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二人の過去 1

 この後ティムをインザークに送りがてらグレイに報告に行こうと思っていたけれど、その前にウェルラントにもの申さねばなるまい。


 彼とカムイの話だと言えばそれまでだが、ターロイにとってはあの青年も守るべき仲間だ。それに、今後教団と戦う時に、その力は絶対に必要になる。

 こんなところで精神的に疲弊させている場合ではないのだ。


 螺旋階段を上がりながら、ターロイはウェルラントに声を掛けた。


「なあ、カムイのことであんたに話があるんだけど。時間取れる?」


 ターロイをカムイに会わせた時点でこうなることが分かっていたのかもしれない。

 こちらにちらりと視線をよこした彼は、少しだけ間を置いてから大きく息を吐いた。


「……ここを出たら私の部屋で待っていてくれ。屋敷の者に指示だけ出してくる」


「わかった」


 螺旋階段を上りきって隠し扉を閉じると、ターロイを部屋に置いてウェルラントは出て行ってしまった。

 彼が戻ってくるまで勝手に部屋を探索するわけにも行かず、おとなしくソファに座って待つ。


 ぐるりと視線を巡らせただけでも、かなり広い部屋だ。

 しかし調度品はあまり置いておらずシンプルで、寝るためだけの部屋のようだった。ベッドばかりが大きい。


 その部屋の片隅に、何故か小さな椅子が置いてあった。子供用だ。

 ……ウェルラントは結婚していないし、屋敷の中に子供がいるのを見たこともないのだが。

 彼が小さい頃使っていたものだろうか?


 あれこれ考えていると、間もなくウェルラントが戻ってきた。


「待たせたな。……話を聞こう」


 さっきまでは自分たちに関わるなとでもいうような態度だったのに、彼は真っ直ぐにターロイのところに来て、向かいのソファに座った。


「随分素直だな。俺に口を出されるの、もっと嫌がるかと思った」


「……こうなってはお前にカムイとのことを隠す意味がないからな。……それに、私としてもあいつとの関係が膠着状態で、ずっとどうにかしたいとは思っていたのだ」


 ウェルラントがまたため息を吐く。

 この状況が宜しくないことは彼も自覚しているようだ。だったらきっと、どうにかなる。


「俺の話の前に聞きたいんだけど、そもそも何でウェルラントって危険を冒してヤライの村までカムイを助けに行ったんだ? グレイがあんたを呼び出したことは知ってるけどさ……あ、カムイというよりコネクターが必要だったのか?」


 まずはウェルラントがどうしてカムイを手元に置いているのかが知りたい。彼が助けに行った時点ではルークがカムイの中にいることは知らなかったはずだし、やはり目的はコネクトの能力か。

 そういやコネクトの能力って、何だったっけ……。


「……いや、私はコネクターという存在を、グレイから聞くまで知らなかった。前時代にあまり興味がなかったからな。前時代の知識は騎士見習い時に教養課程で得たものだけだった。……私はカムイだから助けに行ったのだ」


「え、コネクトの能力は関係ないってこと? ていうか、二人は元々知り合いだったのか?」


「まあ、な。……説明する上で今更隠しても仕方がないから言うが、……カムイが信頼していた、彼を捨てた人間というのは私だ」


「はあ!?」


 思わぬカミングアウトにターロイは目を丸くした。

 それじゃあカムイがウェルラントに対してビクつくのも当然だ。自分の信頼を裏切って捨てた人間に再び閉じ込められているなんて、精神的にもおかしくなる。


「誤解をしないで欲しいんだが、私はカムイを捨てたつもりは毛頭ないのだ。ただ、結果的にそう言われても仕方のない状況になってしまった。……そのいきさつを話そう」


 ウェルラントは自ら話し始めた。

 もしかすると、ずっと誰かに聞いて欲しかったのかもしれない。胸の内に押し込めて一人で抱えていた罪の意識。彼はそれを吐露しようとしているようだった。


「カムイは昔、地図にも載らないような辺境の小さな村にいた。私はたまたま父の用事の付き添いで村を訪れたのだが、そこで住民に迫害されている幼いカムイを見付けてな。保護してミシガルに連れて行くことにした。忌み子を街に連れて行くなんてと反対されたが、前時代と同様に私は迷信にも興味がなかったから、気にしなかった」


「それは……カムイにとっては地獄に仏だったろうな……」


 きっとカムイにとってはウェルラントが初めて自分を偏見の目で見ない人間だったに違いない。


「始めは怯えて口もきけなかったが、そのうち慣れてきて私の身の回りの世話をできるほどになった。読み書きを教えてやればすぐに本を読みこなすようになった。すっかり懐いてよく笑うようになって、一安心していたのだが……」


 そこで言葉を切ったウェルラントは、眉を顰めて一度小さく息を吐いた。


「……ある時、私は騎士見習いとして王宮で二年ほど暮らさなくてはならなくなった。もちろん、カムイは連れて行けない。屋敷に置いておいてもいいが、両親が忌み子と呼ばれるカムイにあまりいい感情を抱いていなくてな。……そんな時、カムイを引き取りたいという夫婦が現れたのだ」


「……カムイを、わざわざ?」


「当時はカムイがいじめられないように一人で外に出さないようにはしていたが、特別隠していなかった。どこかから誰に話が行っても不思議じゃない。だから彼らのことも、忌み子だと言われるカムイを引き取ってくれる、ただの善意のある人間だと思っていた。……あいつに特別な力があるなんて知らなかったから」


 当時のことを思い出しているのだろうか、彼の握られたこぶしに力がこもり、表情に怒りと後悔が見える。


「屋敷に一人で残るよりも、夫婦の元で普通の親子のように生活をした方がいいと諭して、私は泣いて嫌がるカムイを奴らに渡してしまった。……その結果が、この通りだ」


「……その夫婦は?」


「実験に使える後腐れのない孤児を見付けて教団の研究所に売る、ブローカーだった。カムイが高額で売れることを知って近付いてきたんだろう。夫婦に見せかければ引き取る時に怪しまれにくいからな。……もちろん今は財産没収の上ミシガルの地下牢にぶち込んでいるが」


 なるほど、カムイが捨てられたという経緯は分かった。ウェルラントにそのつもりは全くなかったが、結果は実験体として売られた形になってしまったわけか。


 おそらくだが、ウェルラントの元に帰りたがって泣くカムイに、ブローカーたちは彼が絶望して諦めるようにとあることないこと吹き込んだに違いない。

 カムイの自罰的な様子からして、ウェルラントは本当はお前が邪魔だったのだ、などというようなことを言われたのだろう。


「私がカムイが売られていた事実を知ったのは、まさに教団のヤライ襲撃の日、グレイからの話でだった。ずっと王宮にいたからな……」


「それであんな危ないところに単身で乗り込んでいったのか」


 彼に対する罪の意識のせいもあるだろうが、きっとウェルラントもカムイをとても可愛がっていたからこそ、危険を冒したのだ。

 そうでなければ、次期ミシガルの領主になる身でありながら、単身で突っ込むなんてそんな無謀なことをできるはずがない。


 ……だとすると、今のカムイに対するウェルラントの態度が解せないところだけれど。


「……そうだ。私は急いであいつを助けに行った。……しかし私があいつを見付けて連れて逃げようとすると、救出を拒んだ」


「拒んだって、カムイが?」


「あいつは、自分はここで死ぬべき人間だ、と言ったんだ」


 ウェルラントは酷く不愉快そうに吐き捨てた。


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