217話 サーカス団
「…さて、この余った時間はどうしましょうか」
あの後は迷宮都市に戻ってルミナリアのオススメという定食屋へと向かい、そこで食事と会話をして楽しんでから別れたのですけど、今の時刻はそれでもまだ四時半近くです。
夜ご飯の支度をするには早いですけど、ここからログアウトをして現実世界に戻るにも早いため、少しだけ何をするかを悩んでしまいますが……さて、どうしましょうか。
「…そうですね、今の時間は久しぶりに図書館に行ってソロさんにでも会いに行きますか」
ナンテさんと同様にソロさんとも最近は会ってませんでしたし、時間もあるのでちょうどいいですしね!図書館に行くこともあまりなかったので、これからも時間がある時には定期的に行くことにしますか。
暗殺者としての師匠であるナンテさんとは違い、ソロさんはただの知り合いくらいの関係であるので別に会わなくても問題はありませんが、それでも顔くらいは見ておきたいので!
「クリアとセレネも、一緒に行きますか?」
「……!」
「キュッ!」
今も肩と首元にいる二人へとそう声をかけてみると、どうやら二人も一緒がいいみたいなので、このまま二人も一緒に行くことにしましょう。クリアとセレネの二人はソロさんとも会ったことがありますし、おそらくは大丈夫ですよね?
「なんにせよ、まずは行かないとですね!」
「……!」
「キュゥ!」
クリアとセレネも賛成するかのように声に出していますし、早速向かいましょう!ソロさんがいる図書館は、確か第二の街でしたね。あそこに行くのは久しぶりですし、ついでに街の散策を軽くしながら行きますか。別に今すぐに会わなくてはいけないわけでもないですし、ゆっくりのペースで、です!
「…ちょっとだけ変わっている……のですかね?」
そう決めた私はすぐさま今いる迷宮都市の広場へと向かい、そこから第二の街へと転移で移動したのですが……前に来た時よりかは活気というか、なんだか楽しげな雰囲気が感じ取れますね?
周りの住人たちに紛れる形で結構な数のプレイヤーも見かけますし、何かイベントでもあったのでしょうか?私はあまりフレンドに聞いたりネット調べたりはしていないためこの状況はわかりませんけど……とりあえず、周りの人に聞けばいいですね。
「すみません、今いいですか?」
「ん?って、【時空姫】!?」
私は近くにいたプレイヤーの男性へと声をかけるとそのような反応を返されましたが、特に気にせずにこの状況について聞いてみると、別に隠すことでないからか素直に教えてくれました。
なんでも、今この街には有名なサーカス団が来ているらしく、それの影響で街も賑やかになっているとのことでした。
ふむふむ、この世界にもサーカス団という存在はいるのですね?私は現実世界でも見たことがないですし、ちょっとだけ気になっちゃいます…!ちょうどこの街でやっているのなら、ソロさんのところに向かうのは後にして見に行ってみますか!特に急ぎの用でもないですしね!
そう決めた私は情報を教えてくれた男性プレイヤーに感謝を伝えた後、早速とばかりにそのサーカス団のいるという場所まで歩いていきます。
「さて、この世界のサーカス団はどんな感じなのでしょうか…」
「……!」
「キュッ!」
私の呟いた言葉にクリアとセレネもワクワクした様子で反応を返してきたので、二人も今から見に行くサーカス団には興味津々なようですね。
私自身もサーカス団とやらをこの目で見るのは初めてなので、ゲーム内とはいえ二人と同じで楽しみに感じます!今から見に行くつもりですけど、どんな感じなのでしょうね…!
「…ん、アレですかね?」
そうしてクリアとセレネを連れながら街を歩き続けること数十分。ついに歩いていた私たちの視界へと、サーカス団がいると思われる赤と白で構成された巨大な天幕が見えてきました。
サーカス団なんですし、あそこでパフォーマンスをしているのでしょうね。この街にあんなものはなかったと思いますが、天幕の形をしているのでおそらくは広めの場所に設置したのだとは思います。
まあそれはいいとして、ここから見てないで早く中に入ってパフォーマンスを見ることにしますか。クリアとセレネも興味津々なので、早速行きましょう!
「…おお、迫力満点ですね…!」
「……!」
「キュゥ!」
そして天幕の中に入って置いてあった観客席まで移動した私たちは、そこで披露されているパフォーマンスを見てそう呟きます。
ナイフによるジャグリングに空中を飛ぶかのような華麗なるアクロバット、調教されていると思しき狼や猫による様々な動物芸、マジシャンが繰り広げるまるで魔法の如き手品に加え、まさにピエロと呼べる姿をした男性による笑いと感動のコミックショーなど、実に様々な演目によって楽しむことが出来ました!
見ていたのはおよそ数十分くらいだったでしょうけど、それでもとても面白くてつい引き込まれてしまいました…!
「それでは最後に、どなたか前に来ていただけるでしょうか?」
そしてパフォーマンスも大詰めとなった頃合いに司会者らしき男性による声が聞こえ、ステージの上に立っている道化師が人を呼ぶかのようにこちらへと手を差し伸べてきます。
ふむ、どうやらこれは観客を混ぜたパフォーマンスということでしょうか?周りで見ていた人たちも手を上げて参加の意思を示していますし、私も上げてみますか!流石にこのたくさんの人の中で私が選ばれることはないとは思いますけど、一応は、ですけどね?
「…では、そこの白髪の狼人族のお嬢さん、前に来てください!」
おっと、まさか私が呼ばれるとは思いませんでした…!流石に無理かとは思ってましたが、呼ばれたのなら行かせてもらいますか!もちろん、クリアとセレネも連れて、ですよ!
「ではお嬢さん、お嬢さんには一緒にパフォーマンスをしてもらいます!」
なるほど、私もこの人とと一緒に何か演目をするということみたいですね?一体どんなことをするのでしょうか?ちょっとだけ不安になってしまいますが、私でも出来るものならよいのですけど…
「よし、お嬢さん、いきますよ!」
「はい!」
不安になっていた私へとこれからやって欲しいことをこっそりと伝えられたので、私は男性からの声にそのように返事をした後、早速男性と一緒に動き出します。
どうやら、私にやって欲しいのはマジックのお手伝いと観客を巻き込んだショーの簡単なサポートみたいだったため、私はそばにいるクリアとセレネと一緒に精一杯頑張ってお手伝いをさせてもらいますよ!
そこから私は、ステージの上で男性が演じるコメディやパントマイム、魔法を混ぜたショーなどに加わったり、披露される手品のタネを明かしたり一部を体験させてもらったりなど、実に色々なことをしているといつのまにか演目は終わりに近づいていたらしく、男性から感謝を言葉をかけられながら私はステージの上から元の席へと戻りました。
ふぅ、少しだけ緊張してしまいましたが、周りで見ていた観客の人たちからしても上手く出来たみたいですね!まさか私がパフォーマンスのお手伝いらしきものをすることになるとは思いませんでしたけど、これはこれで楽しかったのでよかったです!
クリアとセレネもとても楽しげに参加出来ていましたし、やはり参加出来たのはいい経験でしたね!初めてのサーカスで、尚且つパフォーマンスの協力という役目までいけたのですから、こんなに興奮してしまうのも仕方ありませんよ!
「これにて、パフォーマンスは終了とさせてもらいます!ここまでご鑑賞、ありがとうございました!」
それからすぐにパフォーマンスが終わり、司会者である男性の声と共にサーカス団の人たちがステージ上に集まり、ありがとうございました!と言って完全に終わったみたいです。
うーん、サーカスというものは初めて見ましたけど、これはなかなか良いものでしたね!現実世界ではすでにサーカス団というのは少なくなってきているみたいですけど、これを見てしまえば現実世界の方にも興味が湧いてしまいますね!
この世界でのサーカス団は魔法などを取り込んだ演目だったので迫力がありましたが、現実ではそうはならないと思えますがね。だとしても、興味が湧くのは当たり前ですよ!なんたって、今ここで見たパフォーマンスはとても面白かったのですから!
「…よし、サーカスのパフォーマンスも見終わりましたし、この辺でソロさんのところに向かいますか」
「……!」
「キュッ!」
クリアとセレネの二人も賛成するかのように反応を返してくれましたし、行きますか!ソロさんがいる図書館はこの街にありますし、時間はそんなにかからないですよね?まあ暗くなる前に行ければそれでいいですね。
「……してください!」
「ん…?」
そうしてサーカス団の天幕から出て歩き出そうとしたタイミングで、ふと何やら声が私の耳へと聞こえてきました。
声が聞こえてきたのは天幕の裏のようですけど、何かあったのでしょうか?聞こえてくる限りは揉めているような声には思えませんし、ちょっとだけ気になるので様子を見に行ってみますか。もしかしたら何かトラブルが起きた可能性もありますしね。
「お願いします!私も参加させてしてください!」
「うーん、そうは言われてもねぇ」
天幕の裏へと顔を出して確認をしてみると、なんとそこには銀色の髪をしたエルフらしき一人の女性プレイヤーと、先程の演目にて私と一緒に色々なことをしていた道化師の男性の二人が話し込んでいたところでした。
この様子を見るに、あの女性プレイヤーがサーカス団に入りたい、といった感じでしょうか?このサーカス団は住人たちで構成されているみたいですし、プレイヤーであるあの人が参加するのは厳しそうですけど、そこまでの意気込みは大いにあるみたいですね。
「まず、君の腕前を私は知らないし、知人でもないのだから、そう簡単に受け入れるわけにはいかないんだよ」
「…なら、実力を見せればいいんですね?」
そう女性プレイヤーが口にしたと思った次の瞬間、いきなり魔力を昂らせたのと同時にその女性プレイヤーが先程サーカス団がパフォーマンスでしていた手品を……いえ、アレとは違うように感じますね?ともかく、無数のカードを使ってなんらかの手品らしきものを披露しているのだけはわかります。
「ふむ、見たことのない手品だね?」
「…よくわからないですけど、凄いのだけは伝わってきますね…!」
「……!」
「キュゥ!」
それを見ていた正面の男性と、盗み見してちた私たちによる声を聞き、女性プレイヤーは自信たっぷりな様子で男性へと視線を送っています。というか、思わず声に出してしまったため、私たちが見ているのに気づかれてしまいましたね?
そのせいか、女性プレイヤーと道化師の男性は手招きしてくれたので、私はちょっぴり頬を赤くしながらそこに近づいていきます。ぬ、盗み見していてすみません…!
「とりあえず、実力があるのはわかった。なら、また明日のお昼にでもここに来てくれるかな?その時に、試しに一緒にやってみようか」
「はい!ありがとうございます!」
「それじゃ、私は行くから、また明日にね?」
そう言って道化師の男性は天幕から去っていくのを見送った女性プレイヤーは、続けて私へと視線を向けてきながら話しかけてきました。
「貴方は確か、【時空姫】だっけ?」
「一応、そう呼ばれてはいますね。それにしても、先程チラリと見させてもらいましたが、お姉さんの手品の腕前は凄いのですね!」
そうなのです。明らかにただの素人には見えませんし、その手品の腕前に自信を持つだけはあるみたいです。しかも、サーカス団の人からも実力を見込まれて一緒にしてくれるらしいですし、この人の手品はそれだけのもののようだとわかります。
あ、もしかしてリアルでも手品やマジックを生業としている人だったりするのでしょうか?それなら、ここまでの腕前を持つのにも納得が出来ますし、サーカス団に入りたいという気持ちを持つのにも理解が出来ますしね。
「これでも現実世界でマジシャンとして活躍させてもらっているからね、このくらいは余裕さ」
この女性はそう言ってますし、やはり私の予想は間違ってなかったみたいですね?マジシャンとして活躍しているということは、もしかすると現実でも聞いたことのある人だったりするかもしれませんね?まあそれはともかくとして、そんな人までこのゲームをしているだなんて、巷で大人気なゲームなだけはあるみたいです…!
「それじゃ、私はこの辺で行かせてもらうね?よければ、明日にもあるサーカスに来てくれないかい?」
「予定も特にないですし、是非とも行かせてもらいますね!」
「それならよかったよ。君みたいな可愛い子は大歓迎だからね?では、また明日に会おうね?」
「はい!また会いましょう!」
そんな言葉を残して女性は今いる天幕のすぐ外の辺りから歩いて去っていってしまったので、私はそれを見送った後、同様に歩き出します。
今の時刻はすでに五時半を超えているため、この時間は一度ログアウトをして現実世界に戻りますか。結局ソロさんに会いにいくことは出来ませんでしたが、それはまた次回に持ち越しですね。
急いでいるわけでもないですし、明日にはあの女性が参加するサーカスもあるのです。なので、ひとまず明日の予定はそれに行くことに決めて、その後に時間があればソロさんの元へ行きましょう!では、ログアウトをしましょうか…!




