スライムの変化
スライムの核の中に見付けた石。それは外気に触れた途端に赤く発光した。
「え、これって、ターロイが言ってたガイナードの欠片じゃないのか……!?」
ロベルトが気付き、ターロイもすぐにそれを確認する。
「本当だ! こんなとこにあったのか!」
驚きつつも急いで手を伸ばしたが、触れる直前に欠片の再生能力が発動してしまった。
即座に割られた核が再結合し、欠片を隠してしまう。
その上、さっき焼き払ったはずのゾルがその周囲を覆うように復活した。
ずるり、と機関のくぼみから這い出てくる。
その流動体がたちまち周囲を焦がしたのを見て、ターロイは飛び退きながら声を上げた。
「欠損再生だ! まずい、下がれ!」
すぐ近くにいたロベルトに向かってスライムから強酸が吐き出される。彼が間一髪それをかわすと、飛んだ酸によってジュッという音と共に地面が黒く溶けた。
「……これ、さっきより酸が強くなってるよな。動きも何か速くないか」
「核に刻まれた術式のせいで様々な能力が増幅されているんだ。身体形態維持力も上がるから、今までのようにのらりくらりとした動きじゃなくなるぞ」
イリウの呟きに答えると、少し後ろでディクトも疑問を投げかけてきた。
「……こいつ、魔力の補充は終わってたのに、何で核が割られるまで欠損再生して来なかったんだ? それができたなら俺たちの意識がさっきの映像に行ってる間にゾルを復活させて攻撃してくるもんだろ、普通」
「いや、ガイナードの欠片は、俺が持ってるガイナードの核本体と交信しないと能力を発動できない。おそらく魔法金属に覆われている間はその交信が遮断されていたんだろう」
「なるほど、だから割れて交信できた途端に欠損再生をしてきたわけか……。てことは、再び核の中に戻った今は、また交信は遮断されてるんだな?」
「そうなるな」
頷いたターロイの横から、ティムが入ってきた。
「この罠もまたループってことか。スライムを何とかして、ようやく核を壊したら欠損再生が発動して元通り、振り出しに戻る……エンドレスだねえ」
「欠損再生する前に欠片を回収できれば大丈夫だ。再生の能力を発動するには情報を読み込む僅かなタイムラグがあるが、回収はとりあえず欠片に触れることができれば始まるからな」
「でもそれってロベルトが核を壊してから本当にすぐに行かないとだよね。いっそターロイがロベルトの剣を借りて一気に行けば?」
「ロベルトの持ってるような両手剣だと、振り抜いた時の隙が大きくて次の動作が一拍遅れるから逆に非効率なんだよ」
何より、剣は扱い慣れない。ハンマーとは空気抵抗や打突に必要な力の入れ具合が全く違うのだ。グレイから少しは指南を受けているが、自分よりロベルトの方が何倍も剣の扱いが上手いのだから、任せるに越したことはない。
「おい、核を壊す話の前に、この強酸を何とかしないとだろ。このスライム、向こうのデカい流動体と融合しちまうぞ!」
こちらに向かって酸を吐いていたスライムが滑るように移動を始めて、イリウが慌てて下がる。移動を阻む手立てがないのだ。
進行方向にいたルアーナも当然あっさり道を譲っていた。
これはもう仕方がない。ここで打てる手はいくらもないのだ。
「それでいい、この状態では二体の敵がいるよりいっそ一体になってもらった方が対応しやすい。とりあえずあのゾル部分をどうにかする術を考えよう」
本来は焼き払いたいところだが、そうできるだけの火力がないのはもう分かっている。火薬の爆発が使えないことも分かっている。
だとするとやはりゾルを滅するのは諦めて、一体になったところで再び核と分離するしかないか。
「ディクト、知恵を貸してくれ。スライムが一体になったら、また核をゾルから引っ剥がしたい」
ターロイの呼び掛けにディクトが頷く。
「そうだな、今なら核に閉じ込められた再生の力も発動されないし、ゾルさえ分離できればどうにかなりそうだ。……でも核を弾き出そうにも、さっきの流動体がゆるゆるだった時と比べて、かなり形態維持力が強いぞ」
彼はスライムを眺めて眉を顰めた。
確かに、ゾル部分が妙に強い弾力を持っている。
「それが問題なんだ。おそらく核への直接的な攻撃は衝撃を吸収されてしまって届かない。それを承知の上で、スライムを分離させる手立てが欲しい」
「つまりは攻撃以外の方法を考えろってことか……」
「攻撃しないでどうやってあいつから核を取り出すというんだ。無茶を言うな。もう融合してしまうというのに」
前方にいるロベルトが剣を構え、こちらに背を向けたままディクトへの難題に抗議する。
同時に彼の前で、とうとうスライムが合体してしまった。
途端に核が身体の中央に運ばれ、まるでプログラミングされていたようにゾル部分が形態を変える。
何だ、これは。
地面をじりじりと溶かしていた下部が浮き上がり、八本の脚がスライムの身体を支えた。
「形が、変化した……?」
「……これは、蜘蛛か?」
それを見たイリウとロベルトが目を瞬く。
流動体から成るスライムにはそぐわない形態だ。腹の部分に核を守り、その周囲を八本の鋭い先端を持つ脚が囲んでいた。
あの脚に貫かれたら、きっと身体の中から酸に溶かされて即死してしまうだろう。
巨大な蜘蛛の姿になったスライムに皆が呆然としていた。
しかし。
「……そうか! そういうことか!」
何故かディクトだけはその姿に得心が入った様子で声を上げると、天井を見、地面を見、それからターロイを見た。
「ターロイ、おたくの能力で一気にこの罠を解くぞ! まずはこっちだ!」
ディクトが手招きする。
こっち、と呼ばれた場所は、蜘蛛とは真反対の後方だった。




