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生体レベル

「ルアーナは人間である。ただ他の人間より少し特殊な力が多かったために実験体として研究所に売られ、成長の過程で歪んだ精神状態になってしまったのだ」


 そう言ったルークは、ターロイをじっと見た。


「君はとても幸運だった、ターロイ。最初に君を診た医術師がグレイだったおかげで、キメラ・ベースであることが他に知られずに済んだのだから。そうでなかったら、今頃どこかの研究所の実験体である」


「……あんたは俺がキメラ・ベースだと知っているのか」


「僕は君たちの姿が、魂に蓄積されたデータの羅列に見えているのだ。君という存在を構成する要素やステータスなどは一目瞭然である。精神的な面のデータには触れることができぬがな」


 それはつまり、彼には我々が目、口、鼻や体型でなく、文字として見えているということか。


「あんたには俺たちが言語化・数値化されて見えてるってこと?」


「そういうことだ。それぞれ生命の光があって、その中に戦闘力や耐性、知性、特性など、フィジカルやテクニカルな部分を見ることができる。ちなみに、生体レベルなどというものも存在するぞ。基本的に上限は99。ウェルラントで大体レベル65くらいである。これは人間としては破格の数値だ」


「人間としては……ってことは、他の種族だともっとレベルが高い奴がいるのか」


「レベルの高さで言うと、竜人族は軒並みレベル80を超えていた。獣人族もアカツキなどはレベル78、エルフ族や天人族も成人は皆70前後だった」


 そうやって詳らかに数値化されると、何だか劣等感が……。


「待て、そうなると人間族ってめっちゃ弱いんじゃないの? ウェルラントで65だろ、俺たちなんか底辺じゃん」


「人間族の成人は平均してレベル30前後である。ドワーフ族も低めで、レベル35前後であった。……実は昔はこうして生体レベルを見る事ができる『魂読師たまよみし』という職業があったのだ。おかげでレベルによる種族間差別も生まれてしまった」


 なるほど、天人族などが地上の種族を見下していたのには、そのレベルも関係あるのだろう。

 竜人族は特にプライドが高く、他の種族全てを下に見て関わり合うことすらしなかったというのもそのせいに違いない。


「そんなんでよく大戦で人間族が生き残ったよな……」


「誤解をしないでもらいたいが、このレベルはただの経験値の積み重ねだぞ。長い年月を生きる竜人族のレベルが高く、寿命の短い人間族が低いのは当たり前なのだ。問題はその経験の質だ。そちらは魂読師には見えない、また別の基準がある。それを知らぬ者が差別などを行って、滅びの憂き目に遭ったのだ」


「別の基準って?」


「成長レベルというものだ。……これからそれを説明しようとすると長くなる。それは今度にして、少しだけ話を戻そう。キメラ・ベースのことだが」


 ルークが話を僅かばかり軌道修正した。


「昔、生体レベルばかりが魂読師によって広められた頃、種族としてのレベルの低さに危機感を抱いた人間族が、キメラ・ベースの存在を発見した。君も知っているだろうが、キメラ・ベースは『異能融合の基礎となる者』だ。その能力に目を付けた彼らの研究の結果、異能融合をすると、融合した生物のレベルが数%、キメラ・ベースである人間に加算されることが分かった」


「つまり、融合すればするほど生体レベルが上がるってこと?」


「その通り。そして驚いたことに、キメラ化した人間は基本レベルの上限、99を超えるのだ。おかげでキメラ・ベースは高額で研究所に買われた。ルアーナもその一人である。彼女はその上コネクターであったこともあり、基礎レベルが高かった。おかげで格好の被検体になってしまったのだ」


 当時は種族間の格差も大きかった頃だ。後に起こる大戦のためというよりは、人間族のメンツのためにキメラ化させられたのだろう。

 そんな彼女が人間として扱ってもらえていたとは思えない。


 そして本来ならターロイも、教団で同じような実験動物扱いを受けたかもしれないのだ。


「……ルアーナは今、レベルいくつなんだ?」


 今まで黙って聞いていたウェルラントがルークに訊ねる。

 ルアーナがルークを取り戻しに来た時に、対処できるレベル差かどうかを考えているのだろう。


「彼女の生体レベルは大戦当時で107であった。作られた数値とはいえ、これは短命種族としては驚異的と言えるレベルだ。成長レベルに換算するともっと数値は下がるが、ウェルラントでも相手をするのが苦しい値と言えよう」


「ルアーナってそんなに強いのか……」


 大戦当時ですでにレベル100超えとは。

 思わず呆然と呟くと、ルークは軽く首を振った。


「他人事みたいに言っているけれど、君もキメラ・ベースである」


「そうだけど、俺はガイナードの核くらいしか融合してないし」


 融合によるレベルの加算がどれほどあるのか分からないけれど、それでも40がいいところだろう。

 そう返したターロイに、ルークはもう一度首を振った。


「ターロイの生体レベルは現在すでに衝撃の138である」


「「138!?」」


 思いも掛けない数値に、ターロイとウェルラントがハモり突っ込みをする。

 一体どういう計算をすればそうなるんだ。


 理解不能で固まった二人に、ルークは淡々と説明を始めた。


「異能融合には単純に能力だけを取り込む場合と、ガイナードの核のように魂のデータをまるごと取り込む場合の二種類がある。前者の場合は当該生物のレベルの一割程度がキメラ・ベースに加算されるのだ。そして後者は五割加算となる」


「ターロイは五割か、それはでかいな」


「いや、それでも138はないだろ。……まさか、ガイナードもキメラ・ベースで、レベルが200くらいあったとか?」


 後はそれくらいしか考えられないが……。


「違う。ガイナードは確かに強かったが、レベルは上限に届かぬ90であった。……細かい話は割愛するぞ」


 ルークはそう言うと、向かい側からターロイの胸の辺り、ちょうどガイナードの核が埋まっているところをとんと指で示した。


「原因はこれだ。この部分の魂言がイレギュラーを起こしている。君とガイナードの魂データが融合途中でぐちゃぐちゃに絡み合ってしまっているのだ」


「あ……」


 その言葉で、核を埋め込まれたときに聞こえた声を思い出す。

 確か、こんなことを言っていた。


「適合時の異常融合……」


「そうだ。融合途中で異常があり、君の体内にはターロイとガイナード、それぞれの魂データが、絡み合い連携しながらも独立して存在するようになった。レベルも、それぞれが十割ずつ保持したままだ。君が48、ガイナードが90。それが加算されて138である」


「融合というより共存みたいなことになってるわけか」


 なるほど、その数値になる理屈は分かったけれど。


「……俺程度で138じゃ、生体レベルって本当にあてにならないんだな」


「いや、これは恐ろしい数値であることに間違いない。君はまだ開眼前であるからな」


 開眼前。何か、『英雄』スキルの件でスバルにそんな話を聞いたような気がする。


「君は、ゆくゆくはこの世界の命運を握る力がある。努々それを忘れぬように」


 ルークはターロイに言い聞かせるようにそう言った。


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