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呪いの森

「魔歌の本だって?」


「そうです。エルフ語が絵柄のように配置されてますが、この大きさや間隔、位置に規則性がある。おそらくこれらが音記号で、読み解けば魔歌として使えると思います」


 グレイが本をめくってこちらに見せてくれたが、我々が使う歌の譜面とは全然違う。手掛かり無しでこの音階を読み解くのは、とても難解に思えた。


 しかし、一緒に本をのぞき込んだユニがそれをひと目見ただけで、ふんふん、と音階を鼻歌でなぞってみせたことに驚く。


「ユニ、この譜面の音階読めるのか?」


「うん、何でだろう、メロディラインは分かるよ。歌詞は分かんないけど」


「ほほう、それは素晴らしい!」


 その言葉にグレイが目を輝かせた。

 我々は彼女とは逆に、音階は読めないが文字は分かる。つまりエルフ語の読み方をユニに教えれば、魔歌は成立するのだ。


「この本には有用な魔歌がいくつも載っている。これをユニが使いこなせるようになったらかなりありがたいですよ」


「確かに……。でも、何でラウルはこの本を持っていたのに、ユニに魔歌を教えなかったんだろ。エルフ語を読めたはずだろ?」


「彼はエルフ語を現代語に翻訳はできましたが、その文字の発音などは知らなかったのだと思います。私だって、あなたのガイナードの記憶からもらった知識が無ければ、エルフ語のヒアリングなんて無理ですよ」


「そうか、意味が分かっても発音が分からなければ歌えないもんな」


 エルフ族は前時代で滅んだと言われていた種族。その言葉を生で聞く機会なんて普通はないし、知る人間だってほぼいない。


「さて、俄然楽しくなってきましたね。この建物に残る有用な手掛かりはこれだけのようですし、そろそろ呪いの森に向かいましょう。きっとエルフの隠れ里に関する新たな発見がありますよ」


 グレイは見るからにワクワクした顔で、書類と本を鞄に詰めた。

 それから三人で階段を上がり、一人入り口で見張りをするスバルの元に行く。

 彼女を見張りにしたのは誰も力で適わないだろうということと同時に、周囲でこそこそ話す村人の情報を聞き取ってもらうためでもあった。


「お待たせ、スバル。何か変わったことは?」


「……特にはないですよ。胸くそ悪い話を聞いてしまったくらいです」


 不愉快そうな表情をしたスバルは、ターロイの隣にいたユニをぎゅっと抱きしめた。その体勢のまま、首だけをこちらに向ける。


「用事が終わったのならもうこんな村は出て行くです。次は奥の森に行くのですよね?」


「ああ。ルアーナが何をしにいったのか調べないといけないし、ラウルの手掛かりも何か見付かるかもしれないからな」


「このまましれっと裏門から森に行きましょう。書類と本を持ち出したことを突っ込まれると面倒ですし。ユニ、呪いの森までの道は分かりますか?」


「うん、こっち」


 今度はスバルのマントの中に匿われて、ユニは歩き出した。

 その後ろをターロイとグレイがついていく。村人がこちらを伺っている気配があるけれど、特に話しかけてくる様子はないようだ。

 四人はそのまま裏門を出た。


 あまり使われないのか、少し荒れている道を進む。

 後ろで小枝を踏み折る音がして、ターロイは視線だけをグレイに向け、小さくため息交じりに呟いた。


「……こっそりついて来る気だな」


「まあ、そうでしょうね。彼らはよそ者を信用していませんから」


 村を離れたターロイたちのあとを、わかりやすくつけて来る者がいる。本人は隠れているつもりなのだろうが、完全なる素人、ターロイやグレイ、ましてやスバルに分からないわけがない。


「このまま森までついて来られても迷惑だ。ここで伸しておくか?」


「後で面倒なことになりますよ。やめておきなさい」


「……スバルが狼に変化して、追い立ててやってもいいですよ」


 軽く振り返ったスバルも、少し苛立たしげに言う。

 それにグレイは苦笑した。


「気持ちは分かりますが、もっと穏便に行きましょう。……そうですね、こんなのどうですか?」


 ごそごそと鞄を漁った彼が、丸いカプセルを取り出す。ティムが作った投擲弾だ。


「……それは?」


「混乱毒入りの投擲弾です。しばらくこれで前後不覚になっててもらいましょう。幸い、彼らは三人ほどで来ているようです。同士討ちしてくれれば手間が省けますよ」


「同士討ちって……穏便どころかグレイのが一番酷いと思うけど……」


「武器を持ってなければ殴り合いくらいで済みますから死にません。はい、ターロイ。これに五秒の時限破壊を掛けて、道にぽとりと落として下さい。我々は落とし物をしただけ、後ろから誰かが来てるなんて知らないのですから、責められるいわれはありません」


 投擲弾を手渡されて、ターロイは呆れたように肩を竦めた。

 しかし、カライル村の人間に同情心が湧かないことも確か。自分たちが直接手を下すよりはマシかと割り切って、時限破壊を掛けた。

 それを不自然にならないように道に落とす。


 こちらを監視している奴らが、我々が落としたものをそのままやり過ごすわけがない。尾行をしていた三人が落とし物を確認しに集まった頃合いに投擲弾は破裂する。

 途端に、ターロイたちに向かっていた意識が外れた。


 その後、男たちの喧噪が聞こえたけれど、四人は気にせず先に進むことにした。





「ここが呪いの森だよ」


 ユニの道案内でたどり着いた場所は、呪いの森という名に似合わず、美しいところだった。木は生い茂っているが鬱蒼としているわけでもなく、下草も生え、花が咲いている。

 ただ、少し開けた森の入り口にある木々が、確かに人間の形をしているのだけが異様だった。


「ふむ、やはりルアーナの匂いはここで途絶えてるです」


「ここに彼女の転移方陣があるってことかな?」


「それはどうでしょうね……。とりあえずこの森に関するラウルの手記を確認してみましょう。あなたたちは少しこの辺を調べてみて下さい」


 グレイはそう言うと、近くにあった石に座って鞄から書類を取り出した。


「調べるって言ってもな。気になるのはこの人型の木くらいで……」


「ねえターロイ、見て。何かあちこちに灰が落ちてる」


 どうしようかと頭を掻いていると、おもむろに近寄ってきたユニがこちらのマントを引いて、地面を指差した。


「灰だと?」


 指差された先を凝視する。

 すると、確かにそこにはこんもりと灰が積もっていた。よく見れば一つではない、あちこちにある。

 その灰の山は、先日同じようなものを見たばかりだった。


「不死者の灰……?」


 これはアルディアで見た、守護者がルアーナの剣によって倒された後に残った灰の山だ。

 ということは、ここに何人か守護者がいたということか?


「グレイ、ラウルの手記で呪いの森に守護者がいたような記述はあるか?」


「そんなものはありませんね。……ただ、ここに書かれている人型の木の数が違います。ぱっと見ただけでも記述より木の本数が少なくなっている」


 この人型の木は、魔歌によって人間が変えられたものだという話だった。そのうちの何本かはユニの魔歌によって変えられたらしいが、では他の木はどうだったのだろう?


 例えば前時代のエルフの歌姫が、不死者の侵入を拒んで彼らを木に変えていたかもしれない。

 だとすれば、ルアーナがここに来た理由は、木になってなお生きながらえていた不死者を倒し、灰に帰すためだったに違いない。


 目的はよく分からないけれど、モネといい、ここといい、ルアーナが不死者を進んで倒して回っているのは間違いなさそうだった。


 ターロイがそうして灰の山を確認していると、一人で付近をうろうろとしていたスバルが、立ち止まって怪訝そうに首を傾げた。


「どうした、スバル?」


「……うーん……この辺りの気配に、違和感を覚えるですよ。ルアーナの残り香もここで消えてるし、これは……。そうだ、ターロイの転移方陣に近付いた時の、空間が歪んでいる感覚に似てるです」


「空間が歪んでいる感覚か。その場所にルアーナの転移方陣があるのかもな」


 そこで彼女の残り香が消えているのなら可能性は高い。そう思って返したターロイに、スバルは小さく唸った。


「いや、でも似ているだけで、同じではないのです」


「もしかすると、そこにエルフの隠れ里への入り口があるのかもしれませんね」


 スバルの言葉にグレイが視線を上げて答える。

 そのままラウルの手記を鞄の中に戻して立ち上がった。


「ラウルの調査によると、ここには空間のねじれが存在するらしいのです。そこを通った先に、エルフの隠れ里があるということですよ」


「空間のねじれ……」


 そう言えばアルディアで、ルアーナが空間のねじれを通って地上に戻れるようなことを言っていたっけ。永久落下の罠も、その空間のねじれを利用したものだった。

 ああいうものが、ここにあるということか。


「だとしたら、どうやれば通り抜けられるんだろ」


「その方法をラウルはここに来て探っていたのでしょう。手記の中に答えは見当たりませんでした。……しかし、彼が突然いなくなったという日、その答えが出た可能性がある」


「……ラウルが、エルフの隠れ里に入っちゃったってこと?」


「あくまで推論ですが。それ以外であの研究オタクの男が、ユニを置いて消える理由がないのです。ここから飛ばされて、そのまま里から出てこれなくなったのではないかと思います」


「そういや、ここで神隠しに遭う人間がいるって言ってたっけ。その人たちも何かの偶然で隠れ里に飛ばされたってことかな。……でも、ラウルの失踪に関しては、カライル村の人間が関わってる気がするんだけど」


 さっきグレイがラウルを探しに来たと言った時の村人たちの反応を思い出して、ターロイは首を捻った。

 するとグレイも同じ事を考えていたようで、一つ頷く。


「私が思うに、村人……少なくとも村長はエルフの里への入り口の開け方を知っているのではないかと。ラウルは飛んだのではなく、彼らに飛ばされた可能性があります」


「へ? エルフの隠れ里にわざわざ? 村人がそんなことをして何の意味が……」


「村の人間はきっとここがエルフの里だなんて知りませんよ。おそらく、人間を木に変える化け物がいる場所だとでも思っているのでしょう。これまで何人も神隠しに遭ったという話……里に飛ばすことで、村に来た邪魔者を体裁良く消していたのかもしれません」

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