ユニの過去
バルの名前をラウルに変更しました。
ユニのいた家は石造りの二階建てだった。
村の他の家は木造なので、少し存在が浮いている。
中に入ると、質素な日用品が埃にまみれて置いてあるだけだった。
「殺風景だな……。ユニはこんなところで一人で生活していたのか」
「村で買い物とかできなかったから。それでも以前ラウルが買っておいてくれた調理器具とか、行商人が来たときに作物と交換してくれた生活用品とかでどうにかなってたよ」
子供がこんな生活をしているのに、村の住人は誰も助けてくれなかったのか。いくら不思議な力の持ち主だからって、酷い話だ。
「ふむ……。ところでユニ、ラウルがいなくなったのっていつ頃ですか?」
「えっと、三年前くらい」
「ちなみに一緒に暮らし始めたのは?」
「……よくわかんない。気が付いたら一緒にいたから。ボク、ラウルと暮らす前のこと覚えてないんだ」
「覚えてない? じゃあ、両親のこととかも分からないのか」
ユニの言葉にターロイは目を瞬いた。
じゃあこの封呪輪のことも、自分がエルフの血を引いていることも、彼女自身が知らないのは当然か。
「ラウルはあなたの過去について何も言っていなかったのですか?」
「時期が来たら教えてくれるって言ってた」
「……ということは、ラウルは何かを知っていたということですね。その時期とやらが、いつのことを指すのか……」
「本人がいなくなった今となっては、何か記録が残っていないか探すしかないだろ。ユニ、ラウルの部屋はどこだ?」
ターロイが訊ねると、ユニは部屋の奥にある下り階段を指差した。
「あそこから下りた地下室に……。でも、鍵が掛かってて入れないの」
「鍵? もしかして村長たちがこそこそと、俺たちには入れないって言ったのがそこなのか?」
「それはないでしょう。前時代の術でも掛かっていない限り、物理的に破壊できますからね。そんなわけで、さあ、ターロイ。そこを下りて地下室の扉をぶち抜いて下さい」
確かに魂方陣による結界が張られていなければ、侵入は容易か。
どうせ破壊しても、元通りに再生すれば問題は無い。
ターロイたちは一応スバルに入り口の見張りを頼んで、階段を下りた。
「……あれ? 鍵、壊されてない?」
しかし地下室の扉の前に来て目を瞬く。掛かっているはずの錠前が壊されていたのだ。扉もすでに僅かに開いている。
「ほんとだ……ボクがいる時はずっと閉まったままだったんだけど」
「村の人間が入ったということですか? ……だとすると、我々の調査を許したのも、すでにここには用がないからということでしょうか」
「とりあえず入ってみよう」
ターロイは扉に手を掛けて、少し慎重に押し開いた。中が荒らされているかもしれないと思ったからだ。
果たして想像通り、部屋には書類が散乱していた。そのくせ本棚らしきところはガラガラで、明らかに持ち出されたことが分かる。
「さて、この棚には何の本が入っていたのやら。ユニ、あなたはこの部屋に来たことは? 本棚にどんな本が入っていたか知っていますか?」
「ここにはラウルがいる時だけ入ったことある。あそこにあったのは、ボクじゃ読めない文字で書かれた本だったはずだよ」
「てことはエルフ語の文献をごっそり持っていかれたのか。……こんな村にエルフ語を読める人間が他にいると思えないけど」
もしかすると、村人以外の人間が関与しているのかもしれない。目的は何だろう。エルフの研究をしている他の誰か? ラウルはそもそも教団員なのだから、教団が没収するとも思えないし。
ターロイが首を捻っていると、散乱した書類を拾い上げたグレイが少し呆れたような声を上げた。
「これはこれは……肝心なものは残していってくれているようですよ。このラウルの研究資料、エルフの文献を要約したものです」
「え? この部屋を荒らしたのって、ラウルの研究内容を処分するためじゃないのか?」
「この閉鎖的な村の人間が外部の人間と結託するとも思えません。おそらくラウルの持つ貴重な文献を売りさばくためにこじ開けたのでしょう。……考えてもみなさい。ユニのことも売った奴らですよ?」
「確かに……。家主がいなくなってこれ幸いにと売れる物を物色したってことか。……クズだな」
ターロイは辟易して吐き捨てた。
あいつらのためにルアーナから村の宝を取り戻してやるなんて、正直気が乗らない。
この荒れた部屋は何だと訊ねたら、きっと我々が何も知らないと思ってユニのせいにでもするのだろう。彼女がラウルの貴重な文献を売ったと。
そんなことをスバルが聞いたら大激怒しそうだ。
「とりあえず散っている書類を掻き集めて下さい。詳しいことは持ち帰って調べますが、重要そうなところは今さっと目を通してしまいます」
グレイの指示で、周囲の書類を三人で集める。一応書類に通し番号がふってあるが、それを並べるのは家に戻ってから彼に自分でやってもらおう。
全てを拾い終わるとそれをパラパラとめくって、次いでグレイはユニに指示を出した。
「そうでした、ユニ、二階のあなたたちの寝室に、本を一冊隠してあるので持ってきて下さい。薄い本なのでベッドと壁の隙間に突っ込んであります」
「うん、わかった」
ユニが素直に頷いて部屋を出て行く。
その後ろ姿を見送ったグレイは、書類から手早く数枚を抜き取ってターロイに渡した。
「何?」
「ユニに関する興味深い記述です。どうやら彼女は最初呪いの森にいたようですね。あそこにある人型の木のいくつかは、ユニの魔歌により人間が変化したものだとあります」
「……それって、ユニが自分の意思で人間を木に変えたってこと?」
驚いて目を丸くする。彼女にそんなことは到底できないと思うのだが。
しかし手渡された書類を見ると、確かにそう書いてあった。
「この村が未だに延命している理由を調べている時に、ラウルがここにいたことを知って、ほぼ確信していました。おそらくこの近くに、エルフの隠れ里があるのです。ユニは里の入り口を守っていたエルフなのでしょう」
「いや、ちょっと待って、この記述おかしい。ラウルの資料にはユニが金髪碧眼の女性って書かれてるぞ。名前が同じだけで別のエルフなんじゃないか」
少し読み進めてみたら、ユニの容姿の記述がまったく違う。
それを指摘したターロイに、グレイは軽く頭を振った。
「さらに先を読んで下さい。彼女は自身の正体を隠すために自ら封呪輪を付けて、黒髪の少女に変化した、とあります」
「え!? 自ら? どういうこと?」
目を丸くして書類の先に目を走らせていると、階段を下りてくる足音がする。ユニが戻ってきたのだ。
書類には、彼女は封呪輪を付けた後、以前の記憶を失ったとある。今のユニに問うたところで、何も分からないだろう。
ターロイは慌てて一旦書類を畳んで、鞄にしまった。
「グレイさん、本、持ってきたよ」
「ああ、ありがとうございます。中を見てみました?」
「ううん、見てないけど……。絵本なの?」
彼女が持ってきた冊子は、カラフルな絵柄の書かれた薄めの本だった。確かにぱっと見は絵本に見える。
答えが分からず首を傾げるユニに、グレイはにこりと笑った。
「いいえ。でも絵本だと間違えられたから、売られずに済んだのでしょうね。……これは一種の魔術書です。おそらく記されているのは魔歌ですよ」




