222話 ダンスパーティ
「そういえばレア、その姿の時はなんて呼べばいいかしら?流石にそのままだとダメでしょう?」
「それもそうですね。んー…なら、クロと呼んでください!」
「わかったわ。それじゃあクロ、ここからはよろしくね?」
「はい!任せてください!」
あの後はナンテさんに見送られながら外に置かれていたらしい馬車に乗ってお城へと向かっているのですが、私とイザベラさんはその道中でそのような言葉を交わしています。
普段はレアとして動いてますし、シスターの時はプレミアという偽名で活躍しています。そのため、それらとは違うこの姿ならまた新たな名前が良いと思ってそう言いましたけど、これなら私の要素は少ないので兄様たちにもバレませんよね…?
それにここからは仮面も付けているのですから、そう簡単には私とはわからないはずなので、大丈夫でしょう。それよりかは、今回の護衛任務についてです。
お城に向かっている今は問題ありませんが、本番はダンスパーティが始まってからです。ダンスパーティの主役は貴族たちとはいえ、異邦人であるプレイヤーも複数参加するみたいなのです。そのため、一応はそちらにも警戒はしておくのがよいですね。何かあってからでは遅いですし、警戒は大事ですからね!
「着きましたぜ、お嬢さん方」
「ご苦労様。それじゃ、また帰りによろしくね?」
「任せてくだせえ!んじゃ、あっしはあちらに行くので、用があれば申し付けてくだせえな」
「ありがとうございました!またよろしくお願いします!」
そしてそこからも取り止めのない会話をしていると、いつのまにかお城のすぐ前まで着いていたらしく、御者である男性からかけられた声を聞いた私はイザベラさんより先に動き、その手を取って一緒に馬車から降ります。
…勝手に動いたかのような何気ない行動でしたけど、これは装備のおかげですかね?このメイド服には"メイドの嗜み"という能力が備わっていますし、これによって自然とメイドらしく振る舞えたのでしょう。やはり、ナンテさんから頂いたこれはとてもいいものですね!これなら、メイドとして怪しまれることもなさそうで上手く溶け込めそうです…!
「では、クロ。行くわよ」
「わかりました!」
よーし、ここからはダンスパーティの会場に向かいますし、気合を入れて頑張りますか!絶対に、何があってもイザベラさんへの被害は出さないように気をつけますよ!
そうしてイザベラさんを先頭にして私たちはお城の中を歩き続け、ついにダンスパーティの会場となる広場へと到着しました。そして中に入るとわかりましたが、貴族らしき豪華な服装を着ている人たちに、プレイヤーらしきそれぞれがバラバラな見た目をした装備を付けている人たちなど、すでに結構な人数が集まっていたみたいです。
それを見て少しだけ遅れてしまったかと思ってしまいますが、ちらりと見たイザベラさんの表情からはそれを感じさせないので、おそらくは問題はないとわかります。なら、私だけが慌てていては目立ってしまいますし、気にしないでおきますか。すでに始まっているわけでもないですしね。
「クロ、護衛は任せるわよ?」
「わか……かしこまりました」
おっと、周りから見てないでさっさと中に入らないとですね。それにイザベラさんからも改めて護衛を任されたのですから、しっかりと仕事をこなさなくては…!なので、ここからはキチンとメイドとして振舞いますか。いつも通りではなく、落ち着いた雰囲気を出しているメイドさんのように、ですね!
そう気合を入れ直した私を尻目に、イザベラさんは早速とばかりにダンスパーティの会場である広場へと足を踏み入れていきます。
私は護衛とはいえメイドなため、そんなイザベラさんの隣などではなくほんの少しだけ距離を取って斜め後ろに付いて立っています。仮面で顔を隠しながら周囲へとチラリと向けてみると、イザベラさんには今のところ周りの貴族やプレイヤーからは意識を向けられているだけですし、特に害になることはなさそうですね?ひとまずは、安全と見て良いでしょう。
ちなみに、プレイヤーの中には兄様パーティとルミナリアが当然のようにいますけど、他にも私のフレンドであるクオンパーティやアリスさんもいるので、これはバレないように気をつけないといけませんね…!
「イザベラ嬢、久しぶりですね」
「あら、エリーナ伯爵。久しぶりね」
私がそのように周囲と兄様たちに意識を向けて警戒をしていると、そこにイザベラさんの知り合いらしき赤色をしたドレスを纏った金髪青目の女性がイザベラさんに向けて声をかけてきました。
どう見ても知り合いとわかりますし、その女性……エリーナさんは、イザベラさんの言葉からして貴族みたいです。何となくその態度からしてエリーナさんよりもイザベラさんのほうが立場が上のように見えますし、家系が公爵というのは伊達ではないようですね?それに二人の仲も良さそうに見えるので、この人に対しての警戒は弱めても大丈夫そうでもありますか。
「イザベラ嬢は、異邦人たちを召し上げたりはしないのですか?」
「そうね、私にはもう目をかけている人物がいるから、わざわざ気にしないわ。それに、そのことをここで言うのは厳禁よ?」
「おっと、そうでしたね」
二人は仲良さげな様子でそのように会話をしていますが、イザベラさんの言葉を聞いたエリーナさんは一瞬だけ目を光らせていたのを私は見逃しはしませんよ!
加えて、その話は今回のダンスパーティでは厳禁とも言っていますが、それはナンテさんやイザベラさんから直前に聞いた、異邦人たちの力をそう易々と利用させないようにという意味合いがあるからだとも容易に考えられます。
まあ、そう言われても異邦人の力は国から見ても魅力的だからなのか、絶対に禁止されているわけではないようですし、エリーナさんのように異邦人と交友を深めたい人は多いのでしょうね。現に目を光らせつつプレイヤーたちを見つめていますし。
イザベラさんは私と知り合っているからかそういう要求は薄いようですけど、もし私と知り合ってなければ異邦人に対して何かを行っていたかもしれませんね?貴族のトップである公爵であり、父親が宰相でもあるのでその予感はあながち外れてはいないかもしれません。
「して、先程から気になっていたのですが、そちらのメイドは?」
「紹介するわ、彼女はクロ。このダンスパーティの護衛兼メイドよ」
おっと、いつのまにかプレイヤーではなく私へと意識が向けられていたみたいですね?まあエリーナさんはイザベラさんと知り合いのようですし、メイドである私のことをこれまでに見たことがないので気になったのでしょう。なら、イザベラさんからも紹介されたのですから、キチンと挨拶を返さないとですね!
「ご紹介に預かりました、クロと申します」
「ご丁寧にどうも。私はエリーナ・クラムレートと言うわ。よろしくね、クロちゃん?」
く、クロちゃんですか……まあ私の姿は変化させているとはいえ体格は変えてないので、小さな子を相手するかのようなその態度は仕方ないですね。
…これなら、もう少し身長を高くなるように変化させておけばよかったでしょうか…?体格を変えるのは試してはいないですけど、おそらくは出来たと思いますし、今度機会があればそうしてみますか。まあ今回のような変装はそうそうあるものではないと思うので、それがいつになるかはわかりませんけどね。
「おっと、そろそろ始まるみたいなので、私はいきますね」
「わかったわ。またね」
エリーナさんはこのダンスパーティが行われる広場へと王様である男性とその息子さんと娘さんと思われる人たちが入ってくるのを見て、そう言って私たちの元から離れていきました。
このダンスパーティは異邦人との交流を深めるのが表向きの理由とされていますし、当然この国の王様であるあの人が参加するのは当然ですね。あの人とは一度だけ対面したことがありますが、今の私ではわからないはずなので今回は話しかけに行くことはなさそうです。…イザベラさんから行けば別ですけど、それもないとは思いますしね。
そんな思考をしているうちに、王様の一声でついにダンスパーティが始まりました。今のところは、周りだけではなく貴族とプレイヤーの人たちからも危険そうなものは感じないですけど、警戒は怠りませんよ!私はイザベラさんの護衛なのですから、その信頼を裏切ることは決してしません!
「ルシェアラート嬢、良ければ私とダンスをしていただけませぬか?」
「悪いわね。私は踊るつもりはないわ」
「そうですか。それでは仕方ないですな」
イザベラさんは貴族らしき男性からダンスに誘われましたけど、バッサリとそれを断っています。うーん、少しくらいは踊ってこればよいと私は思いますが、イザベラさんの反応からして面倒なのでしょうね。誘いに来た貴族の男性もその反応がわかっていたのか、素直に去っていくため面倒ごとは起きてませんけど、私からすると不思議に思ってしまいます。
…もしかして、イザベラさんは公爵であり、父親が宰相でもあるので人間関係は吟味している、とかですかね?…まあそれに関しては私が口を挟むものではないのですから、今はメイドとしてそばにいることにしますか。何かトラブルが起きたのなら、その時に対応するとしましょう。
「やあ、イザベラ。相変わらずクールだねぇ」
「あら、アルバート」
そうして時折ダンスを申し込んでくる人たちを断り続け、他の貴族やプレイヤーたちの皆がダンスと洒落込んでいるのを後方で眺めていた私とイザベラさんでしたが、そこに王様の息子さんらしき金色がアクセントに入った白色のタキシードを着こなしている灰色の髪と瞳をした男性が声をかけてきました。
何やらこちらもまたエリーナさんと同様に親しそうな様子なので、顔見知りか何かなのでしょうね。そういえば、イザベラさんは前に王様とは会うことが多いといったことを言ってましたし、その時に顔を合わせたのだとわかります。
うーん、こうしてメイドとしてそばにいると、イザベラさんの交友関係が思いの外広いのがヒシヒシと伝わってきますね。今も王様の息子さん……アルバートさんと他愛無い会話をしているので、貴族としてもかなりの立場とも判断が出来ます。
「それで、そっちのメイドが今の護衛かい?」
「ええ、そうよ。彼女はクロと言って、こんな見た目でもかなりの実力はあるわ」
「へぇ、それは興味が湧いてくるね」
っと、またもや私の話題になりましたね?やはりイザベラさんとの交友関係がある人からすると、私のような見慣れない人は気になるようです。まあそれも当然だとは思いますが。だって、貴族なんですよ?それなら見慣れない人に対して警戒心を持つのは普通ですからね。
…ですが、エリーナさんもそうでしたけど、この王族であるアルバートさんからもそのような感情は感じないので、どうしても小さな女の子として見られているため警戒心は抱かれないみたいです。私は別に危害を加えるつもりは一切ないのでいいですけど、子供扱いはやめてほしいです…!
「僕はアルバート・ファン・ラベラと言うんだ。よろしくね、クロちゃん?」
「クロと申します。よろしくお願いします」
そう言って私へと挨拶をしてくれたアルバートさんへと反応を返した私は、そのままメイドらしくイザベラさんの斜め後ろ辺りに立ち、そこで待機します。
…それにしても、アルバートさんは貴族の女性からはかなりの人気者みたいですね?今も私のようなメイドと会話をしているのに嫉妬するかのような視線を貴族の子女たちが向けてきているため、少しだけ冷や汗をかいてしまいます。
別に単なる挨拶なんですから、そのくらいはいいじゃないですか!それに、そんな視線を向けてくるならそちらからも話しかければよいのに……って、ただの貴族如きが話しかけられるわけがありませんか。仕方ないとはいえ、その嫉妬に塗れた視線は止めてほしいですよ…!




