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ブーストの魔法

 ドラゴンの身体はすぐに石化を始めた。


 ターロイは急いでその身体に触れると、破損部分から彼女の情報を読み込んでいく。これは、石化の進行が思いの外早い。

 傷の部分は無視をして、とりあえず内蔵機能と呼吸器の情報を先に確保し、辛うじてそこだけ再生した。


「上手くいきそう?」


 訊ねてくるルアーナはいつの間にかブーストを解いている。


「俺の精神力が保つかわからない……。石化の進行が早いんだ。身体の情報を読みながら再生するのがキツい。俺もブーストできればいいんだが」


 情報を読み切り、石化の大本の核を見付ければそこから一気に再生できるのだ。しかし治してもすぐに石化する身体、イタチごっこのごとく生命維持のために再生をしながら情報を読むのは、とても骨が折れる。

 もっと自分に処理能力があればいいのだが。


「そうか、ブーストね。じゃあこれを貸してあげるわ」


「え? 水晶玉?」


 ルアーナはエルフの魔力がこもった水晶玉をターロイの前に差し出した。


「この水晶玉の持ち主の魔力の一つに、ブーストがあるのよ。攻撃魔法に変換するには媒体が必要だけど、ブーストくらいなら所持しているだけでそれなりに恩恵があるわ。水晶玉との相性にもよるけど」


「なるほど、あんたがさっきブーストしてたのは水晶玉のおかげか……。これがあればいけるかもしれない」


 わらにも縋る思いで濁った水晶玉を受け取る。

 すると、それを手にした途端にターロイの身体に変化が現れた。さっきのルアーナのように獣じみた外観に変貌し、腹の底から力がみなぎってくる。わき上がる万能感は、著しい能力上昇のせいか。


 つまりターロイの身体は、何を念じたわけでもないのに、勝手にブーストされたのだ。


「あらぁ、ターロイ……この水晶玉と随分相性が良いみたいね。この能力の上昇率、こんなに透明度が低いのに……ふぅん」


「このブーストは……」


 ルアーナが何かを言っているけれど、ターロイは覚えのある魔力の感覚に目を丸くした。

 魔力には個人差というか、持ち主の気配のようなものが存在する。人間族には感知しづらいらしいが、この水晶玉、ブーストの魔力の気配を、ターロイは感じることができた。


 ……以前に一度掛けてもらったことがあるからだ。

 そう、このブーストはユニの魔法だ。つまり、この水晶玉はやはりユニのものだということ。


 ……これがカライル村の宝として隠されていたとは、どういうことだ?


 ターロイは不可解に思いつつも、まずは目の前のことに集中することにした。今は何よりマリーを回復させることが先決だ。

 ターロイはさっきより格段に増した情報量をガイナードの核で処理し、石化された細胞を再生させていった。


 間もなく石化の進行に再生の速度が勝つ。そしてとうとう心臓に近い背中の部分に病原の腫瘍を見付けて、それを正常な細胞に再生した。


「よし、これで石化の進行は止まる!」


 そう言ってほっとした途端、ブーストが解ける。ターロイの思考に連動したのだろうか。もしくは、ユニの歌と同じくらいの時間で勝手に解けたのかもしれない。


 しかしここまでくればもうブーストがなくても大丈夫。

 石化した皮膚を再生し、過去に負った傷も治す。不死者として化け物のような見た目だったドラゴンが、みるみる生者として蘇る。

 エルフの里はマナが豊富なおかげで、欠損した部分の回復も早い。


 全てを再生し終えると、ドラゴンはおもむろに形を変え、人化した。


 マリーは茶色のロングヘアが印象的な、二十五歳くらいの見た目の清楚な感じの女性だった。

 本来はもう何千歳なのか分からないけれど。


 その顔をのぞき込み、血色を確かめたルアーナが微笑んだ。


「うふ、よくできました、ターロイ。もう彼女は大丈夫だわ」


「ああ、とりあえず助けられて良かったよ」


 気を失ったままなのは仕方ない。身体が戻っても、精神的な力は彼女自身が回復するもの。

 ドラゴンの姿から人化したのも、ドラゴンのままだと多くのエネルギーが必要だからだ。今、マリーの身体は懸命に生きようとしている。その気力があるなら、もう大丈夫だ。





「さてと、私の用事はこれで終わりだわ。うふ、マリーはあなたに預けるわね、ターロイ」


「……はぁ!?」


 ようやく一安心したところで、突然ルアーナにマリーを託されて、ターロイは素っ頓狂な声を上げてしまった。

 何言ってんだこいつは。


「あんたの知り合いなんだろ? 竜の谷まで送ってやれよ」


「嫌よ、あそこ風が強くてすぐスカートがめくれるんだもの。……それに、マリーのことはもうちょっと隠しておいて欲しいのよねえ」


 そう言って、ルアーナは何かを逡巡したようだった。


「……ターロイ、マリーが竜人族だということは誰にも言っては駄目よ。それから、王都の塔にオルザネがいることも」


「誰にも? 何でだよ」


「もちろん、グランルーク様のためよ。……うふ、もしばらしたら、秘密を知った人間全員私が殺すからね?」


 にこりと笑った彼女の目に狂気が見える。ぞわりと背中に怖気が立った。これは本気だ。


「……分かった」


「んふ、良い子ね。……そういえば、オルザネがあなたに会いたがっていたのよねえ」


「オルザネが?」


 何の接点もない、前時代の英雄の一人がどうして俺に?

 不思議に思って首を傾げると、ルアーナは意味深に口端を上げた。


「彼はガイナードの能力を買っているのよ。あなたの力があれば囚われのグランルーク様を解放できるかもしれないから。……良かったら私が手引きするわ。会いに行く? もちろん一人で、だけど」


「……オルザネも教団をどうにかしようとしてるんだよな? だったら協力できるか、一度話をしたいとは思うけど」


 オルザネはグランルークの一行の中でも、一番穏やかな男だったはずだ。手荒なことができないなら、それをこちらが引き受けても良いかもしれない。


「とりあえず時間ができたらでいいか?」


「構わないわよ。その時は王都の東にある山にいらっしゃい。今私が拠点にしている家があるわ。その周りにある罠に掛かれば、すぐ気付いて迎えに行くから」


「罠に掛けること前提で呼ぶなよ!」


「何よう、わがままねぇ。……じゃあ仕方がないわ、これからしばらくガントにいるから、そこに捜しに来て」


「ガントに? ……分かった、その時は捜しに行く」


 ルアーナは不満顔だが、彼女の罠に掛かるのなんてまっぴらごめんだ。だって死なない保証がない。どうせ彼女は虚空の記録の映像があるから死なないだろうという、あてにならない根拠で言っているのだろうし。


「マリーのことはしばらく匿っていてちょうだい。まあ、人化している間は竜人族とバレることはないし、彼女の顔を知っているのも長命な種族の者だけだから、それほど神経質にならなくても良いけど」


「しばらくって、いつまでだ?」


「そうねぇ……グランルーク様を復活させるまで、かしら。うふ、多分そんなに先の話ではないわ」


「……目を覚ましたマリーが竜の谷に帰りたいと言ったら?」


「そんなこと言わないから平気。彼女は竜人族のわりに柔軟で頭の良い女性だから、自分の置かれた状況を分かっているはずだもの」


 マリーの置かれた状況? どうやら竜人族にも何か複雑な事由がありそうだ。


「まあ事情があるなら、彼女を匿うくらい問題はないが……」


 今更拠点に一人増えたところで変わりない。万が一の時には戦力になってくれるかもしれないし、悪いことはないだろう。

 仕方なく請け合うと、ルアーナはターロイの手元を指差し、にこりと笑った。


「マリーを引き受けてくれるお礼に、その水晶玉はターロイに預けていくわ」


「え? 本当か!? それは助かる」


 この水晶玉は間違いなくユニのものだ。他人に利用されるより、できれば彼女に返してあげたい。もちろん、村に渡すつもりもない。


「うふ、どうやらその水晶玉はあなたのことが好きみたいだから。……さっき透明度の低い球は魔力がないと言ったけれど、訂正するわ。これだけ濁っているのにあの魔力をターロイに注げるということは、潜在的にかなりの魔力を有している。……もしかすると本人が何かによって魔力を封印されているのかもしれないわね?」


 ルアーナの推察は当たっている。どこかこちらの反応を見るような語り口、ターロイはそれに対して努めて無反応を貫いた。

 彼女はユニの存在もグランルーク復活の駒にしそうだからだ。


 そんなこちらの内心を察しているのか分からないが、ルアーナは特に言葉を重ねることはなく、こちらに背を向けた。


「さて、今度こそ私はもう行くわ。後はよろしくね、ターロイ」


「あ、おい。御神木のとこ、水晶玉がないと通れないんじゃ……」


「平気よ、この聖堂の外に昔作った転移方陣があるの。そこから直接ガントに飛ぶわ。……あ、そうそう、一人だけ生きながらえてる人間ね、聖堂を出たら裏に小さな湖があるから、その湖畔に沿って北に進めば見付かるわよ」


 そういえば、ラウルも助けて行かなくちゃならないんだった。申し訳ないがすっかり忘れてた。


「分かった。じゃあ俺はマリーが目を覚ましたらラウルも助けてから行くよ。ありがとな」


「うふ、お礼を言うのはこっちの方だわ。マリーを復活できたのは大きいし、これなら……」


 ルアーナは何かを呟いて、それから機嫌良さげに笑うと軽く手を上げた。


「うふふ。じゃあ、またね、ターロイ。ガントで待っているわ」


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