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渇望

「貴様らの魂をよこせぇぇ!」


 サーヴァレットと同調したサージの雄叫びに、空気がびりびりと震える。それは獣の咆哮のようだった。


 ロベルトは剣を構え、冷静に相手の出方をうかがっている。

 一旦サージのことは彼に任せて、ターロイは後ろを振り向いた。


「ダーレ司教、ここは危険だ。逃げて下さい。あなた相手なら教団員も手を出さない。今のうちに街の外へ」


「し、しかしサージが……」


「どうせサージは不死身です、またまみえる機会もある。こうなっては、もうサージに話は通じません。今は逃げて下さい」


「……わかった、すまぬ……」


 ダーレ司教が頭を下げて、部屋を出て行く。それを見届けてから、今度はイリウのところに駆け寄った。

 このまま置いておくと、サーヴァレットの餌食にされてしまう。


 実際、先に彼の魂を奪おうと近付いたサージを、ロベルトが剣で防いだ。

 ロベルトは自分から攻撃には行かず、敢えて防戦に徹している。

 ターロイとイリウの方に、サージの攻撃が流れていかないようにするためだ。


 そう言えば昔、彼は仲間を逃がす際、ウェルラントの攻撃を完全に防ぎきった唯一の男だという話だった。

 防衛戦や撤退戦を得意とするディクトの部隊のメインの盾だったのだ。サーヴァレットの補正があるとはいえ、サージの技量ではそうそう破れまい。


 ターロイは急いでイリウの手枷を外すと、ポーチからガラスの小瓶を取り出した。グレイ特製の薬草を調合した回復薬だ。ものすごく苦くて、それが気付け薬の効果にもなる。

 それをイリウの口内に流し込むと、一瞬だけ間を置いて、途端に彼が咳き込んだ。


「ごほっ、んぐ、な、何だこれ、苦っ……!」


 とりあえず声を発する元気はあるようだ。咳き込むだけの体力も。


「気が付いたか。随分酷い目に遭ったみたいだな。……まあ、まだ危機の真っ最中だけど。動けるか?」


「……ターロイ!? お前、何でここに……」


「話は後だ。動けるならあんたはすぐに逃げてくれ。街中には僧兵がいるから難しいが、城壁の西端に俺たちが侵入時に開けた穴がある。そこから外に」


 脱出口の説明をしていると、イリウはどうにか自力で起き上がり、首を振った。


「待て、みんなの救出が先だ。街の住民が……」


「大丈夫、地下墓地にいた住民は全て逃がした」


 彼の懸念を簡潔に払拭してやる。

 そこでようやく、眉間のしわを解いたイリウが大きく呼吸をした。


「……マジか。そうか、良かった……」


 一度身体の力を抜き、それからすぐにターロイを見る。


「よし、だったら問題ない。俺も戦う」


「あんたが? そんな身体で無理をするなよ。腫れてすげえ顔になってるぞ」


「目が見えてりゃ問題ねえ。幸い指の骨も折れてないしな。……それに、さっきの薬、グレイの特製のやつだろ。昔一度飲んだ覚えがある。激マズだけどすげえ効くんだよ。すぐに腫れも引くさ」


 言いつつイリウはすっくと立ち上がった。本当にダメージから回復しているようだ。


「確か一階に武器庫があったはずだ。使えそうなもの取ってくる。悪いが一旦離脱するぜ」


「おい、そのまま逃げてもいいからな!」


 さっさと部屋を出て行こうとするイリウの背中にそう声を掛ける。

 それに軽く手を上げて、彼は廊下を走っていった。



「ロベルト、もう後ろは大丈夫だ。サージを殺すぞ」


 ずっとサージの攻撃を受けてくれていたロベルトは、ターロイの言葉でようやく剣を振り抜き、サージを壁際まで吹き飛ばした。

 その彼の隣に陣取る。


「ここからは俺が行く。あんたは少し下がって休んでくれ」


「必要ない。下手な剣士の剣筋は単調で、疲れるほどには神経を使っていないからな。受ける剣の角度で相手の次の太刀筋を操れるし、敵のテンションを一定に保てば、攻撃の回転は規則的になる。そうなればリズムをとるゲームのようなものだ」


「……どんだけ高等技術だよ……」


「全てディクトに教わったことだ」


 さらりと言うと、ロベルトは一歩前へ出た。

 相対するサージが威嚇するようにぐううと喉で唸る。今のこいつの身体は完全にサーヴァレット優位だ。


 さっきの動きの愚鈍具合を見ると、サージの意思では身体が言うことを聞かなくなってきているのだろう。

 自分の身体の支配権をどんどん奪われている、じわじわと自分じゃなくなっている、それにこの男は気が付いているのだろうか。


「足りない、足りない……」


 サージは何かに飢えたように涎を垂らし、苛立たしげに地団駄を踏んだ。その手にあるサーヴァレットにはめ込まれた石は、短期間でかなり赤みを増している。


「何をぶつぶつ言っているんだ、この男は」


「サーヴァレットは麻薬のようなもの……。使えば使うほど力への渇望と依存が強くなる。おそらくロベルトに攻撃を防がれたことで、サーヴァレットの力への渇望が増したんだ」


 そうなると、一段とサージとサーヴァレットの結びつきが強くなる。つまりは馴致度が上がる。

 それにより男と剣の間ですり合わせが行われ、一度死んだ後はサーヴァレットに適合するように造り替えられるのだ。


「……分からんな。自ら『自分』を捨てて得る力に、一体何の意味があるのか……」


「裏を返せば、自分で『自分』を捨てても惜しくない存在だと思っているんだろう。……サージは昔から自分の方が良い物を持っていても、他人の持ち物ばかりに目を向けてそれを奪い取りたがる奴だった。他人と比べて自分や自分のものの価値をかなり下に見てるんだ」


「何もかも他人軸か……余程自分に自信がないと見える」


 ロベルトが少し哀れんだ様子で呟いたところで、再びサージが飛び掛かってきた。さっきより太刀筋が鋭い。


 ロベルトが剣を弾くと、その勢いを利用してターロイの方に持ってくる。剣速が明らかに速い。それをハンマーで辛うじていなした。


「おああああああ!」


 雄叫びを上げたサージの手数がぐんと増える。こちらの反撃を許さない猛攻だ。もちろんこちらは二人、手を出せないわけではないけれど、一歩間違えばサーヴァレットの餌食になる。ここは慎重に受けきるしかない。


「くそ、また剣圧が増してるな……。サーヴァレットの支配が強くなってきてるんだ」


「ターロイ、一旦大きく弾くぞ!」


 ロベルトに声を掛けられて、同時に剣を押し返す。勢いで吹き飛んだサージが背中を強かに打ったが、そんなことは意に介さないようにただ喚いた。


「足りない、足りない、力があぁぁぁ!」


 さらにサージの渇望が膨れあがっていく。

 その瞳には狂気しかなかった。


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