地下墓地にて
「さて、あいつらをどうするかな……。ロベルト、地下墓地の入り口がどこにあるかは知ってるのか?」
「教会の裏庭だ。昔その入り口まで罪人を連れてきたことがある。おそらく墓地の一角を地下牢として使っているんだろう」
「だとすると、あいつらを無視していいな。下手に倒したら侵入を感づかれてしまう。どうせ見張りは入り口しか見ていないし、塀を回り込んで裏から侵入しよう」
この分だと、裏庭にも見張りはいないだろう。
サージたちにとって、これは住民を逃げないように捕まえて閉じ込めておくだけの簡単なお仕事だ。おそらく今、僧兵のほとんどは警備なんかそっちのけで、街中に家捜しに出ている。
ターロイは塀に沿って裏に回り込むと、そこにこそりと小さな穴を開けた。
やはり人影はないようだ。
教会の窓際にも人影がないことを確認して、建物から見えない角度に侵入用の穴を開け直す。そこをくぐると教会の壁に張り付いた。
「……地下墓地の入り口はあれか? 木製の大きな上げ蓋みたいな」
「そうだ。あそこを持ち上げると、地下に続く螺旋階段がある」
裏庭の真ん中に大きな把手の付いた持ち上げ式の蓋がある。その周囲の草は広い範囲で踏まれて潰れ、かなりの人数が通った形跡があった。
「やはり住民が閉じ込められているのはここで間違いなさそうだ。……スバル、中に入ったら敵は伸して良いぞ。この先は、教団の人間を墓地から出さないことが肝心だからな」
「うむ、待ってたです! もうメキョメキョにしてやるです!」
「よし、行くぞ」
やる気満々のスバルたちを連れて、速やかに上げ蓋を開けて中に入る。足元は少し暗いけれど、燭台やランプが壁についているので十分だ。
四人は足音に気を付けながら階段を下り、地下墓地のフロアに出る手前で中をうかがった。
「……随分静かだな。人の気配はあるんだが」
くぐもった啜り泣きが少々聞こえるくらいで、話し声はほぼ聞こえてこない。
ターロイが怪訝な顔をすると、スバルも首を傾げた。
「街の住民全部にしては、随分人数が少ないです……」
「だがおかげで見張りも少なそうだ。ターロイ、考えるのは後にして、さっさとここを制圧することを勧める」
ロベルトが鞘から剣を抜いて早々に臨戦態勢に入る。
確かに住民を解放するのが先だろう。ターロイもすぐにハンマーを構えて頷いた。
「そうだな。スバル、敵の位置や人数は分かるか」
「ちょっと待つです。こういう空気の流れないところだと匂いより音が頼りですので」
言いつつスバルが耳を澄ませる。
地下墓地はロベルトに聞いた通りに蟻の巣のように分岐していて、全然奥まで見渡せなかった。敵を討ち漏らさないためには彼女の耳が頼りだ。
「……洞窟特有の反響音が邪魔ですね。でも足音の人数からして見回っているのは五人程度しかいないようです。もう少し中の方に行けば少しは匂いもあてになるのですが」
「動き回っているのが五人ってことだな? 他に休んでいる奴がいるかもしれないな」
「その可能性は十分あるです。でも戦闘に入ればおそらく全員動き始めるですから、そしたら正確に把握できるですよ」
「この程度の腑抜けども、総人数が増えたところで問題ない。最終的にスバルが把握した人間を討ち漏らさなければいい話だ。行こう」
ロベルトがすでにこちらに向かって無防備に歩いてきた僧兵にロックオンしている。冷静かつ自信満々。あんな愚鈍そうな兵士では為すすべもないだろう。
「ロベルト、いきなり斬り捨てるなよ。少し騒いでもらって、他の兵士もおびき出さないと」
「分かっている」
そう言いながらも、ロベルトは敵がこちらに背を向けた瞬間に音もなく飛びだし、一刀のもとに斬り捨てた。僧兵が一言も発する間もなく。
「……おい」
「騒いでもらうのは五人……残り四人のうちの誰かで十分だろう。問題ない。次に行くぞ」
ああ、うん。こいつちょいちょい言うこと聞かない。
わがままとは言わないが、我が強いんだな……。
「しようがないな。スバル、次に近い敵は?」
「二つ先の分岐を右に曲がったあたりです。その近くにもう一人」
「ちょうどいい、そのどちらかに騒いでもらおう。住民はもう少し奥か?」
「そのようです」
「……入り口付近に人員を配していないということは、全員が奥の地下牢に入れられているのだろう。それで収まる人数しか、ここにいないということだ」
ロベルトの言葉に、ターロイは眉根を寄せた。
ここにひしめくほどにいると思っていた住民がいない。別のところに収容されているのならいいが、あの入り口の踏み荒らされた草を見る限り、かなりの人数がここに入ったはずなのだ。
多数の住民が、ここに入ってから消えているとしたら。
その理由に、ターロイは嫌な心当たりしかない。
「……とにかく、まずはここに囚われている住民を助け出そう。スバル、討ち漏らしがないように周囲の状況にも気を付けてくれ」
「了解です。じゃあみんな、スバルについてくるですよ」
ここまでくると、そこまで神経質に足音を気にする必要もないかもしれない。スバルの後に続きながら、足元よりも地下墓地の様子に気を向ける。
横穴の奥を見れば、前時代のものと思われる棺がいくつも置かれ、積み上がっていた。
そのどれもにこじ開けられた跡がある。
……教団の管轄下にあるはずの墓地が、盗掘されているのだ。死体と共に埋葬された金品を誰が盗ったのかなんて、考えるだけで胸くそ悪い。
「敵発見です! 今度はスバルが行くですよ!」
少し歩いたところで、いち早く僧兵を視認したスバルが駆けだした。
今度は敵が騒ぐ時間がある。何より走り出す時に彼女が大声を出してしまったから、おそらく敵が集まってくるだろう。
「な、何だお前らは!?」
「教えてあげない、です!」
慌てて槍を構えた僧兵を、スバルはあっさりと拳の一撃でノックアウトした。その横から出てきた別の兵士は、ロベルトがすかさず斬り捨てる。その事態に、すぐに奥の横穴から他の敵も飛び出してきた。
「敵襲か!? くそ、お前ら全員で迎え撃て!」
僧兵の隊長らしき男が下知をする。
何とも頭の悪い指示だ。普段の隊としての修練が行き届いていないから、こういう時に組める隊列も何もないのだ。
おまけに部下を焚き付けておいて、自分は後退して一番安全なところへ逃げている。
「……それで隊長のつもりか」
ロベルトが隊長の男を見て呆れたように呟いた。
まあ、この男をディクトと比べているのだろうが、それは酷だろう。完全に器が違う。
「ふむ、ターロイ、把握したです。敵の総勢は残り十人。隠れてる人間はいないようです。今のあの男の命令で、全員ここに出てきたです」
「考えなしに全員姿を現したのか……どうしようもないな」
その浅はかさに思わず肩を竦める。肥大化した組織はもはや、末端まで教育が行き届いていないのだ。奥に走って住民を盾にするくらいの頭はないのだろうか。
「では、こいつらを全部殺せば終わりだな」
ロベルトがそう言いながら無造作に剣を振ると、それだけで敵が怯んだのが分かった。彼は体躯が優れているのはもちろんだが、有無を言わせぬしゃべりと、自信から来る威圧感がある。完全に雰囲気で敵を呑んでいた。
すでに目の前で二人瞬殺されていることも考えれば、男どもが怯えるのも当然と言えば当然か。
「……ロベルト、一人は生かしておけ。今のモネの状況を説明してもらうから」
明らかに全員殺る気満々のロベルトに指示をする。
すると、彼がそれに何か反応を返す前に、敵の隊長が自身の剣を投げ捨てた。
「そ、それなら俺が! 命を助けてくれるなら何でもしゃべる!」
……どうやら勝ち目がないことは分かっているらしい。その素早い判断力だけは評価しよう。
だがしかし、思いがけぬその行動に、場にいた全員が呆気にとられた。
そしてさらに驚いたことに、その次の瞬間、他の隊員も全員武器を放り投げてきた。
「待ってくれ、だったら俺が! 他の奴らより街を巡回してたし!」
「いや、俺の方が詳しい! 司祭様のお茶汲みしてたから!」
……何故か敵の間でアピール合戦が始まってしまった。何だコレ。
あー……、ロベルトとスバルが鼻筋にしわを作って、虫けらを見るような顔をしている……。




