拠点への帰還
ミシガルの街でユニの服と、ついでにロベルトの日用品を揃える。
その最中、ユニとスバルは楽しそうに店を回っていたが、反してロベルトはむっつりと口を閉ざしたままだった。
「……ロベルト、お前何でミシガルに着いてからそんなに不機嫌そうなの?」
昔忍び込んできて、ウェルラントに撤退させられたことを気にしてるんだろうか。でも顔を合わせて文句を言われたわけでもないし、そもそも彼がそんなことを気にする男だとは思えない。
不思議に思って訊ねると、ロベルトは眉根をきつく寄せた。
「……不機嫌なわけじゃない。緊張しているだけだ」
「緊張?」
戦いも終わり、後は拠点に帰るだけだというのに、何に緊張するんだ。
首を傾げたターロイに、ロベルトの目が少し泳いだ。
「……その、お前の拠点にはディクトがいるんだろう?」
「もちろん。あいつには拠点を守らせてるからな。……って、え? もしかして、あんたディクトに会うのに緊張してんの? 第二小隊では隊長だったろうけど、教団での立場はロベルトの方が全然上だろ?」
「環境による立場など人間の本質には何の関係もない。ディクトは俺の尊崇する相手なのだ。……過去、俺は守るべき彼の身を危険に晒してしまった。その罪を赦してもらえなかったらと考えるだけで今から血を吐きそうだ」
……インザークでのグレイとのやりとりで相当ディクトに傾倒しているとは感じていたけれど、思ったより大分重いな、こいつ。
「心配しなくても、ディクトは怒ってないよ。あんたのこと仲間に引き入れてやりたいって言ってたし。昔何かあったみたいだけど、それもあんたのせいじゃないって言ってたし」
「ほ、本当か!?」
途端に彼の肩の力が抜けて、眉間のしわが取れる。余程気になっていたのだろう、心底の安堵が見えた。
以前ハヤテがロベルトはディクトに対してわがままで無礼と言っていたが、この様子を見る限りはとても信じられない。
「ディクトにはロベルトを助けたことをまだ言ってないから、きっと帰ったらびっくりするぞ。あんたも、久しぶりに会ったらディクトがおっさんになっててびっくりするんじゃないか」
「問題ない。ディクトがディクトであれば、それが至高だ」
至高って。
思わず内心で突っ込んだが、辛うじて声に出すのは堪えた。言ったらくどくどと説明されそうだからだ。全く、どんだけ崇拝してんだよ。
端から見たら、拠点のマスコットキャラになりたがっているようなただの気のいいおっさんなんだけどな……。
「ミシガルからは転移方陣で拠点に戻る。……まあ、今から心の準備をしておけよ」
そうしてミシガルで買い物を終えた後、ターロイたちは方陣を使って拠点に戻ってきた。
「ここは……」
ロベルトが転移方陣のあった建物の裏手から表に回って拠点の全容を見る。そこで驚いたように目を瞠った。
「王国軍の防衛拠点だった砦じゃないか。ここは有事の際の第一の要衝……。王宮はこの砦を放棄したのか?」
「放棄というのはちょっと違う。ロベルトは知らないだろうけど、ここは以前教団に破壊されたんだ。それを俺たちが直して拠点として復活させた」
「教団が破壊……もしかして、他の砦もか?」
「ああ。この砦以外は廃墟になってる」
「それはまずいな……。でも、この砦があるならまだ大丈夫か……」
ロベルトが独り言のように呟いて、何事かを考え込む。
まさか彼も『あのこと』を知っているのか……? 教皇の孫ならありえる。ターロイは思案するロベルトの様子をうかがった。
「あ、ボス! お帰りなさい!」
そうしていると、不意に客室棟から出てきた男に声を掛けられた。イアンだ。彼はすぐに近くに寄ってきた。
「ただいま。俺がいない間、宿駅業務の方はどうだった?」
「順調ですよ。王都とミシガルの騎士団の行き来は増える一方ですからね。ただ、仲間に給与を出すにはまだ収入が足りないです。やはり別の収入源も必要かと」
「そのへんは追々考える。助言をもらえそうな相手も見付けたしな。……ところで、ディクトは今どこにいる?」
「修練場ですね。実は今ウェルラント様の依頼で、騎士団の新人に剣の稽古をつけてるんです。これがなかなかいい臨時収入になるんですよ」
「新人の育成か」
ディクトの育成能力に目を付けて自分から依頼をかけてくるとは、さすがウェルラント。費用対効果を分かっている。
宿泊時の付帯サービスにしろなどと言わないところがしっかりしている。
無料での育成は教える方も教わる方もどこか気が入らない。
逆に、少し高めの依頼金額を設定することで、双方が期待を掛けられていることを自覚し、習熟度が上がるのはよくあること。
そしてその成長が、払った金額以上の効果を出すのだ。
もちろん無料だろうが有料だろうが結果を出せない奴はいるが、それは最初から向いていないわけで、ディクトはさらにそこから相手を導き、適材適所に当てはめるのが上手い。
結果、ディクトに託すと必然的に使える人間に育て上げられるのだ。
その有用性を考えれば、育成に払う金はウェルラントにとっては安いものなんだろう。
「そうなると、移動のための宿泊じゃなく、長期滞在する奴も出てくるんじゃないのか?」
「そうですね。宿泊費と育成費で一度に大きい金額が入ってくるのでありがたいです」
「だったら、長期滞在の人間は大部屋と同じ価格でいいから個室に入れてやれ。こっちとしてもメリットがあるなら少しくらいサービスしてもいいだろう」
「了解です。それは彼らも喜ぶと思います」
イアンが笑顔で頷いたところで、横からロベルトが訊ねてきた。
「……ディクトはまた教官をやっているのか」
「ん? まあ、そんな感じだな。……そうだ、先に紹介しとくか。イアン、新しく拠点に入るロベルトだ。ここのこと色々教えてやってくれ」
「ディクトさんのお知り合いですか? 俺はイアンです。よろしく。分からないことがあったら訊いて下さい」
「……ロベルトだ。よろしく頼む」
イアンの挨拶に短く返したロベルトは、少しそわそわしているようだ。ディクトのことが気になるのだろうか。
「ところで、そちらの女の子も新しい仲間ですか?」
そんなロベルトをよそに、イアンは彼の後ろにいたスバルたちを見た。新しい仲間と言われたのはスバルの後ろに隠れていたユニだ。恥ずかしいのか、スバルの背中に張り付いている。
「ふふふ、イアン、よく見るのです。この可愛い女の子はユニですよ!」
しかし何だか誇らしげに言うスバルに、すぐに後ろから引っ張り出されてしまった。
「……ユニ?」
「は、はい」
イアンが目を丸くして、しばし絶句する。そして混乱したように独りごちた。
「あ、あれ? 女の子だった……? いや、確かに元々可愛い顔してたけど。俺の勘違い……?」
「……ええと、な。連れてきた時に男の子の服を着てたし、着替えも男物しかなかったから勘違いしても無理はないと思うぞ」
「あっ、なるほど、そうか、そうですね!」
横から最もらしい理由を付けると、混乱を収めたい彼はそのままターロイの言葉に乗っかった。
賢い選択だと思う。これは、そんなわけがないと突っ込んだところで何の身にもならない話だ。
「他にもユニが男の子だと誤解してる奴は多いと思う。悪いが、混乱する奴はフォローしてやってくれ」
「わ、わかりました」
「スバルもユニと一緒に拠点の中を回って、ユニの可愛さアピールをしてくるです。さ、ユニ! イアン! 行くですよ!」
スバルはどうやらユニの可愛い姿を見せびらかしたいらしい。
一人意気込むと、二人を連れて住居棟の中に入っていった。
「……ま、俺たちはとりあえずディクトのとこに行くか」
残されたターロイは肩を竦めてロベルトを見た。
すると、ロベルトがまた眉間にしわを寄せている。
「ディクトがまた教官をしているとは……面倒な」
「……面倒?」
不服そうに呟かれた言葉は、ターロイには意味が分からなかった。




