現状把握
「そもそも完全な暗闇を作っている理由を考えよう。これは視覚による相対的な自分の状況を把握できないようにさせるためだ。逆に考えれば、周りが見えて自分の状況が分かると、罠が意味をなさないということだ」
「あー、確かにね。もし本当にすごい勢いで落ちてるなら、逆に周囲を見せる方が効果的だもん。見せてないってことは、そういうことか」
ディクトの分析にティムがさらに持論を重ねる。
「そしたら、この下から来る風圧もマユツバものじゃない? さっきから会話しててほぼ全部聞き取れるってことは、おそらくループの始点から空間のねじれまでの高さはホントに短い。大した風圧を受ける距離でもないんだよ。……もしかすると、下から風を吹き込ませることで、感覚的に落下してると勘違いさせてるのかも」
「そうだな。短い高さでは落下による空気抵抗だけではそんなに差は出ないだろうが、吹き上げる風があるなら俺の方が浮力がつく。ここが高所だということも鑑みれば、どこかからある程度の強風を引き込んでいる可能性はある」
二人の話から、落下速度も罠によって誤認させられているらしいことが分かってきた。
だとすると、何かと試してみる価値はある。
まずターロイは手足を横に伸ばしてみた。
……うーん、何にも触れないな。
「なあ、みんな。ちょっと手足伸ばして、壁に当たるか試してみてくれ。届くなら大した落下速度じゃなければ、問題なく触れるはずだ」
言いつつ壁があると思われる方に向かって、身体を傾けて手を伸ばしてみた。空気抵抗を利用すれば、空中とはいえ少し移動できる。
この狭いと思われる罠の中、上も下もたどり着けないのだから、壁に何かヒントがあるに違いないのだ。この実は緩い落下速度も、壁に取り付くための布石だろう。
「……全然触れないな」
しかし、いくら身体を傾けても、ターロイが壁際にたどり着くことはなかった。みんなも同じようだ。
「壁どころか、他の誰かともぶつかんないよね。俺、これもさっきからおかしいと思ってたんだ。みんなの間で常に一定の距離が保たれてるってことかな?」
「一定の距離が保たれてると言うよりは、みんなの位置が最初から変わってないんだと思うぞ。こうして話をしてて、それぞれの声のする方角が全然変わらないし」
ティムの疑問にイリウが答える。
確かに、上か下かの僅かな差はあれど、声のする方向がさっきから変わらない。随分移動したつもりだったターロイだが、みんなの声は変わらぬ方向から聞こえた。
「……これは罠というよりは空間のねじれの仕様かもしれないな。ワープをした時点で、落下速度だけじゃなく位置情報もリセットされてるっぽい」
毎回初期位置に戻されてしまうなら、頑張って壁際に行こうとしても難しい。別の手を考える必要がある。
「まずは正確な位置関係を知りたいな。明かりが欲しいが、火矢やたいまつはこの風圧で消えちゃうし……。あ、ルアーナのあの剣を召喚する時、紋章と方陣光ってたよな?」
「あの光を当てにしても無駄よ。私の紋章も方陣も、周りを照らす光じゃないの。まあ、私の位置くらいは分かるでしょうけど。……ただ、あの剣を一度呼び出すと、それなりの成果を上げないと帰ってくれないの。うふ、その覚悟があるなら」
「あ、いや、結構です」
軽く訊いたら何だか恐ろしげなことを言われた。却下だ。
「ティム、何か持ってる罠で使えそうなのないか?」
「明かりになりそうなのは火薬弾ぐらいかなあ。でもここでぶっ放すとみんな丸焦げかも」
それも困る。ここが狭い空間だとすると、みんなのいる部屋で爆弾が破裂するようなものだ。ダメージがでかすぎる。
どうしたものかと再び考え始めると、ルアーナが声を掛けてきた。
「位置関係を知りたいだけなら、あなたの能力が使えるでしょう? ガイナードの力で、この暗闇でも破壊点が見えるはず。それでみんなの場所を確認できるわ」
確かに、彼女の言う通りだ。しかし、ターロイは眉を顰めた。
もちろん、それが一番手っ取り早い。けれど。
「……悪いが、俺は仲間の破壊点を見ないことにしているんだ」
これはターロイの信条だった。
それを見る時は、その仲間と決別した時。それ以外で仲間の破壊の仕方を知るつもりはないのだ。
「あら……うふふ、思ったより甘ちゃんなのね」
「何とでも言ってくれ」
ちなみに、この罠自体の破壊点を探っても無駄だ。
ガイナードの能力を持つ者をはめるための罠、当然魔法障壁が掛かっている。破壊点なんてまるで見えない。
ここからさらなる知恵を絞る必要があるだろう。




