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サージ撃破

 階段を駆け下りると、イリウと鉢合わせをした。

 その顔の腫れはグレイの薬のおかげか、随分引いている。


 彼は背中に矢筒を担いで、手にはミスリル製の弓を持っていた。充魂武器ではないが、前時代のものだ。

 ミスリル銀は強くて軽く、その見た目の美しさからエルフ族がよく好んで使用していた。この弓もその類いだろう。


 ……それはそれとして。


「イリウ!? あんた、逃げたんじゃなかったのか? 来ないからてっきり……」


「いや、なんか良い物いっぱいあって目移りしちまって。ちょっと色々物色してたんだ。……ところで、あの司祭はどうした?」


「裏の地下墓地に逃げられた。今から後を追っていくところだ」


「だったら俺も行く。後衛からの援護も必要だろ? こう見えても俺、王国軍時代は弓兵としてそこそこ評価されてたんだぜ」


 確かに、遠距離攻撃があるとありがたい。安易に近付けないサーヴァレットが相手となるとその有用性は言うまでもない。

 それにミスリル銀も魔法金属の一種。魔道具相手にも一応のダメージが期待できる。


「わかった、一緒に来てくれ。ロベルトとは初対面だろうが、挨拶は後回しだ。行こう!」


 ターロイは二人を引き連れて、再び地下墓地を目指して走り出した。




「サ、サージ様、お許しくださ……ぎゃああああ!」


 地下墓地に入って聞こえてきたのは男たちの悲鳴だった。


 地下牢に駆けつけると、鉄格子はサーヴァレットにより切断されて、すでに侵入したサージが僧兵たちの魂を食らっていた。


「二人とも、少し避けててくれ。一発お見舞いするわ」


 言いざまに弓を引き絞るイリウに、前を行っていたターロイとロベルトが左右に道を空ける。すると、間髪入れずに弓矢が放たれた。


 矢は風を切りながらまっすぐに飛んでいく。

 そして今まさに僧兵に向かってサーヴァレットを振り下ろそうとしたサージの右肩に、深々と突き刺さった。


「ぐわあっ!?」


 その痛みと衝撃で、サージが剣を取り落とす。その隙に僧兵がサーヴァレットを拾って牢の奥へと逃げた。

 これはチャンスだ。


「き、きさまあああ! サーヴァレットを、返せええ!」


 完全にこちらに背を向けて、酷く狼狽えた様子で喚くサージと距離を詰める。


「イリウ、サージの足を狙ってくれ!」


「はいよ!」


 すぐに飛んできた矢がターロイとロベルトの横を通り過ぎ、正確にサージの足を射貫いた。間髪入れずに次の矢が逆の足も貫く。

 サーヴァレットを手にしていないと脅威でも何でもない。

 サージは僧兵のところにたどり着けずにひっくり返った。


「痛えよおおお! くっそおおおおおお!」


 倒れ込んでじたばたと暴れる男は、ターロイとロベルトが駆けつけると途端に怯えた様子を見せた。


「く、来るな……」


「サーヴァレットが手元になくなったら随分弱気じゃねえか。全く、これだけ手間掛けさせておいて。……まあ、とりあえず死ね」


 これで事が解決するわけではないが、今日のところはサージが死ねば大きな危機は去る。

 ターロイはこの戦いを終えるため、男の破壊点に目を向けた。サーヴァレットがないせいか、さっきよりはっきりと見える。


「……ターロイ、ちょっと待ってくれ」


 しかしターロイがハンマーを構えると、何故かロベルトがそれを止めた。


「どうかしたか? ロベルト」


「こいつに訊きたいことがあるのだ」


 彼はそう言うと、怯えたサージを見下ろした。


「……さっきも一度訊ねたが。死を前にしたこの瞬間、『金持ち』であることも『司祭』であることも何の意味も持たない。そして、『サーヴァレット』にも縋れない。今ここにいるのが『お前』だ。……では『お前』とは何者だ?」


「……俺が、何者か……?」


 サーヴァレットが手元を離れたせいか、サージの自我が少し顔を覗かせているようだ。ロベルトの問いに逡巡を見せる。


「……金も、肩書きも、サーヴァレットも無くなった今の俺は……何者でもない……空っぽだ……」


 どこか虚しさをにじませた返事が返ってきて、ロベルトは首を振った。


「お前には見えていないだけだ。そこは空っぽではない。……自分の中にそれを見付けるのだ。『お前』が何者なのかは、お前しか知ることができないのだから」


 言いつつサージの心臓の上に自身の剣の切っ先を置く。


「……次にお前が目を覚ました時に、俺の言葉が少しでもお前の中に残っているといいのだが」


 そう呟いたロベルトを、サージは暴れるのを忘れて見上げていた。

 そのまま心臓を貫かれたけれど、男は絶命の瞬間にすら一言も発しなかった。



 ロベルトが剣を鞘に収める。

 とりあえず、これで一段落か。後に残ったモネの問題はサイたちにどうにかしてもらおう。これ以上は我々の仕事じゃない。

 離れていたイリウもこちらにやってきた。


「お前が殺そうとしていたのに、横槍を入れてすまなかった」


 律儀に謝罪をするロベルトに、ターロイは苦笑した。


「何の問題もないさ。……それにしても、こんな男を諭してやるなんて、あんた随分優しいな」


「そうでもない。こういう自覚なく悪行を働いていた奴にそれを自覚させるというのは、かなりの責め苦になる。身体に傷を付けられるよりも余程酷い苦行なのだ。……だからこそ、こういう奴は自分から逃げる。敢えて逃がさず突きつける俺は、結構厳しいと思う」


「まあ、ある意味厳しいんだろうけど、俺はそれでも優しいと思うぞ」


「……この男は少し、昔の俺に似ているのだ。そのせいで小言を言いたくなるのかもしれない」


 少しだけバツが悪そうにそう言うと、ロベルトは話を変えた。


「ところで、あの男が持っているサーヴァレットはどうするんだ」


 さっきサーヴァレットを拾って逃げた僧兵をあごで指す。

 生き残っているのはこの男だけだ。他は全て剣の餌食になってしまった。


「とりあえずここからは回収していこう。おいあんた、その剣は危険だ。俺たちに預けろ」


「……この剣を、あんたらに?」


 僧兵は妙に挙動不審だ。きょろきょろと辺りを見回し、じりじりと移動している。


「この剣があれば、俺は恐れられ、大事にされて、もっと出世できる……何であんたらに渡さなくちゃいけないんだ。手に入れたのは俺だぞ?」


 何だか馬鹿なことを言い始めた。サーヴァレットはサージが自主的に手放さない限り、宿主が変わることはない。一時的に持ったところで意味は無いのだ。


「あいつ、モネの僧兵の中でも働きが悪くて落ちこぼれなんだ。あの剣があれば自分も上に行けると思ってんだろ」


 後ろからイリウがこそりと告げる。


「……サーヴァレットの力は劣等感を持つものを刺激するからな……。全く、面倒だ」


 ターロイがため息交じりに呟くと、隣でロベルトが男に語りかけた。


「おい、お前。その剣はお前のものにはならない。それにそんなものに頼ってした出世なんて、結局能力不足で仕事がこなせなくなって苦痛なだけだぞ。そんな奴の下で働く者にも迷惑だ。やめておけ」


 正論だが容赦ないな。

 しかし僧兵の男は気にしなかった。


「ふん、そのサージって男だって全然仕事ができないくせに司祭をやってるだろ。下で働く俺たちは確かに迷惑だったが、自分が上になればそんなのどうでもいい。この剣を手放させようったって、そうはいかねえぞ!」


 言うなり、男は駆け出した。

 どうせ日付が変わればサーヴァレットの元にはサージが召喚されて、剣は取り戻されこの男は殺されるだろう。本気で追いかける意味はあまりないのだけれど。


「サーヴァレットを抜き身のまま持ち歩かれてはたまらないな。せめて鞘には収めておいてもらわないと」


 サージの腰から鞘を抜いて、仕方なく男を追う。

 すると入り口の方に向かうと思った僧兵は、何故か地下墓地の奥へと入っていった。


「あいつはさっきターロイが住民たちを奥から逃がしたことを知っている。そこから街の外に出ようとしてるのだろう。街中に出ると、他の僧兵に奪われるかもしれないからな」


「そういうことか。もう穴は閉じてあるんだけどな。まあ、捕まえやすくていいか」


 そうして、男を追って墓地の奥の横穴に入ったところで。


「うぎゃあああああ! ば、化け物……!」


 男の悲鳴が響き渡った。

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