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モネの閉鎖

 翌朝、朝食を終えて出立の準備をしていると、懐から鈴の音が聞こえた。


 共鳴石からだ。この鈴の音は確かウェルラントのものだったか。

 国王サイの補佐で忙しいはずの彼が、何の用事だろう。


 特に周囲を気にする状況でもなかったから、ターロイはすぐに共鳴石を耳に当てた。


「ターロイだ。朝から何かあったのか? ウェルラント」


 訊ねたこちらに、彼が急いた様子で訊き返す。


『ターロイ、お前は今どこにいる……?』


「俺はインザークだけど」


『モネの隣町か、それはちょうどいい! 悪いが、頼まれごとをしてくれないか。私は今王都にいるから、駆けつけるのに時間が掛かる』


 何だろう、モネで何かがあったのだろうか。

 どうせイリウの様子とサージの処遇が気になっていたから行くつもりだったけれど、ウェルラントの慌てた様子に嫌な予感がする。


「モネに行けってことだよな? ちょうどこれからインザークを出て行く予定だ。頼みごとって何だ?」


『とりあえず様子を見てきて欲しい。まだ正確なことは分からないんだが、ミシガルにモネの住人が逃げてきたと部下から連絡が入った。どうやら、サージが街を閉鎖したらしいのだ』


「サージが? ……あいつの親父はモネに息子を叱りに行かなかったのか?」


『行ったはずだと思うが……。私はお前に連絡を受けてからすぐに父親に話をしたし、慌てて出立の準備をしていたのも知っている。……しかし、今は彼の所在も不明なんだ』


「……イリウはどうしたかな」


『とりあえず、街からミシガル方面にきた住民はイリウが逃がしたらしい。本人はまだ街に残っている』


 どうやらモネは何か面倒なことになっているようだ。


 サージはサーヴァレットを持ったためにどんどん増長しているようだし、その精神の未熟さゆえにいつ感情のままにあの剣を抜くかわからない。


 一般人を全て死んでもいい下民と考えているあの男がサーヴァレットを街中で振るったら、きっととんでもないことになる。


「わかった。急いでモネに向かう。転移方陣を設置してあるから、準備でき次第飛ぶよ」


『それは助かる。ただ、無理はしなくていい。大体の状況が分かれば教団に抗議できるからな。後始末は教団にさせる』


「危急の時はこちらで対応しても?」


『……それは許可するが、サーヴァレット持ちが相手だぞ。無茶はするなよ』


「了解。とりあえず、モネで様子を見たら一度連絡を入れる」


『ああ、頼む』


 ターロイはそこで通信を終えると、荷物をまとめてエントランスに向かった。





「モネが閉鎖?」


 ウェルラントからの話を伝えると、グレイは眉を顰めた。


「嫌な予感しかしませんね。サージは自分が持った力の大きさに浮かれまくって、何もかも自分の思い通りにできると思っている。あの男の人間としての器なんておちょこほどもないというのに、よくもまあ教団も面倒なものをあんな小人物に授けたものです」


 そう言って大きなため息を吐く。


「あいつの親父が教団本部からモネに行ってるらしいんだよ。ほら、サージのことをチクった件で。それでもこんな状態になってるのは、もう親父の言うことも聞かないんだと思う」


「となると、もしかするとサーヴァレットがサージの精神に強く影響を及ぼし始めたのかもしれません。サーヴァレットに侵されて最初に消え始めるのは『情』だといいますし」


「そうだな……。親父も、その後どこに行ったのか分かっていないというし、……口うるさいからと牢に入れられてる可能性もある。立場的には司教で父で、サージより上のはずだけど、あの男は自分の方が力は上だと思って見下していてもおかしくないしな」


 思ったよりもサーヴァレットの影響が出るのが早い。しばらくサージとは直接関わっていなかったけれど、あいつはその間にもサーヴァレットに魂を吸わせていたのかもしれない。


 ……個人的な行動か? それとも教団が指示をしてそうさせたのか? どちらにしろ、かなりの人数が消されているはずだ。

 そうだ、モネの住人だってすでに何人か餌食になっているかも。


「……急がないといけないから、転移方陣で行ってくるよ」


「モネには四人で行くのでしょう?」


「いや、危ないし様子を見るだけだから俺一人で行く。だから俺が戻るまで三人をここに置いておいて欲しいんだけど」


 そう言うと、後ろにいて話を聞いていたスバルたちが一斉に異議を唱えた。


「内偵するならスバルの鼻と耳は必需品ですよ! 連れて行かない意味が分からんです」


「ボクがいれば街の人が怪我しててもまとめて回復できるよ?」


「どちらかと言えば危地に行くのは配下の役目だと思うが」


「いや、大所帯で行くと目立つだろ。戦いに行くわけじゃないんだし、みんなは留守番しててくれ」


 今回は転移方陣での移動だ。ガントの時のようにスバルたちが無理についてくるという脅しもきかない。

 ターロイは三人をたしなめて、自分用の回復薬だけをリュックからポーチに移した。


 しかし、その様子を見ていたグレイが彼女らの味方をした。


「私はみんな連れて行った方がいいと思いますよ。……おそらくターロイの性格からして、様子見だけで離脱なんてできませんから」


「え? そんなことないよ。ウェルラントも後始末は教団にさせるって言ってたし、俺が手を出さなくても」


「現状で教団の対応を待つだけの余裕があればいいですけどね。これは私の憶測ですけども、教団は多分モネを捨てますよ。もうこの街から税金も取れませんし、教団の管轄下にもおけません。サージを叱って解放させる意味がないのです」


 そう言われて、グレイも最悪の事態を予想しているのだと気付く。


「……教団は、サージがモネを食い尽くすまで知らぬふりを通す気か」


「モネを閉鎖し逃げられないようにして、住民の金品を回収し、サーヴァレットで住民を消して、最後に街に火でも点ければ証拠は残りません。モネの閉鎖はサージの独断だと思いますが、教団もサーヴァレットを育てたい様子なのでちょうどいいくらいに思ってますよ、きっと」


「それは酷い話です……。ターロイ、やはりスバルたちも連れて行くですよ。そんな凶行を捨て置けませんです」


 スバルは俄然やる気だ。

 ユニとロベルトも一緒に頷いている。

 それにグレイも後押しした。


「ひよたんを連れていれば狂戦病も怖くないと、もう分かっているでしょう?」


「分かっている。……だからって、仲間が怪我をするのは嫌だけど」


「それが嫌ならあなたが更に強くなって、守ってやればいいことです。それに、上手くモネの住人を助けることができれば、ひよたんの中の精霊のランクが上がる。そうすればまた強くなれる。頑張って下さい」


「そう、だな」


 仲間を危地に連れて行くことに抵抗がないと言えば嘘になる。しかし危急の場での仲間のありがたみも知ってしまった。


 ならばグレイの言うように、自分が強くなって、みんなを守るしかないのだろう。


 以前は仲間を連れて行くことを負担にしか感じなかったのに、今ではどこか心強さを感じている自分にまだ慣れないけれど。


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