ロベルトとグレイ
翌日、四人でガントを立つと、インザークへと向かった。
途中二度ほど盗賊に遭遇したが、ほぼ問答無用でロベルトが撃退してしまった。
どうやら女の子に対して妙な特別感を持っている彼は、スバルとユニに戦わせてはいけないと思っているようだ。
まあ、紳士的でいいことなので任せておこう。
宿駅を経由して、二日目には問題なくインザークに到着した。
事前にグレイには連絡を入れてある。彼の家に行くと、ティムが食事を用意して出迎えてくれた。
「いらっしゃい。夕食できてるよ。グレイさんはすぐに帰ってくるから、ご飯先に食べて」
「すまない、また一晩世話になるよ」
「ティムのご飯楽しみです!」
「……どうした? ロベルト」
食事に喜ぶスバルたちの後ろで、ロベルトが建物を見回して首を捻っている。
ターロイが訊ねると、彼は不思議そうに言った。
「ここ、教会じゃないよな? グレイの家だというから教団の建物だと思ったのだが……」
「ああ、そうか。ええとな……グレイは今、教団で死んだ扱いになっててさ。そのままここで隠れ住んでんの」
「グレイが、死んだ扱い?」
「教団でグレイを狙った爆発事故があってな。グレイは辛うじて逃げられたんだけど、研究所が木っ端微塵だし今更戻る意味もないからって、帰らずにここに住むことになったんだ」
「……ということは、グレイも教団を出たということか」
「まあ、そういうことになるかな」
ロベルトの言葉を肯定すると、彼は一人で何かを考え込むように黙ってしまった。
みんなでの食事を終えた頃、ようやくグレイが帰ってきた。
「いらっしゃい、よく来ましたね。……ロベルトも」
「……グレイ。久しぶりだな。随分老けたようだ」
「あなたが成長してないだけですよ。言っときますが、ディクトなんてもうおっさんですからね」
さっそくまみえた二人が何だかチクチクと牽制しあう。
険悪と言うほどではないが、やはり相性が悪そうだ。
グレイは手始めのロベルトとの挨拶を終えると、ターロイに向き直った。
「本当にロベルトの頭箍を無事に外せたようですね。まだ魔道具破壊を持っていないのに、どうやったんですか?」
「前回手に入れた魔道具再生の能力を応用したんだ。ガントの遺跡にいたゴーレムと戦うときに、その方法に気付いてさ。アイテムを魔法術式が入れられる前の段階まで巻き戻した」
「ああ、なるほど。破損を直して完品にするにとどまらず、素材になるまで戻したということですか。確かにそれなら使役術式も外せる。よくやりました、ターロイ」
「ただ、これだと破損しているものにしか干渉できないから、魔道具破壊はどうしたって必要だけどな」
「新たな力を手に入れることもいいですが、今自分が持っている力を十二分に使いこなすことも肝要ですよ。人はどうしても自分がすでに持つ内なる力より、まだ持たぬ外にある力を欲するきらいがある……。それはとてももったいないことです。ガイナードの力を封印する遺跡はその点、脳みそを絞らせるいい罠がありますね」
「逃げようのない極限状態で罠を解かされる身としては、もう少し手加減して欲しいけどな」
ガントでのゴーレムの不死属性を見たときの絶望的な気分を思い出して、ターロイはちょっとうんざりする。
解けなければ死、という状況は本当に精神的に疲れるのだ。
「その極限状態が思わぬひらめきをもたらすこともあるのです」
そういや、グレイはあの遺跡の制作者にシンパシーを感じているんだっけ。言っても無駄か。
ターロイはため息を吐いて、遺跡から頭箍に話を戻した。
「ところでさ、ロベルトから外した頭箍、持ってきたんだけど。研究用にいる?」
「それはもちろん頂きましょう。以前は鑑定をしただけで、研究材料にはできませんでしたからね」
「と言っても、使役術式と結合術式は俺が消しちゃったから、残っているのは複合スキルだけだ」
「……複合スキル!?」
ターロイの言葉にグレイが目を輝かせる。まあ、当然か。
複合スキルは本当に稀少で、そうそうお目にかかれないのだ。グレイが喜ぶのも無理はない。
「前に鑑定した時にはこの複合スキルに気付かなかったのか?」
「これらの鑑定をしていたのはあなたを引き取る前でしたからね。今でこそガイナードの知識の助けを得て魂言を読めるようになりましたが、以前は解読できる術式は限られていたんです。複合スキルのように複雑なものでは到底読めませんでした」
確かに、すでに魂言が解読されていたなら、教団がもっと利用していたに違いない。この知識は使い方によっては、世界を滅ぼすことすらできてしまうのだ。やたらと解読するものではないかもしれない。
「ちなみに、頭箍には何の複合スキルが?」
「カウンターと修羅だ」
「ほう、修羅とはまたマニアックな。きっと昔も意に沿わぬ腕の立つ戦士に着けられていた頭箍なのでしょうね」
そう言ってグレイはちらりとロベルトを見た。
「腕は立つけど言うことを聞かない人間というのは、なかなかに厄介なものですから」
「……それは俺のことか」
ロベルトが不機嫌そうに返す。
「そうです。直情的すぎて融通が利かない。その上、行動力があり腕っ節も強い……目を付けられて当然ですよ。教団は自由意志を持つ人間を嫌うんですから」
「俺は教団に流れる汚泥のような我欲主義が許せなかったんだ、仕方ないだろう」
「それは分かっていますよ。だからあの頃何度も言ったでしょう、もっと上手く立ち回れと。……全く、私の助言を完全無視するからあんなことになったんですよ」
何だか、話を聞いていると二人はそれほど仲が悪いわけじゃなさそうだ。
親しいというほどではないけれど、互いの考えは知る間柄。グレイが善意から助言をするなんて、そうそうあることじゃない。相手が教団の人間なら尚更だ。
「……二人はどういう知り合い?」
気になって横から訊ねると、グレイが端的に答えをくれた。
「同期みたいなものです」
「同期……? でも、ロベルトの方がずっと若いけど」
「私たちは同い年ですよ。彼が頭箍によって道具化していた間、年を取っていないだけです」
そういえばロベルトは、頭箍を着けている時は生命活動をしてなかったと言っていた。当然成長もしていない。
さっき老けただの変わらないだのと言っていたのはこのことか。
「同期と言っても最初の頃はあまり接点はなかったんですけどね。ただ、ディクトに剣を習いに行っていた間などに色々ありまして」
出た、色々。何なんだ、色々って。
「こいつがディクトをいじめに来るから、顔見知りになってしまっただけだ。……後は、俺の立場を気にせずにずけずけとものを言うから、なんとなく話を聞くようになった」
「言っても全然助言通りに動かないくせに……」
「それでも意思決定をするための判断材料にはなっていた。そこからどうするかは自分の責任において決めることだ」
あ、この考え方。グレイの主義に近い。
グレイがロベルトを御しがたいと言っていたのは、この堅固な自由意志のためか。
でもそれは悪い意味ではないだろう。絶対グレイが好む考え方だ。
ロベルトは教皇の孫という立場、簡単に信用していいものかと思っていたけれど。
グレイとの関係性だけでも、そのまっすぐさは十分信用に値すると考える。
会ったときはなんだか不仲そうなそぶりを見せていたけれど、きっと二人は仲が良いに違いない。
「……ところでグレイ、お前今もディクトをいじめてないだろうな」
「やれやれ、ディクトはもうあなたの隊長ではありませんよ。私がいじめたところで関係ないでしょう」
……ん? 仲良いんだよな? 何だかまた不穏な空気が……。
「さっきも言いましたが、ディクトはもういいおっさんですからね。ロベルトに守られるような歳ではないですよ」
「歳なんか関係あるか。俺はディクトをグレイから守ると誓っている」
「やめてください、おっさんを姫扱いとかクソ寒い」
「……ターロイがグレイと知り合いだと聞いたとき、嫌な予感がしたんだ。その態度、絶対今もディクトをいじめてるよな、お前」
あ、グレイの名前を出した時に微妙な顔をしたのはそのせいか。
全く、仲が良いのか悪いのか……。
……ほんと、この二人は御しがたい。




