224話 スライム
「さて、どうしましょうか…」
本体である私の役割はイザベラさんの護衛なので、そこから離れることはせずに分身の私へと戦闘を任せるのですけど、このスライム、どうしたものか…
今もノー・フェイスによって使える〈狐火〉系のスキルを使ってスライムへと攻撃を加えていますが、効き目が悪いように見えるのです。
私は中距離辺りの立ち位置ではあるので反撃は今のところはされていません。しかし、前衛である兄様やクオンなどのプレイヤーに対しては黒色をした無数の触手による攻撃がスライムから放たれており、それに阻まれてなかなか有効打を与えることは出来ていないみたいです。
「ダメージは入っていますけど、明らかに効きが悪いですし、どうするのが良いでしょうか…」
うーむ、このままではジリ貧ですね…？やられることはないでしょうけど、これだと時間がかかってしまいそうです。…なら、ここは皆の火力を一つにして一気に放つのが良いでしょうか。スライムだとするなら、おそらくはコアとなるものがあるはずですし、それを撃ち抜けばすぐに倒せるはずですが…
「ちっ、面倒だな！〈秘剣・焦土〉！」
「続きます！〈炎の豪剣〉！」
そんな状況でも、前衛をしている二人は飛んでくる攻撃を捌きながら踏み込み、それぞれが己のユニークスキルによる武技を放ってスライムの触手諸共身体を深く切り裂いていますが、やはり大きなダメージを与えるには至りません。
やはり、身体を切り裂くくらいではあまり意味がないみたいですし、先程の考えを実行としますか。私一人では無理ですけど、ここにはたくさんの人がいるのです。それなら、この面倒な相手でも少しは有効打になりますよね…？
「皆様、ここは一点に集中して攻撃を加えましょう」
「確かにそうだな。なら、それで行くぞ！」
私の言葉を聞いたクオンがそのように声に出したので、私たちは早速それを実行するべく動き出します。私たちの作戦をスライムも聞いてはいるはずですが、先程からの単調な攻防からもわかる通り、頭が悪いようでこちらの意図は分かっいないようですね。…なら、このまま攻めさせてもらいますよ！
「活路を開きます！〈燐光狐火〉！」
作戦を実行するにあたって、まずは私が特殊能力である無数の火花を飛ばす〈狐火〉系のスキルを使い、無数にあるスライムの触手を一時的に焼き払って道を作ります。さあ、ここから先は皆さんに任せますよ！一気に攻撃を加えてください！
「ナイスだ、メイドさん！〈秘剣・燕撃ち〉！」
「俺も！〈星命の想剣〉！」
「私たちもいくよ！〈バーストバレット〉！」
「人形さんたち、〈マナアロー〉なのです！」
私の放った狐火のおかげで生まれた道を通って己のありったけの攻撃を皆が一点に集中して放つと、それによって削られた身体からコアがわずかに見えました。やはり、スライムというだけはあってコアがあるみたいですね！なら、このスライムを倒すのならそこを狙うのが良さそうです！
しかし、知能が低いスライムでもコアが破壊されるとやられると分かっているからか、それには危機感を覚えたようで手当たり次第に暴れるかの如く、瞬時に再生させた触手を振り回して近づいていたプレイヤーたちを離れさせます。
「…むう、そう簡単にはいきませんか」
触手によって距離を取られてしまいましたし、そう易々と倒せないのも当然ですね。だとしても、コアがあると分かったのですから、次からはそこ狙いでいきましょうか…！アレさえ砕くことが出来ればほぼ間違いなく倒せるでしょうし、皆で力を合わせて狙いますよ…！
「ふぅん、なかなかやるみたいですね？なら、これはどうですか？」
私たちの攻防をスライムの背後の空中から眺めていたイクスペリメントさんでしたが、そのようは言葉と共に何やら黒色の塊のようなものをスライムへと投げつけると、いきなりスライムの身体が沸騰でもするかのようにぐつぐつと煮えたぎります。
そして次の瞬間には、そのスライムの身体がぐにゃぐにゃと変形していき、最終的に身長150cmくらいの少女の姿へと変貌を遂げました。
…この姿、どこかでみた記憶がありますね…？えーっと……あ、思い出しました。確か、邪神のものらしい記憶に写っていた白髪の少女でしたっけ。あの人はこのスライムが変化した姿と瓜二つですし、もしかするとそれと何か関わりがあるのかもしれませんね？
「…ふむ、姿はいいですけど、やはり知能は使い物にならないみたいですね」
「キィイイイッ！」
イクスペリメントさんは姿が変わったスライムを見てそのように酷評してますが、それに対して人型に変わったスライムは奇声のようなものをあげながら、腕から生やした触手を手当たり次第に振り回して暴れています。
距離が離れているので私たちには被害はないですけど、この様子を見るに暴走状態とみて良さそうですね？先程イクスペリメントさんが投げつけた黒色の何かが原因だとはわかりますが、ここまでの変化を遂げるなんて、一体何をしたのでしょうか…？
「まあいいですか。それよりも、その力で敵を倒しなさい！」
「キィイ！」
イクスペリメントさんの指示を聞き、人型スライムは自身の身体から無数のスライムを生み出しながら、両腕に生やした触手を振り回しながらこちらへと迫ってきます。
ここからは的が小さくなって同時に攻撃をするのが難しくなっており、それに加えて無数の分裂体も出ているのでそちらも相手をしなくてはいけませんね。
なら、本体である人型スライムの方は近接戦闘が得意な兄様パーティやクオンパーティに任せて、分身である私は本体と共に周りの分裂体を片付けますか！今の私なら仮面のおかげで範囲攻撃が得意なので、そのポジションがベストなはずです…！しかし、それよりも先に、さらに何かをされる前にイクスペリメントさんを倒しに動きます…！
「「〈狐火・乱〉！」」
「おっと、〈ブラックアウト〉！」
そう決めた私は、分身と本体から即座にイクスペリメントさんへと無数の青白い火の玉を放ちましたが、それには即座に張放たれた黒色の衝撃波のようなもので全てかき消されてしまいました。
「…ちっ、やはり防がれますか」
その対応からして、そう簡単に倒すのは無理ですか。これに対応されたということは、イクスペリメントさんは前に私が出会ったことのある眷属である男性よりは威圧感が小さいので強さ的には劣るとは思いますが、戦闘力もある程度はあるみたいです。
「私なんかに構っていてよいのですか？そちらの方を守るのでしょう？私よりも、そちらを気にしてはどうですか？」
「くっ…！」
イクスペリメントさんはニヤリと笑みを浮かべながらそのように声をかけてきますが、私はそれに対して苦々しい表情を浮かべてしまいます。
確かに、私はイザベラさんの護衛として参加しているのですから、危険を顧みずに攻撃に移るのは失敗でしたね。その言葉に私は少しだけムッとしてしまいますが、その言葉通り今はあちらに意識を向けるのはやめておきますか。まずは、スライムの分身体から片付けるべきですからね。
ですが、そちらを片付けた後は貴方も倒させてもらいますよ…！貴方は邪神の眷属のようですし、ここで逃すわけにはいかないので…！
「……！」
「邪魔です！〈狐火・林〉！」
早速とばかりに本体である私と分身に襲いかかってきたスライムの分身体たちへ、私は即座に地面から無数に火の柱を出現させる〈狐火〉系のスキルを使用し、一気に焼き払います。
しかし、分身体は兄様たちが戦っている本体である人型スライムによって次から次へと生み出されているらしく、私が分身と共に〈狐火〉を操って次々に倒しても出てくるスピードが同じくらいで、倒し続けても数があまり減らせていないみたいです。
一応、周囲にいるプレイヤーたちや護衛の皆さんも私と同じように次々と倒しているみたいですけど、それでも手数が足りてないようですね…？
「…このままだと、ジリ貧ですね」
うーむ……それなら、ここはアレを使わせてもらいますか！私が付けている仮面によって使える特殊能力には、なんと切り札と呼べるものがあるのですよ。そのため、それを使えばおそらくは一気に分身体を焼き尽くすことが出来るはずだと思います…！
しかし、それを使ってしまえば一時的に私の戦闘力は大きく落ちるので、そこが心配ですけど……いえ、迷っている時間はありませんね。今は、あのスライムと眷属の女性を倒すのが最優先です…！
「…イザベラさん、今から私の切り札を使用するので、後ろで待機していてください」
「何をするつもりかわからないけど、気をつけるのよ？」
「はい、任せてください！」
よし、では早速使用するとしましょうか…！これで決めにいきたいですし、雑魚であるスライムの分身体はすべて焼き尽くさせてもらいますよ！
「ふぅ……我が炎よ、纏い湧き上がれ、〈九尾の狐〉！」
私はそう詠唱をして特殊能力を発動させると、次の瞬間には私の身体に青白い炎が迸り、そのままそれを吸収して姿が一時的に変化します。
先程までの姿は黒髪黒目をした普通の狐獣人でしたが、能力によって変わった今は髪と目はそのままに、唯一生えていた一本の尻尾がなんと九つに増え、全身に魔力が走るかのように力強さが満ち溢れます。
そしてそんな私を見て流石のイザベラさんも驚いているのがわかりますが、今は置いておきます。
「…やはり、この能力は力が漲っていいですね…！」
これの効果時間は五分のみなので、この時間内に決めなくてはいけませんからね。これが切れた後は酷い副作用があり……具体的には一時間自身の全ステータスが半減するというものですね。それがあるので、これで決め切れなくてはます間違いなくやられてしまいます。
なので、分身と共に倒させてもらいますよ！まずは手始めに、周りにうじゃうじゃといる雑魚の方からです！
「〈燐光狐火〉！」
「……！？」
「へぇ、やりますね？」
そうして強化された状態を活かし、それによって先程よりも強化された〈狐火〉のスキルを使って、私は周囲に蠢いていたスライムたちを一気に焼き払います。
もちろん、プレイヤーや護衛の人たちが相手をしていた個体も全て含めて焼いていますよ。この狐火は敵と味方を判別出来るので、このような使い方も出来るのです。
「やはりこの力はいいですね…！このまま行きますよ！」
〈九尾の狐〉によって強化されているおかげで、思ったよりもすぐにスライムの分身体を倒すことが出来ましたね。そのため私の分身の力を借りるほどでもなかったので、このまま本体である人形スライムも倒しにいきますか…！
ここからは人数が多くても邪魔なだけなので、分身にはイザベラさんの方に行かせて警戒をさせておきます。今もイクスペリメントさんがこちらを興味深そうに見つめているので、念のため、です！
