 ターロイは街の隅の人目につかない木陰に目を付けた。

 転移方陣は当然人が一人以上乗れる直径が必要だ。木の真下はあまり下草も生えておらず、十分なスペースがあった。

 身を屈めていれば、通りからも目立たない。


 落ちていた小枝を拾ってそこにしゃがみ込むと、ターロイは懐から転移方陣のメモを取り出した。

 描かれている通りの図形と文字配列で、地面にカリカリと方陣を写していく。一文字でも違えば転移術式は発動しないのだ。

 書き上げてから三度メモと見比べて、配列に間違いがないことを確認する。


 最後に転移方陣の中央に小さな穴を開け、指先を少し切ってそこに垂れた血を落とした。


 途端に中央から周囲に向かって方陣をなぞるように赤い線が走って行く。それが全ての線を上書きすると、転移方陣はふわっと明るく光った。これで起動完了だ。

 方陣はターロイが近付いた時しか光らないから、見つかって怪しまれる心配もない。


 とりあえず一度王都に帰ったらここと方陣を繋げよう。


 ターロイはミシガルの街を出て、王都へ向かう街道を歩き出した。






「おう、親方! 待ってたぜ!」


 しばらく歩いていると、林の外れからディクト達が出てきた。


「親方もやめろ。普通に呼べ」

「それじゃあ上下関係がちゃんとしねえだろ。なら隊長か」

「隊長はお前だ。俺に肩書きはいらない」

「うわっ、こいつぅ、何かカッコいいこと言ってる」


 上下関係云々を言うわりに、やたらフレンドリーに人差し指でこちらの頬をグリグリしてくる。ターロイはその手をぺいっと払って、周囲を見回した。


「全員いるわけじゃないようだな。どこかに拠点を造ったか?」

「拠点って言う感じじゃねえな。アジトは壊されちまったし、とりあえず野営の時使ってた洞窟にいる。ここを通る行商人と取引して食料と毛布くらいは買ったから、まあ生活はできるが長期になると難しいな」


 確かに、この人数をこのままこの環境で置いておくわけにはいかない。そのうち不満が溜まればまた悪さをする奴が出てくる。


「……少し考えよう。全員の職歴を書いた紙をよこせ」

「ん? ああ、これか」


 ディクトは胸当ての下からくしゃくしゃに畳んだ紙を取り出した。

 それを受け取って広げてしわを伸ばす。


 元・山賊は総勢二十一人。年齢は十代から四十代までまばらだ。

 最初から山賊をしていた人間は三人ほど。他の奴らは以前はそれぞれ違う職業に就いていた。

 特技も多種多様だ。


「へえ、元料理人がいるのか。これはいいな」

「え? 食いつくのそこ?」


 隣でディクトが首を傾げた。


「まず必要なのは食と住。新たな拠点を作るなら、有益にしないとな。ミシガル付近で勝手をするが、ウェルラントには事後報告でいいだろう」

「新たな拠点を作るって……。この人数が住める建物を作るのは難しいぜ? アジトも教団に粉々にされたし」


「作る、と言ったが、正確には再利用だ。目星を付けているところがある。この林を抜けて少し山を登ったところの、王国軍の砦だ。あそこなら広さも守りも申し分ない」

「ああ、確かに……。でもあそこも破壊されて、人が住めない状態じゃなかったっけ」

「まあ、な」


 あの砦を教団の指示で破壊したのは実はグレイとターロイだった。二人で王国軍の施設を壊しに行っていたのは王国軍を説得して撤退させるためだったけれど、もう一つ理由があったのだ。


 それは、ターロイが自分で計算して壊したものは、比較的簡単に再生できるからだった。


 教団には破壊したと思わせておいて、後に順に再生させ、敵攻略の要衝にする計画。そのうちの最初の一つを、まずは自分たちの拠点にしよう。


「砦は、俺が直す」

「は? 直す? あの砦でけえよ? 何、ターロイってこつこつ派? 俺ダメなんだよな、小さい頃から積み木も上手く積めなくてうがーってぶっ壊しちゃうタイプ」

「……お前、がさつそうだもんな」


 納得しつつ、呆れたため息を吐く。


「まあ、確かに俺はこつこつ派だが、あの砦の石壁を一つ一つ積んでいくほど暇じゃない。……俺は先に行って直しておくから、お前らは洞窟に戻って荷物をまとめて、後から来い」


 ターロイはディクトにそう指示すると、さっさと砦に向かうことにした。全体を直そうとすると時間が掛かるが、居住スペースくらいなら昼までには直せる。

 今のところ攻めてくる予定の敵もいないし、あとは追い追い再生してけばいいだろう。




 山を上ると、開けた場所に出た。

 王国軍の砦だ。外塀が崩れ落ち、敷地の中は随分と荒れ果てている。見張り塔は根元から折れ、詰め所も半分が外に晒されていた。


(よし。俺が壊した後に手を出した奴はいないみたいだ)


 教団にチェックされた時、再利用が不可能に見えるように。しかし自分では再生しやすいように破壊してある。

 元のイメージが頭の中にあれば、さらに再生は速い。


 ターロイは直したい場所を定めて、壁の崩れていない部分に手を当てた。

 すぐにガイナードの核が物質と交信を始めて、崩れた破片が元の位置に戻りだす。それはあたかも、破壊の映像をゆっくりと逆回しで見ているような様子だった。

 ゆっくりと言っても一応これでも、直す範囲を限定しているから早いほうなのだが。


 床、屋根、壁、窓。時間を掛けて順番に元の姿を取り戻す。

 とりあえずの生活ができる場所があればいいだろう。ある程度で再生は止めて、ターロイは敷地の隅に行った。


 当然ここにも転移方陣を敷いておくべきだ。地面に方陣を写して、血を落とす。それを問題なく発動させたところで、荷物を抱えたディクト達がやって来た。


「あれ、マジで直ってる……?」

「一部だけな。荷物を入れてこい。この後のことを説明する」


「うわあ、アジトと全然作りが違う!」

「すきま風も入ってこない!」

「階段上りやすい!」


 入った途端に声が上がる。居住スペース以外は崩れているが、それでも不満は無さそうで何よりだ。手下達は喜び勇んで奥に入っていった。

 ただ、ディクトだけが狐につままれたような顔をしていた。


「これ、どうやって直したんだ?」

「説明するのは面倒だな……。今度暇な時に教える。とりあえずこれからのことを指示するから、俺がいない間、お前が管理してくれ」

「え~、俺、細かいこと苦手なんだけど……」


「だろうな。何ならそういうことに向いていそうな手下に手伝わせてもいい。……色々売り払った金はまだ残っているか?」


「ああ、たいしたもの買ってないし」

「だったらその金で、まずは農具を買ってこい。それから料理道具。工具も必要だな」

「農具に料理……って、そんな戦いに関係ないものを?」

「戦力になる奴は駆り出すが、適材適所ってものがある。まずはここに俺たちの基盤を作るんだ。前職に農家だったのが四人くらいいるだろう。ここに畑を作らせろ」


 ターロイはそう言って、再び手下リストを取り出した。


「この料理人だった奴には他に料理の得意な人間を助手に付けて、毎日料理させろ。狩りが得意なこの二人はそれに専念させて、獲物の肉と皮を手に入れる。家具職人だった奴にはベッドと収納箱を作らせてくれ。それから……」

「細けえな! そういうの苦手なんだってば!」


 子細な指示を出す青年に、ディクトが途中で音を上げる。


「他に金の管理とか色々あるんだが」

「無理無理無理。今のどんぶり勘定が精一杯」

「ならさっきも言ったが、金の管理はマメで信用できる手下に任せていい。とりあえず必要な物を揃えるための予算を決めて、ミシガルに買い出しに行ってこい」


「買い出しって、俺たちが街に入れるわけが……」

「領主と話はつけてある。監視付きだが、街に行けるぞ」


 ターロイはウェルラントから発行してもらった通行手形をディクトに渡した。

 予想外だったのだろう、それに男が面食らったように目を瞬く。


「領主と話って……え? マジで?」

「マジだ。ただ、悪さをしたら切り捨てられるから注意しろ」

「りょ、了解……」


 ディクトはターロイの言葉に、少し引きつった顔で請け合った。

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