頭箍外し
「ユニが? 何言ってるですか、駄目です! 危ないですよ!」
ロベルトを自分が止めると言うユニの提案に、スバルが即却下した。まあ普通に考えて、彼女にあの偉丈夫をどうにかできるとは思えない。体格も力も違いすぎる。
しかし当然そんなこと彼女には分かっているはずで、だからその言葉が無策から来ることはないだろうと思う。
何か考えがあるのかと、ターロイはユニを見つめた。
「何かいい案があるのか?」
「うん、ボクの特技がある。ここの回り全部森でしょ? 木々はボクの味方なの」
確かにエルフ族は森の住人。精霊の加護もある。
「でも、木が味方で何ができるですか?」
「ボクにはもう一つ、歌える歌が残ってるから」
「もう一つって『グロウ』の歌か……?」
あの歌は農作物を成長させたり、動物の毛艶を良くしたりする歌ではなかったか。
それでどうするつもりなのか。
「あの歌は昔、村の近くの森で狩りをするときに使ってたの。歌を歌うと、木や草がボクの言う通りに動いて、動物を捕まえられたんだよ」
「木や草がユニの思い通りに動くのか?」
「うん、そう。さっきあの人にミートパイを投げたとき、生物じゃなきゃカウンターに反応しないって言ってたよね? 木の蔓とかなら近付いても気付かれないんじゃないかな」
「なるほど、『グロウ』にはそんな使い方もあるのか!」
畑や動物小屋でしか意味のない歌だと思っていたらとんでもない。思わぬ汎用性のある能力じゃないか。
ならば、それを活用しない手はない。
「じゃあ、ロベルトを拘束するのはユニに任せる。俺とスバルは囮としてロベルトと対峙しよう。スバル、あいつが攻撃してきたらできるだけかわして、自分から攻撃に行かないようにしてくれ」
「了解です」
「ユニは、できるだけ早めにロベルトの剣を持つ右腕を捕まえてくれ。次に左腕と両足を。それから身体と……あと、頭も固定して欲しい。動けなくなったらすぐに頭箍の解除に入るから、できるだけがちがちに固めてくれ」
「うん、わかった」
二人に指示を出して、一つ大きく呼吸をする。
「じゃ、行くぞ。ユニの助けを借りるには外で戦わないと意味がない。できるだけ森の近くを陣取ろう」
ターロイは二人にそう声を掛けると、遺跡の扉を開け放った。
三人で森の側に立ち、ユニだけ後方に下がらせる。
すでにロベルトは近くまで来ていたけれど、対峙したこちらが逃げないと分かったからか、いきなり襲いかかってくることはなかった。
「……さすがにコンビネーションボーナスは消えてくれたか……。これなら、どうにか……」
最後の盗人を殺してから、当然七秒は優に経っている。おかげで彼の攻撃力は通常に戻り、さっき見たときの死に神のような異常な気配はなくなっていた。
それでもその威圧感と強者の空気はびんびんと伝わってきていて、到底安心できるとは言いがたい。
防戦に徹すればいい分、いくらかマシではあるのだけれど。
後ろでユニが歌い出して、それに合わせてターロイは大仰にアダマンタイトのハンマーを構え直す。スバルも回避に注力するため、獣化した。
目立つ動きをするのは、ユニにロベルトの意識を向けさせないためだ。
しかし感情を持たない今のロベルトは、そもそもユニの歌に関心が向かないようだった。攻撃として認識されないからだろう。これは素直にありがたい。
ユニの歌に応えて周囲の森がざわざわとし始めるころ、カウンター狙いの攻撃待ちをしていたロベルトが、作戦を切り替えて剣を振るい始めた。
素早い一太刀目がスバルに向かう。
けれど、獣化した彼女はそれより素早い。その切っ先をかわして、スバルは少し距離を取った。
それを追撃しようとするロベルトを、今度はターロイがハンマーで防ぐ。
ロベルトの攻撃の最中は、カウンターは発動されないようだ。
攻撃を防がれたロベルトの矛先がそこでターロイに変わって、充魂武器を連続で打ち付けられる。
それをハンマーの柄の部分で全て受け止めた。
さすが硬度最強の鉱物、アダマンタイト。充魂武器相手でも十分通用する。
いや、ちょっと違うか。本来のロベルトであるならば、いくらアダマンタイトであっても砕かれたに違いない。
武器を交えて気付いたが、この頭箍に支配されたロベルトは、確かに強いのにどこか精彩を欠くのだ。
剣術の要である心技体の心の部分がすっぽり抜け落ちている。剣に意思が乗っていない。
教団が仮にロベルトを思い通りに使役できていたとしても、こんな状態ではウェルラントには勝てなかっただろう。
そうして彼の攻撃を受け止めていると、剣を振り上げたロベルトの手首に、ぐんと伸びてきた植物の蔓が巻き付いた。
ぴんと張った蔓に攻撃を封じられた彼を、ターロイの少し後ろにいたスバルが体当たりで吹き飛ばし、大木にぶつける。そこに伸びていた蔓が更にロベルトの左手首と両足を捕まえて、最後にぐるぐると何重にもした蔓で大木に貼り付けた。
「よし、よくやった、ユニ!」
ユニを労ったターロイは、急いでロベルトに駆け寄る。
植物の蔓は存外に丈夫だが、千切られないとも限らない。その前に、頭箍を無効化するのだ。
額に手をかざして、頭箍に触れる。
……それにしても。こうして捕まって身動きできない状態だというのに、ロベルトの表情がまるで変わらないのが不気味だ。こんな使役道具を人間が作ったということに嫌悪感しか湧かない。
こんなもの、すぐにただのオリハルコンに戻してやる。
ターロイはガイナードの核を使い、頭箍のデータを探った。
ユニのブーストはないが、ゴーレムに比べればその術式の文言はずっと少ないから問題ない。
データからすぐに使役術式を抽出して、それを消しに掛かった。
使役術式を消し頭箍さえ外れてしまえば、カウンターと修羅の複合スキルも自動的に外れるだろう。
問題があるとすればこの消去により彼の精神に影響が出るかもしれないことだが、無理矢理引っぺがすようなまねをしなければ大丈夫なはずだ。
ターロイは使役術式に付随していた、魂にくさびを打ち込む術式も削除した。これは呪いのアイテムによくある術式。一度装備すると魂と結合して外せなくなる。
こういう不穏な術式のたぐいは、グレイが好きで研究室に文献があったから運良く知っていた。これで完了だ。
ロベルトを縛っていた術式を消すと、力では外れなかった頭箍がするりと外れて地面に落ちた。
「取れた!」
後ろでその様子を見ていたユニが安堵したような声を上げる。人型に戻ったスバルも隣に来た。
「ふう、これで一段落ですね。……ん? この男、眠ってるですか」
「術式のせいで強制的に自我が封じられてたんだ。復帰するのに少し時間が掛かる」
言いつつ彼の身体に巻き付けられていた蔓を外し、大木の根元に座らせる。
とりあえず目を覚ましたら、ガントに連れて行って食事をさせよう。
「……この輪っかはどうするですか?」
頭箍を拾ったスバルがこわごわとこちらにそれを渡してきた。
「もう使役術式が入ってないからただの輪っかだ、怖くないぞ。……でも、複合スキルの術式は入ったままだからな。とりあえず研究材料としてグレイのところに持って行くか」
受け取った頭箍をリュックに入れると、ターロイは立ち上がった。
「さて、ロベルトが目を覚ますまで時間がある。ユニはそこで森の方向いてろ。スバル、死体片付けるの手伝ってくれ」
遺跡の前に広がっているのは、子供にはかなり精神的に悪い光景だ。ターロイは自前の上鋼のハンマーに持ち替えて、そこに向かった。
転がる死体はほぼ全て一刀両断、ロベルトの力量が知れる。
「これだけの死体、どうするですか?」
「一応埋めてやろう。自業自得とはいえ、それくらいはな。俺が穴を作っていくから、埋めていってくれ」
「分かったです。……しかし見事な切り口。あの男、鋼鎧を着ている者まで一撃ですよ」
心がない状態でその強さだ。自我を取り戻した彼はどれだけ強いのだろう。ロベルトを味方にできれば、悲願の達成に存分に役立ってくれるだろう。
この段でロベルトが敵でないことは、かなりの幸運だったかもしれない。




