ルアーナの剣
そこからの通路は何の整備もされていないただの穴だった。
ごつごつした岩肌はそのまま、燭台などもないから真っ暗だ。ターロイたちはたいまつを一本だけ点けて、壁伝いに進んでいく。
最初に入ったルアーナは、この暗さの中だというのに、気にせず一人で先に行ってしまっていた。おかげで狭い通路内に彼女の残り香が充満している。
ターロイは口呼吸をしつつ、自身の手の甲にたいまつから出た煤で×マークを書いた。ティムが言っていた、ルアーナへの疑念を思い起こすためのフックだ。
今はまだおとなしい彼女だけれど、油断はできない。
「もう、みんな、遅いわよ」
少し進むとルアーナが穴の突き当たりで我々を待っていた。どうやら行き止まりみたいだ。
途中で分岐もなかったし、道は間違えていないはず。彼女の反応を見ても、特に迷った様子でもない。
「行き止まりじゃないか。ここからどうするんだ?」
ロベルトがルアーナに訊ねると、彼女は後ろの壁面をコツコツと叩いた。それは岩盤を叩いた音とは違う、向こう側に空洞のある音だった。
「またターロイの出番。ここを破るのよ。私も入ったことはないけれど……うふ、『あの人』の話が本当なら、彼らがいるはずだわ」
「彼ら?」
「会ってのお楽しみよ。さあ、ターロイ。ここに穴を開けて」
「あ、ああ」
あまりいい予感はしないが、どちらにしても封印を解くには進むしかないんだろう。
ターロイは壁際に行くと、ハンマーを構えて壁の破壊点を打ち付けた。
「切破」
唱えて壁にきれいな半円の切れ目を入れる。少し力を入れながら前に押せば、それは向こう側に倒れ、堆積していた砂埃を巻き上げた。
一歩、壁向こうの空間に足を踏み入れて、念のためにたいまつを消す。
穴の奥はやはり宮殿の地下に繋がっていた。大きく薄暗い石造りの部屋だ。
そこに、大きな古い棺がいくつも並んでいる。ターロイはそれを目に留めた瞬間、息を飲んだ。
天人族を入れるにはあまりに大きい棺。木製の簡素なそれが、さっきモネで確認してきた、守護者が収まる棺にあまりにも酷似していたからだ。
……まさか、この中に守護者が?
そう考えて一瞬怯んだけれど、もしそうだとしても、ここにサーヴァレットはない。奴らが動き出すことは無い、はずだ。
「あの棺、守護者が入っていたものと似ているな……」
「おい、あんまり怖いこと言うなよ……」
ターロイと同じように棺に反応したロベルトとイリウが周囲を警戒する。その後ろでディクトが広間を見回した。
「……嫌なとこだなあ。こういうだだっ広いだけの部屋は、戦略も立てづらいんだよな。敵がいないといいけど」
「仕掛け罠の形跡はこの近くにはないね。もっと奥に進めばあるかな?」
「うふふ、奥に進む前に、することがあるわ」
ティムと一緒に前に出てきたルアーナが、そのまま一番手前の棺まで歩いて行く。
すると、その棺が中からカタカタと震え出した。
「……ルアーナ!?」
「あらあら、私が来たのが分かるのね。うふ、ここには誰が入っているのかしら?」
驚いて声を掛けたターロイを気にも留めずに、ルアーナが楽しそうに微笑む。
そしてその棺に腰掛けると、こちらに向かって脚を組んで、スリットから腿を覗かせた。男たちの視線はどうしたってそこへ向かう。
しかしターロイは慌てて視線を手の甲の×印に向けた。
これは邪香油によって魅了されている者への視覚的な効果補強だ。口呼吸をしていると言っても、鼻を塞いでいるわけでもないから、ターロイだっていくらか影響を受けている。ここで重ねがけをされてはたまらない。
「……ルアーナ、その棺に入っている奴を知っているのか?」
彼女を直視しないように気を付けながら、さっきの言葉への疑問をぶつける。するとルアーナは部屋を見回し、妖艶に笑った。
「そうねえ、おそらくここの棺に入っている人、私の知り合いばかりだと思うわ。ふふ、昔のボーイフレンドみたいなものかしら」
「ボーイフレンドって……」
こうして見るだけでも棺は二十以上ある。本気なのかただの軽口なのか。どちらにしろ、彼女がそのボーイフレンドとやらに特段の思い入れも無いことは分かる。
ルアーナはそこにいる者を懐かしむ様子も、誰なのか探る様子も見せなかった。
「……ところで、あなたたちにお願いがあるのだけれど」
そんな彼女が、少し甘えた声を出す。
「これから私、この人たちを全部永遠に眠らせてあげなければいけないの。これは私にしかできない仕事なんだけど……あなたたちには、迫ってくる彼らの体勢を崩して欲しいの」
永遠に眠らせる、つまりは殺すということか。だとすると、棺の中は守護者……不死者ではないということか?
色々不可解ではあるが、魅了されている他の面々はそれを気にする様子はなかった。
「よく分からないが、そのくらいなら引き受けよう」
「そうだな、仲間の頼みだし」
ロベルトとイリウが頼もしい感じで請け合うが、あの太腿にやられているからだと思うとちょっと微妙な気持ちになる。
何故彼女のボーイフレンドが天人族の宮殿の地下にこんなにたくさんいるのか、そして何故彼らを殺す必要があるのか、怪しいことはいっぱいあるというのに。
「……これって、ガイナードの封印とは全く関係ないのか?」
一応それだけ確認すると、ルアーナは軽く頷いた。
「ガイナードは後で。これはウォーミングアップ代わりだと思って欲しいわ。障害物を片付けることにもなるし」
うわ、ボーイフレンドを障害物扱いしおった。
やはりルアーナは彼らに思い入れがないのだ。つまり彼らを殺すことに、彼女の感情は挟まっていないということ。別の理由があるということだ。
それは気になるが、今は目の前のことが最優先。
ルアーナが棺から立ち上がったのを見て、気を引き締めた。
「……じゃあ、そろそろいいかしら。みんな、武器を構えていてね。うふ、彼らはやんちゃだから、気を付けて」
そう言ってこちらに背を向けたルアーナが、左手を高く掲げる。
その腕に刻まれている文様が、彼女が魂言を呟いたことによって、赤く怪しく光った。
「な、何だ……!?」
驚くディクトたちの前で、ルアーナの腕の周りの中空に、魂方陣が展開される。これはとても珍しい、魔道具召喚の術式だった。
方陣の中の空間が裂ける。その瞬間、そこを中心に周囲が異様な気配で満たされた。説明するのが難しいが、決して良い印象のものではない。
ルアーナはそこに左手を差し入れて、黒い何かを引っ張り出した。
剣だ。
禍々しい真っ黒い柄と刀身、その刃の先の方に、赤い石が埋まっている。
どこかサーヴァレットを思わせる剣だった。
何だ、この剣は。
そうルアーナに訊ねたかったけれど。
彼女がそれを手にした途端に近くの棺がガタガタと大きく揺れて、蓋をはねのけた何者かが姿を現したために、それどころではなくなった。
「守護者……!」
まさか、という思いと、やっぱり、という思いがあるが、それより何より勘弁してくれという思いが勝る。
だって一つだけではない、二つ、三つと棺が開いていく。
サーヴァレットが近付いたせいで動き出したモネの守護者と同じように、こいつらもルアーナの剣に反応しているのだろうか。
「おい、モネで一人だけでも手こずったのに、団体さんって!」
「不死者じゃないか……! ルアーナ、本当にこいつらを殺せるのか!?」
すでに一度守護者を相手にした経験のある二人が慌てている。
しかし、それにルアーナは微笑んで返すと、一番近くにいた守護者の顎を鋭く蹴り上げて仰け反らせ、その心臓を一突きにした。
「グオアアアアア!」
咆哮だけを残して、不死だったはずの守護者の身体がさらさらと灰になって流れ、地面に小さな山を作る。
不死の者が死んだのだ。
そのあまりの簡単さに、ターロイたちは呆気に取られた。
「うふ、呆けている場合ではなくてよ。今のように胸を晒す、頭部を晒す、首筋を晒す、どれかの体勢に持ち込んで。……うふふ、これだけの数処理できれば、随分軽くなるわ」
ルアーナはそう独りごちると、真っ黒い剣を次の獲物に向かって構えた。




