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最後の罠

 上昇していた格子戸は、途中にある横穴のところで停止した。


 入ってみた横穴は、やはり風の通り道だったようだ。なんとなく空気が新鮮な感じがする。


 穴はずっと先まで続いているが、一番最奥に明かりが見えた。あれが脱出口かもしれない。


「はあ、ようやくこれで外に出られるのか。長かったな」


 イリウが安堵のため息を吐いて歩きだそうとする。

 しかしそれを、とっさにティムが止めた。


「待って、イリウさん! ……ここ、罠が埋まってる!」


 そう言った彼の顔は宝でも見付けたようにぱあと輝いていた。


「え、罠!?」


「出口を見せて油断させて、罠にはめるのは常套手段だよ! とてもクラシックでいいよね!」


 言いつつ圧力感知板と噴霧器らしき装置を掘り出す。

 ……一応ここには僅かな角灯の明かりがあるが、よくそれだけで気付くものだ。


「これは麻痺毒の薬剤を噴霧する装置だね! 中身入りでゲットできるなんて感激だなあ!」


「……罠はこれだけか?」


 瞳をきらきらさせているティムに確認をする。

 すると彼は先の方を見渡して、おお、と感嘆の声を上げた。


「うわあ~そこにもある! あ、その向こうにも! 何ここ、パラダイス!?」


「……常人にとっては地獄だと思うけど」


 どうやら一定間隔ごとに罠が埋まっているらしい。ティムによると、地面の僅かな凹凸や掘り起こした土と本来の土の色の違いで分かるらしいが、ターロイたちには全く認識できなかった。

 後は罠愛により習得した彼の魔力感知能力の賜物なのだろう。


「睡眠、混乱、恐怖フィアー封印クローズ……何か、状態異常毒の噴霧系ばかりだなあ。特に掛かっても即座に命に関わるものじゃないし。火炎放射とか電撃とかも見たかったなあ」


「残念そうにすんな。出口前だから手を緩めてくれてるだけじゃないのか」


 いくつもの罠を掘り出していながら少し不満げなティムに呆れて返すと、彼は一転してぐふふと笑った。


「いやいや、これは最後にデカい極悪な罠を置く布石に違いない……。きっと出口前にとんでもないものがあるに違いないよ! おっとヨダレが」


 うーん、立派な変質者だ。この男は頼りになるのに残念な部分が多すぎる。


 とりあえずティムを先頭に横穴を進み、ようやく出口の前までたどり着いた。

 やはり外と繋がっていたようだ。表の日の光が入ってくる。


 しかしその手前には魔法の檻の鉄格子、そしてさらにその手前にはターロイたちが見てもすぐに分かる、巨大な罠が上下左右にぐるりと敷き詰められていた。


「鉄格子が閉じてる……やっぱりまだ試練はクリアじゃないってことか。……この罠が、最後の試練なんだろうな」


 かなりうんざりした気分でそれを眺めるみんなの前で、ティムだけがテンションMAXだ。


「すごい、こんな大掛かりな罠見たことない! ああやばい、鼻血出る!」


「別に鼻血出してていいけど、これって解除できるのか? さすがのティムもこれを掘り出して持って帰るのは無理だろう」


「そうだねえ、残念ながら……。とりあえず掛かってる術式と装置を調べるよ。ちょっと待ってて」


 罠は地面いっぱいに張り巡らされた鉄の圧力板と、壁と天井を埋め尽くす射出口と噴霧器でできている。

 ティムはその罠の横を少し掘って、使われている装置の種類を確認した。


「ふおおお! これ、レーザー光線放射口だ! ターロイ、その辺の石を罠に投げてみて!」


「石って……こうか?」


 言われた通りにこぶし大くらいの石を罠に投げる。と、圧力板に落ちた途端に四方八方から光線が降り注ぎ、それをどろどろに溶かした上で蒸発させた。全く、塵も残さない。


「か、かっこいい……!」


 我々はその様に青ざめたが、ティムは頬を染めて感激している。


「ああ、持ち帰って構造を調べたいけど無理なんだよなあ~。どれどれ、動力は……この配線を切って……」


「……どうにかなりそうか?」


 イリウがちょっと引き気味に声を掛けると、彼は小さく唸った。


「ん~、レーザーの罠は今切ったんだけど……これ、連動罠っぽいね。一つ解除すると次の罠が起動するタイプだ」


「今は別の罠になったってことか。じゃあ今度は噴霧系?」


「そうだと思う。ただ、もう一個はこっち側からじゃ解除できないな。噴霧器の動力は罠の向こう側にあるみたい。ターロイ、この罠の背面に部分破壊で穴空けられないかな。そうすれば向こう側に行けるんだけど」


「無理だ。このガイナードの試練の遺跡関係は魔法の檻が解けるまで範囲内の地形をいじることはできない。破壊点も見えないし」


 破壊で穴を空けて脱出できるならどれだけ楽だろう。しかしこれも込みでの試練なのだから仕方がない。


「何の薬剤が噴霧されるかは分からないのか?」


「そうだねえ、こっちからじゃあ……。一度罠に引っかかってみないと」


「……うふふ、それは無謀だわ。おそらくここに仕掛けられているのは即死系の猛毒。普通の人間が浴びたら、皮膚と呼吸器を毒に焼かれて三十秒で死ねるわよ」


 罠の前で考え込んでいると、後ろにいたルアーナが前に出てきた。


「即死系の猛毒……。ルアーナ、この罠のこと何か知っているのか?」


「この罠を知っているというわけじゃないけど。私があなたたちに同行『させられた』理由が多分これだからよ」


「同行『させられた』?」


 グランルークの情報が欲しいからという取引は方便で、最初からついてくる予定だった?

 同行させられたって、誰に?


「ここの試練を作った男……そいつが、あなたたちと協力しないとアルディアから脱出できないようにしていたの。……うふ、まあおかげでいいこともあったけど」


 グランルークの情報はもう手に入れているからなのか、この同行が義務であったことを隠そうともしない。

 しかし、アルディアからの脱出という目的が一緒なら、それは些末事か。


「この毒の罠が、ルアーナの同行させられた理由って、どういうことだ?」


「この罠は私にしか通過できないということよ。……この罠の毒の成分は、私の血液からできているの」


 そう言ってルアーナはにこりと笑った。


「……毒の成分がルアーナの血液から……?」


「うふ、私は体内で様々な毒を合成できる特異体質なのよ。私の血は大戦でさまざまな兵器に利用されたわ。当然、罠にも。そして一方で、どんな状態異常毒にも罹らない身体なの」


「特異体質って……初めて聞くぞ、そんなの」


「それはそうよ。私しかいないし、大戦時はトップシークレットだったのよ? うふ、おかげでグランルーク様にも会えたの……。ああ、早く再会したいわ。こんなところで留まっている暇はないのよ。あなたたち、後ろに下がってらっしゃい」


 ルアーナはみんなに下がるように指示をすると、圧力板に軽やかに踏み込んだ。

 途端に毒々しい色の霧が彼女に降りかかる。

 しかしそんなことを全く気にしない様子で、彼女は罠の奥に進んでいった。


「あら、動力停止装置は私の指紋認証なのね。……ほんと、あいつったら嫌な男」


 ルアーナが独りごちながら操作をすると、徐々に噴霧されていた毒が消えていった。


「ターロイ、ちょっとこっちに来てちょうだい」


「俺?」


「あなたのデータも入力しないとそこの扉が解除できないの」


 確かに噴霧は止んだ様子なのに、鉄格子が開く気配がない。

 まあここはガイナードの試練なのだから、解除にターロイの認証が必要なのは当然か。


 しかし俺が、今まで毒霧が舞っていたところにひょいひょい行って大丈夫なのだろうか。


 念のためすぐに使えるようにとティムからもらっていた解毒薬のカプセルを口に含んでから、ターロイはルアーナのところへ向かった。


「ここに、ターロイの血を垂らして。再生師の力を持つ者のデータを読み込ませるわ」


 彼女の隣に立つと、水晶板のようなところに血を落とすように指示される。

 そう言えば、アカツキの祠のタブレットゴーレムを起動する際も認証のために血を使ったっけ。


 グレイから分けてもらった自身の血のカプセルはいつも数個持ち歩いている。それを取り出すとターロイは水晶板の上でそれを潰した。


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