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サーヴァレットに支配された男

「まずいな。戦闘を長引かせるほどサージの力への渇望が強くなるみたいだ。早いこと一旦殺さないと、サーヴァレットへの依存と適合が進んでしまう」


 以前のサージはここまで自我を失うことはなかった。

 もはやこの男はサーヴァレットを所有しているのではなく、サーヴァレットに使役されている。


 平静時には辛うじて残るサージの人間性は、あとどれくらい保つのだろう。


「……この男、さっきに比べて動きが格段に読みづらくなっている。太刀筋が全く定まらない。……こっちから当てに行くしかないか」


「おおおおお!」


 ロベルトが言いざまに一歩踏み出すと、サージも躊躇なく剣を振り上げた。

 身を低くしたロベルトが、サージの身体ではなく振り下ろされるサーヴァレットを狙って、真っ向から斬り上げる。


 そのインパクトの瞬間、彼はさらに一歩踏み込んで充魂武器の力を解放した。


「エア・バースト!」


 途端に二人の間で空気爆発が起こり、すさまじい爆風が部屋の中を荒らし回る。家具や照明は壁天井にぶつかって大破し、逃げ場を求めた空気が部屋の全ての窓を割り抜いた。


 サージも勢いよく吹き飛ばされて、もんどり打って床に叩き付けられ、為すすべなく隅まで転がっていく。

 ターロイはどうにか踏ん張ったが、それでも風圧で部屋の端まで押しやられた。


 さすがにこれを間近でまともに食ったら、無事ではいられまい。

 しかしそれはロベルトも一緒だった。


「おい、ロベルト、大丈夫か!?」


 部屋の中央に立ってはいるが、爆発のダメージで体中に大小の傷ができている。とはいえ彼の表情は相変わらずで、ただ頬の傷から流れた血をぐっと拭っただけだった。


「平気だ。だが、エア・バーストは思いの外使えないな。本当はあいつの腕ごとサーヴァレットを吹き飛ばすつもりだったんだが、切り離せなかった」


「いや、結構な威力だったけど……。あれが直撃したんだ、サージは死んでないまでも、全身骨折くらいはしてると思うぞ」


「その手応えはなかった。……あの防御力の高さもサーヴァレットのせいかもしれないが」


 ロベルトがそう言ったタイミングで、呻いたサージがむくりと身体を起こした。その身体に当然傷はあるが、何故かロベルトより軽傷に見える。


「サーヴァレットが身体能力を上げるのは分かっていたが、もしかして適合が進むとその上昇割合も増えるのか……?」


「それもあるだろうが、俺が頭箍に支配されていた時と近いのだと思う。その身体が魔道具の一部となりつつあるんだ。魔道具は充魂武器でも容易く壊せるものではない。それが特殊な術式を施されたサーヴァレットなら尚更だ」


「……厄介だな、サージが魔道具の属性を持ちつつあるということか。でも確かに、あいつの破壊点が妙に見えづらくなってる」


 普通の人間に見える破壊点は頭、両腕、両足、胸、腹の七カ所だ。もっと細かい部分破壊もできるが、基本はこれで壊せる。


 しかし、今のサージに見える破壊点は頭、胸の二カ所のみ。サーヴァレットを構えるとちょうど隠れるような位置で、とても狙いづらかった。


「くそっ、足りない、力が、足りない……」


 視線の先で、そのサージがイライラと周囲を見回す。本当に、骨が折れていたりする様子はない。


 何をする気かと見ていると、サージはおもむろにサーヴァレットを振り上げ、近くにあった僧兵の死体を突き刺した。

 それはすぐに光の粒子に変わり、剣に吸い込まれていく。


 その光景を見たロベルトは驚きに目を瞠った。


「人が、光になって吸い込まれていく……!?」


「……あれがサーヴァレットに『食われる』ってことだ」


 簡潔に説明する。この衝撃は、見たものにしか分からないだろう。


「人間を食う剣か……」


 サージが二人目の僧兵をサーヴァレットに取り込むのを見ながら、ロベルトは眉根を寄せて呟いた。


 そんな彼の前で、サージはまた呻く。


「うああああ、足りねえ、こんなんじゃ足りねえ、やっぱり魂がないと……。……そうだ! あそこに、あるじゃねえか、魂が!」


 唐突に立ち上がったサージが、さっきの爆風で吹き飛び壊れた窓枠に手を掛けた。

 こいつ、外に出る気だ。

 それに気が付いて、ターロイはすぐさま飛び出し、ハンマーを振り上げた。


「行かせるか!」


 その身体を横になぎ払う。サージが窓枠から引っ剥がされて、再び床に転がった。

 しかし、ロベルトの言う通り、ダメージを与えた手応えがない。ターロイの得物は充魂武器ではないから尚更だ。


 ならば破壊点を、と思ったけれど、すぐに構えたサーヴァレットに隠されて、容易に攻められなかった。


 ちらりと見た窓の外は、裏庭だ。地下墓地への入り口がある。

 おそらくサージはそこに閉じ込めていた住民たちをサーヴァレットの贄にするつもりなのだろう。実際はもう逃がしてしまったからそれはかなわないが、代わりに牢には僧兵が入っている。


 いくら教団員とはいえ、サーヴァレットの餌になられては困るのだ。あの剣がさらに力を付けてしまう。


 さらに、街中で金品を物色している奴らまで殺し始めたら、もっと面倒なことになる。

 サージを外に出すわけにはいかなかった。


「魂、魂、たましい……」


 ぶつぶつと呟く男はこちらのことなど眼中にないようだ。

 実はこの男、こういう時の方がたちが悪い。いくらかサージの感情が入っていると、それがノイズとなって身体の動きが鈍くなるのだが、それが取っ払われてサーヴァレットの支配下になると、殺気がなくなり動きが読めなくなる上に、強くなる。


 安易に手は出せない。


 そうして膠着していると、隣にロベルトが来て剣を構えた。


「……このままでは埒があかんな。もはやお前のハンマーではあいつを殺るのは難しいだろう。俺が行く」


「待て、今は……」


 その時、サージが完全にこちらを無視して外を向いた。

 戦い慣れたロベルトが、その機会を逃すはずもない。瞬時にサージに斬りかかった。


「っ、待て! 踏み込みすぎだ!」


 怪我をしているせいもあって、ロベルトは一撃で仕留めようと距離を詰めすぎている。

 まずい、と思った瞬間、何の殺気も発さずに、サージが彼の心臓目掛けてサーヴァレットを逆手に突き出した。


 以前、ターロイは全く同じタイミングで攻撃を食らっていた。

 これは近すぎて避けきれない。


 ターロイは反射的にロベルトのマントを掴んで思い切り引っ張った。


「うわっ!?」


 勢いでロベルトがこちらにひっくり返ってきたけれど、サーヴァレットの切っ先はどうにか寸前でかわせたようだ。ロベルトは光の粒になることはなく、ターロイの上に背中から落ちてきた。


「す、すまん、ターロイ! 助かった」


「うぐ、いや、大丈夫だ。無事で良かったよ」


 ひとまずはほっと息をつく。

 しかしその隙に窓から飛び降りるサージを見て、二人は慌てて起き上がった。


「まずい、追うぞ!」


「む、やはり地下墓地に入ったな。あそこで次こそ仕留める」


「おいロベルト、怪我してるんだから窓から行くな、傷が開く! ここ二階だぞ! どうせたいして時間は変わらない、階段で行け!」


 飛び降りようとするロベルトを引き留めて、ターロイは部屋から駆けだした。


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