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212話 暗殺

「おっと、させねぇぜ?」

「ひぃっ!」


 しかし、私の放った剣による鋭い一撃は、対面に座っていた男性がソファから飛び出して振るった短剣によって防がれてしまい、デラブブ子爵らしき人物の首を微かに掠めるくらいで阻止されてしまいました。


 むう、やはりこの人は私のことを警戒していたようで、いつでも飛び出せるように構えていたみたいですね?そしてそのせいで不意打ちは失敗してしまいましたし、ただのごろつきとは訳がちがうみたいです。


「き、貴様!メイド風情がワシを襲うとは!」

「…あの人、本当にバカなのですか?」

「…それは同感だが、それでも依頼主なんでね。お前さんはここで殺させてもらうぞ?」


 そんな喚いているデラブブ子爵をスルーしながら、護衛らしき暗殺者崩れの男性は短剣を構えつつ私へと襲いかかってきますが、私はそれを逆手に持った左手の短剣と右手の細剣で対応して行きます。


「くくく、お前さんはなかなかの実力者とみた。どうだ、俺たちの仲間にならないか?それだけの腕前だ、すぐに活躍は出来るとは思うが」

「お生憎様、私はその誘いにはのりませんよ!」


 私とその男性は互いに攻防を続けながらそう言葉を交わしていましたが、そこで暗殺者崩れらしき男性にそう誘われたのですけど、私はバッサリとそのお誘いを断ります。


 私は依頼としてここにきたのですし、どう考えてもそのお誘いに乗るはずがありません!この人を守るつもりなら、貴方にも容赦はしませんよ!


「ファントム!さっさとこいつを始末しろ!金ならいくらでもくれてやる!」

「依頼主がそう言うんで、悪いがお前さんはここでやらせてもらうぜ?」


 少しの間攻防を続けていた私たちでしたが、暗殺者崩れらしき男性はそう言って私を倒すために動くみたいです。その言動からはすでに私を倒せる気満々のようですけど、貴方の動きはここまでで行った攻防ですでに把握しています。なので、次の一撃で倒させてもらいますよ!時間をかけてしまえば逃げられたり人が集まったりもしそうなので、サクッと決めて見せます…!


「じゃあ、死ね!」

「その言葉、そっくりそのまま返させてもらいます!」


 先程までよりも素早い動きで私の背後へと回り込んできた、ファントムと呼ばれていた男性の攻撃をしゃがむことで避け、そこから振り向くの同時に動かすことでつけた勢いのまま、右手の細剣を立ち上がりながら振るいます。


 その攻撃はなんとか手に持つ短剣で咄嗟に防ぐことは出来たみたいですけど、それによって動きは止まり、攻撃に移ることも出来ていない様子です。では、これでおしまいとさせてもらいますよ!


「終わりですっ!」

「なっ…!?」


 私は逆手に持った左手の短剣を構え、細剣を防いだことで生まれた隙だらけの首元へと素早く振るい、そのままファントムの首を深く切り裂き、刎ねとばすことに成功します。


 よし、ある程度の実力があるとはいえ、暗殺者崩れだからなのか対して苦戦することもなく倒せましたね。これなら、前に戦った悪魔などの方が強いレベルですよ。…まあごろつきより少し上くらいのレベルである人と悪魔を比べるのは酷というものですか。


 なんにせよ、これで護衛はいなくなったのですし、しっかりと暗殺といきますよ!…姿をバッチリ見られているのは暗殺とは呼べない気もしますけど、目撃者を全て消せば同じものです!


「ま、まさか、ファントムがやられるだと…!?」


 デラブブ子爵は何やら驚いた様子でそのように声に出していますけど、私がこのくらいの相手に負けるとでも思ってたのでしょうか?あ、そういえば、今の私の姿はメイド服の見た目でしたね。それなら、ただのメイドだと思っているあの人から見れば驚いてしまうのでしょう。


 っと、それはいいとして、今はあの人の首を取らないとですね。暗殺者ギルドへと入った依頼なんですし、しっかりと完遂しなくてはいけないので!


「暗殺者ギルドのメンバーとして、貴方はここで始末させてもらいますよ!」

「あ、暗殺者ギルドだと…!?」


 私の言葉にデラブブ子爵はそう声に出して驚いていますけど、流石に暗殺者崩れに依頼を頼むだけはあって暗殺者ギルドの存在は知っているみたいですね?イザベラさんも知っていましたし、貴族の人たちはほとんど知っているという可能性はありますが。なんにせよ、それで自分が狙いだと気づいたのでしょうね。


「まさか、ワシを殺す気か!?」

「当たり前じゃないですか。貴方はそれだけの罪を犯したのですよ?なら、これは当然のことです」


 自分が暗殺対象となったことを把握したらしいデラブブ子爵は、怒りで赤くしていた顔を今度は恐怖によって青く染め、怯えているのが私の視界に映ります。そこまで死ぬのが怖いのなら、悪事なんてしなければこんなことにはならなかったのですけどね。


 そう思ってしまうのは私が第三者だからなのかもしれませんけど、根っからの悪人の気持ちは理解したいとは思いません。そのため、貴方を倒すのは確定事項なので、今のうちに懺悔でもしておけばよいですよ?


「終わりです。自身の行いを反省しながら、死んでください!」


 そう思いながら私は腰の抜けているデラブブ子爵の元へと歩み寄り、そのまま手に持つ細剣を振るうことで首を刎ね、しっかりとその命を刈り取りました。


 …さっきもそうでしたけど、やはり悪人とはいえ同じ人族をこの手で殺すのは少しだけ罪悪感を感じてしまいます。だとしても、悪いことをしていた人物なんですし、罪悪感を覚えたとしてもこの手を止めることはないですけどね。私がやらなくては、私の知っている人にも被害が及ぶかもしれないので。


「…これで私の仕事は終わりですけど、貴方はどうするのですか?」

「私か?そうだな……これは、どうすれば良いだろうか」


 私は依頼を完了したことを確認した後、先程から無言で私たちの行動を眺めていた青年にそう問いかけてみると、その青年からそのように返ってきました。


 ふむ、どうすればよいのか、ですか。私は暗殺者としてデラブブ子爵を始末しに来ましたが、その後についても、ましてや息子らしき貴方の扱いに関しても何も聞いていないので、私が何かを言えることはないのですよね。


「貴方はこの人の息子さん、ですよね?」

「ああ、そうだ。しかし、父上が悪事に手を染めていたとは知らなかったがな」


 私の言葉に自嘲気味に笑う青年ですが、この青年からは特に悪意や敵意、隠し事をしているようには感じないですし、この人は悪い人ではないのかもしれません。


 しかし、自分ではなく父親ではありますが、悪事を働いていたのは事実なのです。であれば、それ相応の罪に問われてしまうかもしれませんけど……ここは、私がナンテさんに口添えをさせてもらいますか。この人は、単に親に振り回されてしまった人のようですし、悪い人にも感じないですしね。


「では、一緒に来てもらえませんか?貴方のことは悪い人ではなかった、と口添えをしますので」

「…なら、お願いしても良いだろうか?」

「ふふ、任せてください!」


 デラブブ子爵は依頼の目的でもあるので始末しましたけど、それ以外には何も言われてないですし、デラブブ子爵の息子さんを連れて行くと決めたのは私の判断とはいえ、責められることはない……ですよね?


 この人自身が悪事を働いていたわけでもないので、重罪にならなければ良いですが……っと、それはともかくとして、騒ぎになる前にここを出ないとですね。とりあえず、この人を連れてナンテさんのところに……いえ、暗殺者ギルドでいいですね。あそこならこの人を匿うことも出来るでしょうし。


「それにしても、こうしてまじまじと見るとなかなか美しいな?どうだ、今度一緒にお茶でもしないか?」

「もう、今はそんなことを言っている場合ではありませんよ!急いで行くので、しっかりとついてきてくださいね!」

「くく、わかった。では、急ぐとするか」


 そうして私はメイド服姿のまま、デラブブ子爵の息子であるクリスさんと一緒にお屋敷内を駆け抜け、今はお屋敷から外に出て私の案内で暗殺者ギルドへと向かっているところです。


 さて、この人の扱いはどうなってしまうかは心配ですけど、おそらく死刑とまではいかないですよね?悪事を働いていたのはクリスさんの父親なんですし、私も口添えするのです。なら、扱いは酷くはならないはずです…!まあ未来をどうこう考えるよりも、まずはここから暗殺者ギルドへと向かいますけどね。


「…よし、着きましたよ」

「ここが、暗殺者たちの、ギルドか…」


 それからもクリスさんを連れて街中を駆け抜けること数十分。クリスさんの体力が尽きかけてきたタイミングで、やっと暗殺者ギルドの入り口へと到着しました。


 やはり貴族だからなのか体力に関してはあまりないようで、スピードをかなり緩めないと着いてこれなかったため少しだけ時間がかかってしまいましたが、問題なく着くことが出来たのでよしとしますか。それよりもまずは、クリスさんと暗殺依頼が完了したことを伝えなくては…!


「では、入りますよ!」

「ああ、了解した」


 私は後ろにクリスさんを連れながら、早速暗殺者ギルドの中へと扉を開けて入っていきます。暗殺依頼はナンテさんから直接受けましたが、ここを通してのものではあるはずなのでそのまま報告をするとしましょう。加えてクリスさんのことも、ですね。


 そう思考を巡らせつつも中に入って私たちでしたが、見渡したところ暗殺者ギルドの中には誰もいないようですけど、どうしましょうか?声に出して誰かを呼べば来てくれますかね?このまま待っていても時間の無駄ですし、そうしますか。


「すみませーん、誰かいますかー!?」

「はーい、今行きますー!」


 そして誰かいないかと声に出すと、すぐさま女性らしき声が返ってきたので、どうやら誰もいないというわけではなかったようでした。ちょっとだけ心配してしまいましたが、人がいるのならこのままここでナンテさんから受けた依頼の報告をしても良さそうですね?


「誰です…‥って、レアちゃんでしたか!」

「ルルさん、ご無沙汰してます」


 声が返ってきてから少しだけ待っていると、そのようか言葉と共に奥から茶髪で茶目をした明るそうな女性、ルルさんがこちらへと歩いてきました。


 ルルさんとは一度だけしか会ってませんけど、どうやら私のことを覚えていたらしく、ニコニコとして笑みを浮かべながら私へと声をかけてきました。これをみるに、この人は暗殺者ギルドのメンバーは全て覚えているのでしょうか?


 っと、それともかくとして、今はナンテさんからの依頼についての報告をしないとですね。ルルさんに伝えてもいいのかは悩んでしまいますけど、おそらく大丈夫なはずです。


「それで、レアちゃんがここに来たということは、暗殺依頼は完了したのかな?」

「はい、しっかりと暗殺をしてきましたよ。それで、そこでちょっとだけ面倒なことが起きたのですけど…」

「もしかして、そっちの青年についてかな?」


 まあ、わかりますよね。どこからどう見ても暗殺者とは思えるわけがありませんし、その見た目からも間違いなく貴族関係の人だと予想がつくのでその反応は当然です。


 なので、ルルさんが警戒心をあらわにしつつクリスさんのことを見つめているのは、仕方ありませんね。クリスさん自身も、自分の立場をわかっているのか大人しくしてますけど、その表情からは僅かな怯えが感じ取れます。


「うーん、それなら副マスターであるナンテさんなる伝えるのが良いかな?」


 流石にただのメンバーである私では判断が出来ないしね、と言って苦笑しているルルさんですけど、それはそうなりますよね。私は先にクリスさんを匿った方が良いと思ったのでここに来ましたけど、ここから先は上の立場である人から支持を受けて行動に移るのがベストだとは私も思います。


「やはり、そうなりますよね」

「だねー。とりあえず、この子に呼びにいかせるから、二人はあそこの部屋で待っていて?」


 そう言いながら口笛を吹いたルルさんでしたが、その瞬間に足元の影から一匹の黒い小鳥が現れました。


 …いきなり出てきたので驚きましたけど、もしかしてこの子はルルさんがテイムしている個体ですかね?それに呼びにいかせるとも言ってますし、この子はファンタジー世界でよくある伝書鳩みたいなものと見て良いのでしょうか?


「その子は?」

「この子は影丸って名前のシャドウバードで、私がこのギルド内の連絡として使う……いわゆる、伝書鳩みたいなものだね。今回は、この子に頼んでナンテさんを呼んできてもらうの」


 私の疑問に対してルルさんはそのように返してくれたので、やはり予想通り伝書鳩であっていたみたいです。なら、ナンテさんを呼ぶのはルルさんに任せるとして、私とクリスさんは先程ルルさんから待つように言われた部屋で待機することにしますか。


 依頼に関しては無事に完了していますけど、その人の息子さんを連れてきてしまっているのです。そのため、出来ることならこの人が悪いようにならないとよいのですが…

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