逆転
みんなにはスライムの攻撃を避けることに専念するように指示をして、ディクトはターロイを連れて再び魔力の流れを変換する装置のところに戻った。未だ黄色いランプが点いている。
「ターロイの魔道具再生の能力で、この装置を起動前に戻してくれ」
「この装置を?」
ターロイはディクトの言葉に首を捻る。
これは天井に溜まっていた魔力をスライムの核に注ぎ込むためだけの装置だ。あれに魔力が戻ってしまった今、この装置に何の意味もない気がするのだが。
「いいから、急いでやってくれ。このスイッチを押す直前の状態まで戻せばいいから」
促されて、半信半疑のまま装置に手をかざす。
ターロイは壊れている魔道具の再生しかできないが、上手い具合に、と言うか何というか、先程のスライムの欠損再生の術式に巻き込まれて、一部が溶け落ちて壊れていた。
欠損再生は周囲の物質を変化させて、それを利用して欠損部分を補うことが前提のため、魔法鉱石製でありながら溶かされたのだろう。
ターロイの今の能力では溶け落ちてしまったものを直すことはできないけれど、装置としての働きには影響はない。そこを取っ掛かりにすると、装置の状態を巻き戻していった。
黄色いランプが、消える。
「戻したぞ。これでどうするんだ?」
「天井であの蜘蛛スライムの魔力を吸い取る」
そう言われて、さっきまで格子戸の天井が魔法障壁の魔力を吸い取っていたことを思い出した。
そうか、さっき装置によって魔力の放出に転じていた機関を、これで再び吸引に戻したのだ。
つまりディクトは、この天井にスライムを接触させようと考えているわけか。
「スライムの魔力を吸い取ることで身体を維持できないようにするのか。しかし、どうやってあの重い巨体を天井にぶつける? ……そうだ、蜘蛛だから身体の下に潜り込んで、ロベルトと二人で弾き上げるか。あの形態変化はそのためのものだったのかな?」
ガイナードの試練の制作者は腹が立つほど嫌な罠を畳みかけるが、いつも少しだけ甘い。あのスライムの形態変化に意味があるのなら、そういう可能性もある。
そのターロイの呟きに、ディクトは小さく頷いた。
「あの形態変化にはもちろん意味がある。そして、おたくの言う通り、俺たちを少しだけ助ける意図があると思う。……ただ、ターロイが考えるより、もうちょっと捻ってるぞ」
そう言って今度は蜘蛛スライムのところに行く。
フロアではロベルトが前面に出て脚による攻撃をいなして、他のみんなは飛んでくる酸をかわしていた。
「一度核に攻撃をしてみたが、やはり衝撃を吸収されてしまう! このままじゃジリ貧だぞ、どうするんだ!?」
ロベルトが防戦一方で訊ねてくる。確かに一人でしか凌げないのは苦しい。
そこに急いでターロイも加勢に行こうとすると、何故かディクトに止められた。
「みんな、下がって! ロベルト、次に蜘蛛が一旦脚を引いたら、お前もこっちに飛び退いてこい!」
そうみんなに指示を出したディクトが、ターロイを見る。
「ロベルトが退避してきたら、地面に穴を開けてスライムを落としてくれ。そしてスライムが落ちたのを確認したら、すぐに穴を塞いで」
「地面に穴を……って、もしかして、スライムを空間のゆがみに落とすのか!?」
この地面の下にはさっき我々をずっとループさせていた空間のゆがみがあるはずだった。そして上を見ると、格子戸の天井。
天井だってさっきまではずっと上にあったけれど、今は低いところまで下りてきている。
ゆがみからの転送地点は、この格子戸よりも上だ。
つまり、今空間のゆがみに落ちると、この上空に転送され、天井に着地する。
格子戸に落ちたスライムは、そのまま魔力を吸い取られるだろう。
本当に、リソースフル活用したような解法に、ターロイは心底感心した。
グレイに脳みそを絞って考えろと言われたが、自分一人だったらここまで考え抜くのにはどれだけ掛かるか、想像するだけでうんざりする。
拠点に帰ったら少しディクトに思考法の指南を頼んだほうがいいかもしれない。
ロベルトがディクトの指示に従って飛び退いたのを見計らって、ターロイはハンマーを振り上げた。
「砕破!」
地面を打ち付けると蜘蛛スライムの真下に破壊点に沿って丸く穴が開く。その重い巨体は、思惑通りに穴へと落ちた。
「ターロイ、すぐに穴を塞いで!」
言われた通り、即座に地面を再生する。おかげで上空に転送されてきた大量の土塊が、降ってくる前に元の地面の位置に戻ってきた。
そして直後に転送されてきたのが、スライムだ。
やはり格子戸の上に現れた身体は、そのまま落下して天井を軋ませた。
「よし、やった!」
蜘蛛の脚が格子にはまり、身動きがとれなくなっている。その身体は見る見る魔力を失い、形態を維持できなくなっていった。
「あーなるほど、この手があったかあ!」
それを見たティムが、すぐに経緯を理解して感嘆の声を上げる。
「うふ、ターロイがこの試練をクリアすることは分かっていたけど、この人の貢献が大きいのね……『食べる』ならこっちかしら」
みんなの後ろで、気付かれぬようルアーナが小さく独りごちた。
そうしているうちにスライムは、格子の隙間からだらしなく身体を垂らすほどに弛緩した。
それでも核から自然に分離することはない。直接格子戸に触れていない核が未だに魔力を保持し、最低限の形態を保とうとしているからだ。
「あのゾルがあるうちは、核に近付けないな……」
自分たちも格子戸の上に行くには、空間のゆがみから転移するしかない。しかし、転移した先はあのゾルの真上。落ちた瞬間、足から強酸に焼かれてしまう。
流動体からも核からも、魔力がなくなるまで待つしかないか。
そう考えたターロイの向こうで、ディクトがロベルトにまた何か指示を出していた。それを終えるとこちらにやってきて、スライムの真下の地面を指差す。
「ターロイ、ここに俺たちが一人入れるくらいの穴開けてくれ」
そしてターロイにも指示を出した。
「空間のゆがみに飛び込むのか? まだゾルがあって危ないだろ」
「大丈夫だ、ロベルトに先頭を行かせる。エアバーストで強制的にゾル部分だけ格子から下に落とす。同時に核も割らせるから、ターロイは二番目に行ってガイナードの欠片を回収してくれ」
最初からディクトは欠片の回収の段階まで考えていたらしい。
さっきのスライムが落ちてから天井に落下してくるまでの時間を計った上で、ロベルトのエアバースト発動までに全員が退避できるかも確認していた。




