まずは遺跡へ
「……ディクトは今どうしているんだ? 教団は辞めているのか」
ディクトが生きていると知ったロベルトは、少しだけ感情らしきものを見せ始めた。落ち着きがなく、どこか心配そうな様子だ。
「今は教団じゃなく、俺の下で働いてる。ハヤテと一緒に」
「……ハヤテだと?」
彼も知り合いだろうハヤテの名前を出すと、ロベルトはあからさまに嫌そうな顔をした。
そう言えばハヤテもロベルトにいい感情を抱いていないようだった。二人の仲は悪いのかもしれない。
「あいつも一緒なのか……まあいい。お前、ターロイとか言ったな。もし俺の頭の輪っかを外してくれるなら、お前の下で働いてやってもいい」
「え? 俺の下って……。あんた、そもそも俺が何をしてるかも知らないだろ。それに、教皇の孫って立場なのに、俺みたいな無名の男の下に入るっていうのか?」
あわよくば味方にとは思っていたけれど、いきなり自分からこちらの配下に入ることを提案されて面食らう。言い方が少し上から目線ではあるものの、彼から見れば下民であるターロイに進んで従おうとは。
「俺の肩書きも知っているのか。しかし、そんなものが今この場で何の役に立つ? もう何年もこうして半端に自分を持て余しながら生きてきたのだ。この状況を脱せるなら、何でもする。……それに、ディクトがお前に従っているのなら、信用できる」
ロベルトは自分の立場を驕ることもないし、冷静だ。
グレイは彼のことを御しがたいと言っていたが、長くこの場で過ごす間にわがままを言う感覚など失ってしまったのかもしれない。
何にせよ、この男はウチの隊にとって大きな戦力になる。
「一応俺たちのことを言っておくが、王国軍でも教団でもない独立した部隊だ。今は王国側に協力しているがな。……俺の目的は教団をぶっ潰すこと。それでもあんたは俺の下に入るか?」
彼が教団に反抗していることは知っているけれど、確認のために言葉に出した。この核心部分で後で揉めても困る。
するとロベルトはそれに逡巡することなく、大きく頷いた。
「教団をぶっ潰すか。それは大いに賛成する。喜んで手を貸すぞ。……じいさんを救うには、そうするしかない」
「……じいさん?」
彼の言うじいさんとは、もしかして……?
「こっちの話だ」
しかしロベルトはそれに答えずに腕を組んだ。
「ところで、この輪っかはどうやって外せるんだ? 自分じゃどうやっても無理だったんだが」
「それは、今は外せない。ただ、今後俺がその頭箍を壊せる能力を手に入れれば、外せると思う。そのためにも、まずはあんたの背後にあるその遺跡に入りたいんだ」
「この遺跡にか。さっきもそんなこと言ってたな。……わかった、じゃあ俺は少し入り口から離れておこう。先に言っておくが、おそらく次にお前たちが出てきたとき俺の自我はなくなっているから、絶対に近付くな。死ぬぞ」
そう言って、ロベルトは遺跡の石段から離れた木陰に移動した。
彼がカウンター発動を想定している範囲よりも大分距離を取ったのは、万が一を考えてだろう。
「気を遣わせて悪いな。……そうだ、遺跡に入る前に。あんたに渡す物があったんだった。これ」
交渉に使えればと思っていたミートパイ。それを思い出してリュックから取り出す。
話はあっさりとまとまってしまったけれど、せっかく持ってきたのだし、彼に渡す方が喜ばれるだろう。
「ディクトからあんたの好物だって聞いてたんだ、ミートパイ。手渡しできないからここに置いとけばいいか?」
「ミートパイ……! その単語を聞いたのすらもう何年も前だ……。今食うからこっちに投げてくれ」
「カウンターで切り捨てちゃったりしない?」
「俺のカウンターは生物にしか反応しないから大丈夫だ」
そう言われてミートパイの箱をロベルトに投げると、彼は普通にそれを受け取った。そしてすぐに箱を開ける。
自我のあるこの一時間のうちに食べてしまうつもりなのだろう。表情はあまり変わらないが、嬉しい雰囲気が伝わってくる。喜んでもらえたなら何よりだ。
彼がミートパイを食べ始めたのを見届けて、ターロイは黙って成り行きを見ていたスバルたちを振り返った。
「待たせたな。遺跡に入るぞ」
その呼びかけに二人が駆け寄ってくる。
隣に来たスバルが、小さくターロイに呟いた。
「……あの男と戦闘にならなくて良かったです。あの男のまとう血の臭いが異様にすごいのですよ」
「血の臭い? ……まあ、噂を聞きつけてきた盗人を何人もカウンターで葬ってるんだろうしな」
「……あの男に付いてるスキルは、本当にカウンターなのですかね? スバルは少し気になるです……」
そう言ってスバルは黙ってしまった。
でもとりあえず、ロベルトと戦わないならそれほど問題はないはず。
ターロイはそれよりも遺跡の方に目を向けた。早いこと能力の回収をしてしまいたい。
見れば入り口は、機関の壊れた大きな魔法鉱石の鍵で閉じられているだけだった。アカツキの祠で魔道具再生の力を手に入れていれば、当然開けられる。
他の人間には絶対開けられないのだから、小細工はいらないということだろう。
ターロイはさっそく扉に手を当てて、鍵の再生を開始した。
破片の情報をソートし、組み上げていく。細切れになっている術式を再びつなぎ合わせる。魔道具の再生は、普通の物の再生よりも集中力と精神力を要した。
遺跡の中で他にも能力を使う場面があるかもしれないから、あんまり精神力を摩耗したくないのだけれど。今回の機関はちょっとデカい。
扉の鍵が開く頃には集中力が切れかけていた。
「ターロイ、大丈夫? 癒やしの歌を歌おうか?」
となりで心配そうにユニが訊いてくるのに首を振る。
「それは本当に必要なときに取っておこう。一日一回しか歌えないんだからな」
精神的に疲労しているだけで、身体は全然元気なのだ。この段階で使ったらもったいない。
この先には何があるか分からないのだから。
慎重に扉を開けると、目の前は地下へと続く階段。
罠と暗さがさらに精神力を削るけれども、泣き言を言っている場合ではない。ターロイたちは他の人間が入ってこないように扉を閉めて、階段を降り始めた。




