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竜人族

「なあ、ルアーナが地上に転移したとなると、俺たちはどうやって戻りゃいいんだ? さっきの戻り方の話だって、本当だったかどうか……」


 確かにイリウの懸念は分かる。

 ただ、ルアーナは意図したこと以外での嘘は吐いていないような気がした。特にグランルークに関係しない事柄には、嘘を吐く意味すら感じていないだろう。


「あの話は本当じゃないかな。ルアーナはちゃんと俺たちを地上に戻すつもりだったみたいだし。ただ、そのアルディアと地上の空間が接している場所とか、穴の開け方とかが分からないけどな」


 しかし、とターロイは続けた。


「実はそんなことをしなくても、転移方陣で戻れるんじゃないかとは思うんだけどさ」


 テレポートポインターでモネからアルディアへの転送が可能だったことを考えれば、ここと地上の転移自体はできるはずなのだ。

 着いた時にみんながバラバラだったのは、おそらく空間のゆがみが影響したもの。でもそれくらいは許容範囲だ。


 テレポートポインターと違って転移方陣は接触していることが必須だし、遠くに飛ばされることはないだろう。


「そうか、ルアーナはターロイが転移方陣を使えることを知らなかったからな」


「ああ。だから彼女は本来の地上への行き方を教えてくれたんだと思う。おそらく、遙か昔に天人族が地上へやってきたときの方法なんだろう」


 そう考えると、逆にルアーナとここで袂を分かっておいて良かったかもしれない。

 ターロイが転移方陣を使えるということは、グランルークと接点があると言っているようなもの。そこを突っ込まれると、カムイの存在がバレてしまう可能性があった。


 彼女の目的は間違いなくグランルークの復活。その根幹となるルークという人格と魂術の能力、ルアーナはそれをカムイの中からどうやっても手に入れようとするだろう。


 ウェルラントもカムイからルークを追い出したいとは言っていたけれど、ルアーナにとってカムイは『どうなってもいい部分』。

 最悪、彼を殺して取り出すような事にもなりかねない。




「とりあえず、転移方陣を書いてみよう。場所は……もう少し宮殿の入り口近くにするか。……また、来ることになるかもしれないからな」


 ふと脳裏に、講堂にいた首のない天人族の光景が浮かぶ。

 それを見ながら『今は忘れていいけれど、そのうち思い出すことになる』と言ったのはルアーナだ。予言ではなく、どこか確信めいた言葉。


 きっとガイナードとこのアルディアには何か関わりがあるのだろう。

 彼女は確かに、『ガイナードの能力を継ぎし者』にあの光景を見せると言っていた。


「じゃあとっとと移動して帰ろうぜ。他に敵がいないとも限らないし、何よりドラゴンと鉢合わせしたら即死だ」


 ディクトが立ち上がると、他のみんなも腰を上げる。

 早く帰りたいのは全員の総意だ。ターロイも周囲を見回すと、急いで地下入り口から出て宮殿の陰に入った。


「……来た時もそうだが、屋外に人の気配はないな。あの竜人族を見た以外は」


「その割には、管理されたように島全体がきれいだ。草原も草が伸び放題ってわけじゃないし、動物や昆虫も勝手に繁殖して増えてるような数でもないし。……あのドラゴンが整備してるのか?」


 宮殿の入り口に向かって歩く道すがら、ロベルトが呟いた言葉にイリウが首を傾げた。


「……いや、ルアーナがアルディアの美しい景色はほぼ人工物だと言っていた。元々が自然に伸びたり増えたりするものじゃないのかもしれない」


「木も動物も虫も作り物ってこと!? すごいねえ、仕組みが知りたいなあ~」


「宮殿に入れば何か分かるかもしれないぞ」


「うう、それはちょっと怖い……」


 興味津々なティムにそう言うと、さすがの彼も尻込みする。

 正直、余程の目的がないとターロイだって入る気にはならない。この中は違う世界だとルアーナが言っていた、その意味もわからないのだから。


「さて、この辺にするか……」


 講堂の横も通り抜け、ターロイは宮殿の正面に出る手前の角で立ち止まった。こっそりと宮殿の出入り口を覗いたが、やはり何もいないようだ。

 しかし入り口から見える場所に転移方陣を作る気はない。


 ターロイは宮殿の陰で転移方陣を書き出した。


「方陣を書き上げるには少し時間が掛かる。大丈夫だとは思うが周囲を警戒していてくれ」


 みんなにそう言い置いて、短剣を取り出す。アルディアの土はなんだか妙に固くて、小枝などでは地面に線が引けないのだ。

 やたらに密度が高い、この土も人工物なのかもしれない。


 ガリガリと土を刃先で彫っていると、不意に肩に乗っていたひよたんが地面に飛び降りた。まだ羽毛もぺしゃんこのままで飛べない鳥が、ぴょんぴょん跳ねて離れていく。


「どうした、ひよたん?」


 何気なく訊ねたターロイの声の大きさに、表を警戒していたロベルトがしぃ、と口元に人差し指を当てた。


「……宮殿から誰か出てきた。さっきの竜人族かもしれない」


 小声で言われて、慌てて口を抑える。

 しかし視線の先でひよたんが宮殿の角から表に出ようとするのを見付けて、急いでそちらに飛びついた。


 けれど、ひよたんはターロイの手を軽やかにかわし、竜人族の方に向かって跳ねていってしまった。


「ちょ、大丈夫か、あれ」


「いや、どうだろう、ちょっとやばいかも」


 後ろからディクトがひそひそと訊ねてくるが、こちらとしてもどうしようもない。自分たちが出て行ったらそれこそ大惨事になってしまう。


 ターロイたちは建物の陰から成り行きを見守るしかなかった。




 宮殿の出入り口に現れたのは男だ。がっしりとした体格で、ロベルトがもう一回り年齢を重ねたような風貌だった。

 もちろん人間族と竜人族では寿命が違うから、我々よりもずっと年上のはずだが。


 彼はすぐにひよたんを見付けると目を丸くした。


「……ひよたん? 何でこんなところにいるのだ」


 竜人族もひよたんのことは知っているらしい。足下までやってきたひよたんを拾い上げる。

 すると彼の手の上で、ひよたんがみるみるふわふわ羽毛になっていった。


 そう言えば、エルフ族と同じように竜人族もマナによる魔力を使う種族だ。つまりひよたんは、マナを求めて彼に近付いて行ったのだ。


「お前はアカツキのとこの奴か? 匂いが違うようだが……。ふむ、この匂い、我は覚えがある。あの女の匂いを上書きされてるのか」


 この竜人族はアカツキのことを知っているようだ。そしてあの女というのはルアーナのことだろう。今のひよたんにはターロイの匂いを消し去るほど、彼女の匂いがべったり付いているはずだから。


 何にせよ二人のことを知っている時点で、彼が千年以上生きている竜人だと分かる。


「マナがここまで枯渇しているということは、あの女にさらわれて嫌がらせをされたのか? あいつはアカツキを酷く嫌っているからな。マナ濃度が薄い、こんな面倒なところに捨てていったとしても不思議はない」


 どうやらルアーナに間違って嫌がらせを受けたことで、アカツキのひよたんだと思い込んでくれたようだ。彼はひよたんに自身のマナを十分に与えると、それを地面に降ろした。


「アカツキならすぐにお前を拾いに来てくれるだろう。もうあの女には捕まるなよ。……しかし、奴らが動き出したとなると、解放が始まったということか……。我も警戒をせねばならん」


 男はそう言って、たちまち巨大なドラゴンに変身した。

 そして一つ大きな咆哮をすると、上空へと羽ばたいて行く。


 その風圧でこちらに転がってきたひよたんをターロイがキャッチすると、もうドラゴンはどこかに姿を消してしまっていた。


「……ビビった……ひよたんが見付かって、もう殺されると思った」


「俺も……」


 ディクトとイリウが緊張から解放されて脱力する。


「でも、あの竜人族の人、何かいい人っぽかったね」


「確かにひよたんには優しかったが……。ルアーナは死にたくなかったら隠れろと言っていたしな。彼は人間嫌いなのかもしれない、前時代に大戦で戦っていたのなら特に」


 ティムの言葉に、ロベルトは少し懐疑的だった。

 楽観はしない、ルアーナの魅了に掛かっていたときと違って冷静な判断だ。


「まあ、とにかく何事もなくて良かった。……よし、転移方陣も書き終わったぞ」


 短剣をしまって、血のカプセルを取り出す。それを方陣の中央で潰すと、無事に転移の術式が発動した。

 これでようやく帰れるのだ。全く、長かった。


「とりあえず、一旦拠点に戻る。ティムとイリウはその後でそれぞれインザークとミシガルに送るから」


 グレイとウェルラントにもどうせ報告に行かなくてはならない。送るのはそのついでにさせてもらおう。


 ターロイを中心にしてみんなで転移方陣に乗る。

 男たちは空間のゆがみで飛ばされないようにスクラムを組んで、ひとかたまりになるとようやく拠点へと転移をした。


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