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カムイとウェルラント

「カムイとも少し話できる?」


 最後にルークに訊ねると、彼はちらりとウェルラントを見た。


「僕はすぐにでも切り替わって構わない。そこの男さえ許可すればだが」


「……お前がカムイに何の用だ」


 ウェルラントは何だかすごく渋い顔をしている。……どうやら思いの外あっさりと目の前の彼と会わせてくれたのは、カムイでなくルークだったからのようだ。

 未だカムイを他人に会わせるのは嫌らしい。


「用事ってわけじゃないけど。ヤライから助け出されて以来ずっとここにいるんだろ? あんたもその調子だしさ、この間見た感じだと精神的に参ってないか、心配になるじゃん」


「お前がそんな心配をする必要はない」


「そうは言うけど、カムイは孤児院にいた頃から精神的に弱ってたんだよ。何か、ヤライに来る前に信頼してた人に捨てられたらしくてさ。それで食事もあんまりとらなくて、だからいつも別室でグレイに栄養剤飲まされたりしてたんだ。俺はできるだけ話しかけるようにしてたけど、孤児院でもちょっと仲間はずれにされてたし」


 食いさがるターロイの言葉に、ウェルラントが口を閉ざして眉を顰める。

 代わってルークが口を開いた。


「小さな辺境の村で生まれたカムイはその容姿からずっと忌み子として迫害されていたのだ。村というのは情報の新陳代謝が悪く、妙に迷信めいたことを信じ込んでいる。住民は村で起こる災害を全て彼のせいにして攻撃することで、溜飲を下げていたのだ」


「そうか、昔から……。そりゃ精神も弱るわけだよな。その上、信じてた人にまで捨てられたら、俺だって死にたくなるわ」


「僕はカムイに寄生しているから、その記憶を読むことができる。おかげで色々言いたいことはあるが……。とりあえず、カムイはターロイを友人だと認めている。ウェルラント、たまには寛容な心を持ったらどうだ」


 ルークは黙り込んでいるウェルラントをじろりと見やった。

 ウェルラントはそれに苦虫を潰したような、嫌そうな顔をしたけれど、出てきたのは意外にも了承の言葉だった。


「……少しだけだぞ。気晴らし程度の世間話なら許そう」


「全然いいよ、それで。一番気になるのはカムイの体調と精神状態だから」


 前回会ったのはひよたんとの戦闘時、それもカムイは魂方陣を発動しすぎて気絶してしまったから、普通の会話をするのは数年ぶりだ。

 ウェルラント相手だとオドオドしてしまって気も休まらなそうだし、この会話が少し彼の気散じにでもなればいい。


「よし、許可が出たのなら問題ない。入れ替わるぞ」


 ルークはそう言うと、眉間の白毫を指先で押さえて目を閉じた。




 次に彼が目を開けると、その瞳は深い紅となっていた。

 ぱちぱちと数回瞬きをして、それからターロイと視線を合わせる。


「あれ、ターロイ……?」


 目の前にターロイがいることに驚いている様子だ。カムイとルークは体験を共有しているわけではないらしい。


「久しぶりだな。以前はひよたん戦で助けてくれてありがとな。ずっとお礼言えなかったから気になってたんだ」


「あ、うん。あんなのは全然、いいんだけど……」


 言いつつ視線を巡らせたカムイが、ウェルラントを見て少し身体を強張らせる。やっぱりビビってるな。


「ちゃんとウェルラントにお前と話す許可もらってるから安心しろ。それより、しっかり飯食ってんのか? そんな細い身体して」


 さっきまでルークが表に出ているときは気にならなかったけれど、カムイが表に出た途端、自信なさげな表情で身体を縮こまらせるせいで、酷くやせこけて貧弱に見える。

 つい心配になって訊ねると、彼は躊躇いなく頷いた。


「大丈夫、最低限の栄養は摂ってるから。ほとんど動かないからおなかも空かないし」


「お前、昔から本当に食べないよな……。グレイがいつも成長に必要だからもっと食えって言ってたろ」


「いいんだ。生きていられるだけの栄養があれば。あとは無駄だもの」


 食は人生の楽しみの一つだ。それを無駄だとは。

 昔からその傾向はあったけれど、カムイは妙に禁欲的で、自罰的だった。


「無駄なわけあるか。……あ、そうだ、あれ好きだったろ。ビスケットにシロップかけたやつ。知り合いに菓子作りが上手い奴いるから、今度差し入れするわ」


「……よくそんなの覚えてるね。……でも気持ちだけで十分だよ、ありがとう」


 一瞬目を丸くしたカムイが、ようやく柔らかく笑う。

 細いせいでそう見えるのだろうが、ユニに似て、庇護欲をそそられる笑顔だ。


「遠慮すんなって。期待して待ってろよ。……ところでお前さ、ヤライを出て以来ずっとここにいるんだろ? 気分がふさいだりしてないか?」


 側でずっと不愉快そうに黙っているウェルラントを、ちらりと見ながら訊ねる。正直一番心配なのはこの二人の関係だった。

 しかめっ面のウェルラント以外この部屋には来ないこの状況、絶対精神的にやられそうだ。


 しかし、カムイは「大丈夫」と言った。


「一時期、スバルがいたこともあるし、ルークも話し相手になってくれてるし……ウェルラント様も気にかけてくれるから」


 ……最後の言葉になんとなく忖度を感じるのは、俺のうがち過ぎだろうか。

 話を聞いているウェルラントの眉間のしわが、何故か深くなった。


「それに、ミシガルのために結界を敷いて、こんな僕でも毎日役に立ててるのが少し安心するんだ。ここで僕が生きてる価値なんてそれくらいだから、もっと頑張らないと申し訳ないんだけど」


 ああこれ、かなり病んでる。ルアーナとは違う意味で。

 カムイの自身に対する無価値感、これは忌み子として蔑まれてきたトラウマが根底にあるのだろう。信頼していた人に捨てられた、その過去もそれに拍車をかけているに違いない。

 ……しかし、ヤライの孤児院にいた時、ここまで酷かっただろうか?


「それくらいって言うけど、結界を敷くとか普通にすごいことだぞ」


「こんなの、九割はルークの力だよ。僕はやりかたを聞いて、魂のエネルギーを提供してるだけ。ルークがいなかったら、僕は本当に価値がないんだ」


「……いいかげんにしろ」


 自嘲気味に呟くカムイに、業を煮やしたようにウェルラントが口を開いた。途端にカムイがビクリと大きく肩を震わす。


「その自分を卑下した言い方、いつもやめろと言っているだろう。気分が悪い」


「ご、ごめんなさい……」


 身を縮こまらせて謝るカムイに、ウェルラントは不満げに顔を顰め、舌打ちをした。おかげでさらにカムイがすくみ上がる。


 ……なるほど、彼の無価値感を強めているのは、やはりこの男のようだ。

 ウェルラントにそのつもりはないのだろうが、否定をされ、謝罪をした相手に舌打ちをされるとか、自罰的思考のカムイには存在すら許されない気分になるに違いない。


 これは、どうにかしなくてはいけないのは、カムイではなくウェルラントの方みたいだ。


「……話はもうそろそろいいだろう、ターロイ。引き上げるぞ」


 ……うーん、突き放しておいてフォローも入れずに帰る気か。これはますますいただけない。

 何だろう、人格者であるはずのミシガル領主、部下に対してはこんな態度をとらないだろうに、何故カムイには冷たいんだ?


 でも、ここでカムイと話していても事態が変わらないのだけは分かった。

 必要なのはウェルラントとの話合いだ。


「俺のせいで怒られちゃってごめんな、カムイ。でも久しぶりに会えて話ができて嬉しかったよ」


 ターロイも席を立ち、せめて自分は彼に寄り添おうとカムイに微笑みかける。

 するとカムイもつられたように笑顔を見せた。


「僕もターロイと話ができるなんて思ってなかったから、嬉しかった。……ありがとう」


「じゃあ、またな」


 再会を匂わす言葉を使ったのはもちろん意図的だ。だってこのままでは彼が不憫すぎる。

 この状況をどうにか打開してやりたい。


「おい、行くぞ」


 そのためには、この苛々とこちらを促すウェルラントを何とかしなくては。


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