211話 暗殺依頼
「…よし、暗殺依頼までの時間はありますし、その間はエリア攻略にでもいきますか」
そうしてあの後はナンテさんから暗殺者対象である貴族、デラブブ子爵についてとその人がいるお屋敷の場所を聞き、依頼をするのは暗くなってからの方が良いので、私はナンテさんの家から出て時間を潰すことにしました。
依頼に関しては夜ご飯などを済ませてから開始することにして、今は私が口にした通りエリア攻略に向かおうとしているのです。今の時刻はまだ四時くらいですしね。
「とりあえず、暗殺依頼をするまでの時間は、リリムラ草原の東の森にあるという命脈の雫を手に入れるのを目標にしましょうか!クリアとセレネも、頼りにしてますよ!」
「……!」
「キュゥ!」
先程までいたナンテさんの家からこの街の広場へ向かいながら、私はクリアとセレネにそう声をかけます。
ナンテさんの家にいた時はほとんど空気となっていた二人ではありますが、ここからはモンスターが出てくるエリアを攻略しにいくのです。なので、二人の力も是非とも貸してもらいますよ!
しかも、今から行くのは一度だけしか行ったことのないエリアであるため、その先や目的の森がどうなっているかは不明です。そのため、警戒を怠らないようにしながら行かないとですね…!
一応リリムラ草原にいるモンスターについては、兄様からも聞いているうえに私自身の目でも確認はしていますし、一切知識がないわけでもないので大丈夫……ですよね?まあ今回の攻略にはクリアとセレネも一緒ですし、もし何かが起きたとしても問題はないはずです。
加えて前に聞いたミリアさんによれば、命脈の雫がある場所は今から行くリリムラ草原から東に進むとある森の中に湧き出ているとのことでしたし、質の良い上級ポーションを作りために手に入れに行きますよ!
「では、まずは転移ポイントまで移動して……よし、行きますか!」
「……!」
「キュッ!」
私は手始めに迷宮都市の広場からリリムラ草原の転移ポイントまで移動し、そのまま草原内を歩きながら命脈の雫がある森へと向かいます。
ひとまずは森を目指していますけど、おそらくは夜ご飯の時間までに命脈の雫の確保は難しいですよね?まあ今すぐに手に入れないといけないわけでもないですし、今回はそれがある森を確認しにいく、っという感じでいきますか。
「それにしても、鴉が鬱陶しいですね」
森に向かうためにクリアとセレネを連れて草原内を歩いているのですが、その道中で私は思わずそう言葉を漏らしてしまいます。
だって、仕方ないじゃないですか!この草原内にいる主なモンスターは兎と馬、そして鴉に狼などのようですけど、その中でもブラッククロウという名前の鴉は唯一空から襲ってくるタイプであり、以外にも素早くて相手をするのが面倒なのですよ…!
…まあ私たちは遠距離攻撃も出来るので苦戦したりしているわけではないですが、それでも面倒なことに変わりはありません。
ですが、その分として鴉の素材がたくさん集まっているため悪いことばかりではないですけどね。しかも、鴉からのドロップアイテムの中には肉や羽毛だけではなく、レアドロップらしき小ぶりの宝石も僅かに手に入れることが出来ており、それだけは少し意外でした。
「…だとしても、私のインベントリにはまだまだ宝石がありますし、鴉からの宝石は小さいのも合間って微妙ではありますが」
「……!」
「キュッ!」
クリアとセレネも私の言葉に賛同するように声に出していますが、二人からしてもレアドロップであるこの宝石類は微妙だとわかるようですね。
鴉についてはこれで良いとして、他にも出てくるモンスターは複数いるのですし、気をつけながら進まないとですね。
地上のモンスターの中では、草に紛れるような形で襲いかかってくるグラスウルフという狼モンスターもなかなかのものなので、空ばかりに意識を向けるにはいきません。現に、今も襲いかかってきてますしね。
「グルゥ…」
「全く、クリアとセレネがいるとはいえ、こうも数が多いと少々面倒ですね」
「……!」
「キュゥ!」
「ガァ!」
「ガルゥ!」
私は草から飛び出すようにして噛みつこうとしてきた草狼の軌道から僅かにズレることで攻撃を避け、そのまま隙だらけの後頭部へと左手に持つ短銃から弾丸を放ち、草狼の頭部を撃ち抜いてポリゴンへと変化させます。
そんな私を見た仲間である二体の草狼も、続けて私へとほぼ同時に飛びかかってきたため、それを見た私は自身へと〈第一の時〉を撃ち込むことで動きを加速させ、加速した動きで後方に一歩下がることで二体の草狼による攻撃は宙を切ります。
「隙だらけですよ?ふっ!」
もちろん私がその隙を見逃すはずがなく、そのまま二体の草狼の頭部へとすぐさま右手の長銃を構え、連続してトリガーを引くことで弾丸を放ち、それらは見事に草狼の頭部を撃ち抜くことで最初の個体の後に続くようにポリゴンへと変わっていきました。
「さて、こちらは片付きましたが、二人の方は…」
私が倒した三体の草狼以外にも仲間の草狼はいましたが、そちらは私の肩から降りて狼へと変身をしたクリアと、それのすぐ後ろに控えながらサポートをしていたセレネの二人によって問題なく倒すことに成功していたみたいです。
やはり二人の実力はかなりのものようで、これくらいの敵なら複数相手でもぜんぜん余裕らしいですね?
クリアは変身能力で近接戦闘をこなしつつ身体の一部を変えて棘や魔法などを。対してセレネは多数の魔法による攻撃をするようで、良い感じにポジションがバラけていて協力もやりやすいのかもしれません。
「クリアとセレネも、お疲れ様です」
「……!」
「キュゥ!」
私のかけた言葉に二人は嬉しそうにしながら反応を返してくれた後、再び定位置の肩と首元へと移動してきたので、私は二人の頭を優しく撫でてからまたもや草原内を歩き出します。
二人の力があればこのくらいのモンスターは楽に倒せるみたいですし、この調子で森を目指して行きますか!まあ時間も時間なので森に入ることが出来るのはまた今度になるでしょうけど、一応この目では見ておきたいので早めに行かないとですね…!
「…よし、では早速暗殺依頼をしないとですね!」
あの後は無事に森の入り口へと辿り着いたのですけど、そこには転移ポイントがあったのでそれを解放したら時間もいい具合だったため、迷宮都市に戻ってログアウトをしてきました。
そして現実世界で夜ご飯やお風呂に洗濯など、その他諸々を全て片付けたらすでに時刻は八時近くになっていました。今日はナンテさんから頼まれた暗殺依頼を済ませるため夜にログインしてきましたが、ここから先は暗殺者として動くため、クリアとセレネの二人は呼んでいません。
二人がいては私の正体がバレてしまう可能性がありますし、どうしても連れて行くことは出来ませんからね。
「マップにはきちんと場所が記されていますし、早速向かいましょうか!」
私はそう呟きつつ、一旦人気のない裏路地でゴスロリ装備から暗殺者装備である黒姫の衣装と黒蝶の涙に変更した後、同時に黒姫の羽衣も纏って姿を隠しながら目的の貴族がいるお屋敷へと足を動かします。
さて、暗殺対象であるデラブブ子爵はナンテさんから聞いたところによると、どうやらとある貴族……まあぶっちゃけちゃうと、イザベラさんですね。そのイザベラさんを誘拐するように暗殺者崩れに依頼をしたようで、それを阻止されたことによって暗殺対象となったらしいのです。
貴族のくせに誘拐をしようとするなんて、全く、なんて度し難い人なんでしょうね。目的に関してはわかりませんけど、どうせ碌でもない理由だとは想像がつきます。なんたって、イザベラさんはかなりの美少女ですからね!
それに私はイザベラさんと交友関係がありますし、この依頼を受けたのですから一切の躊躇いはしませんよ!まさに、悪・即・斬、ですね!
「…ここ、ですか」
そんな思考をしながらも人気のないところを歩いて暗殺対象のいるお屋敷のそばまで来た私でしたが、一度近くの建物の屋上へと移動してからお屋敷を眺めつつそう呟きます。
私が見下ろしているお屋敷は、やはり貴族だからなのかかなり豪勢であり、明らかに過剰なほどに装飾が施されているのが見て取れます。というか、位の高いイザベラさんなどのお屋敷と比べても豪勢であるので、少しだけ目がチカチカしてしまいそうです。
ここまで飾り付けなくても良いとは思いますけど、暗殺対象である貴族がそれだけ見栄を張っているということなのでしょうね。まあ何はともあれ、さっさと侵入して暗殺を済ませてくるとしますか。
「…とりあえず、塀を越えていけばバレませんよね?」
私の装備している黒姫の衣装についている"黒姫の足"という能力で壁や天井を歩くことが出来るので、それが一番最適なはずです。では、早速忍び込ませてもらいますか…!狙いであるデラブブ子爵は、ナンテさんによると金髪青目をして宝石や金銀で飾り付けている太った男性のようですし、一目見ればすぐにわかるはずです。
暗殺依頼はその人だけなので、もし護衛などがいた場合はどうしましょうか?一度話してみて、それで納得してくれなかったのなら、申し訳ないですけど倒させてもらうという感じで行くとしましょうか。
そのような思考を巡らせながら、私は塀を乗り越えてからお屋敷内に侵入した後に天井を歩いて目的の人物を探していますが、お屋敷内は結構な広さなのも合間ってそう簡単には見つけることは出来ていません。
うーむ、このままお屋敷内を歩いて探っていても時間がかかりそうですが、誰かに聞くことも出来ないので、これは時間をかけて探るしかなさそうですね…?
そう悩みつつも天井をテクテクと歩きながらデラブブ子爵らしき人物を探っていた私でしたが、二階へと移ってからも探ること数十分。ふと一人の男性に目がつきました。
その男性とは、このお屋敷には違和感がありまくる黒色の暗殺者のような姿をした人であり、明らかに貴族に関わってくる人には見えません。そのため、あの人が間違いなくイザベラさんを誘拐するためにデラブブ子爵が依頼を頼んだ、暗殺者崩れの人なのでしょうね。
なら、その人の跡をつければ暗殺対象であるデラブブ子爵を見つけられそうですね?では、このまま気配を殺しつつついていくことにしますか…!
「むむ、とある部屋に入っていきましたね!」
私はそこからも暗殺者崩れらしき男性を天井を伝ってこっそりと尾行していたのですが、今私が口にした通り一つの部屋へと入ってしまいました。
私の持つ感知系のスキルには中から複数の反応がありますし、間違いなくこの部屋にいるのが私の狙いであるデラブブ子爵と暗殺者崩れの人たちなのでしょうね。流石にここで扉を開けてしまえばバレるに決まってますし、ひとまずはここで中の様子を伺いながら忍び込むタイミングを見計いますか。
「…ん、出てきましたね」
そうして部屋の近くで息を潜めながら待機していると、先程入っていった男性が出てきたと思ったらすぐさまこの場を去っていったので、私は一度服装をナンテさんからもらったメイド服に変えた後、そのまま扉をノックして中に入ります。
この装備はダンスパーティ用にナンテさんからもらったものですけど、今の状況ならこの姿がベストなので使わせてもらっています。別にそこ以外で使ってはいけないということでもないですしね。それに、この姿なら違和感なく侵入も出来るので!
「メイドか。何用だ?」
「…あんな美少女メイド、うちにいたか?」
「お茶をお持ちしました」
中に入るとわかりましたが、この部屋には三人の人がいたみたいです。左のソファには二人がおり、その対面には暗殺者らしき男性が一人で座っています。
左のソファに座っている全身を宝石や金銀で飾り付けている太った男性は特に違和感には気づいてはいないみたいですけど、その隣に座っていた息子らしき金髪青目の青年は私を見て訝しんでいるみたいなので、余計なことをしてしまえばバレてしまうかもしれませんね?
加えて、その対面に座っている男性からもジッと見つめられているため、ちょっとだけ緊張してしまいますが、暗殺を成功させるためにきちんとメイドのフリをさせてもらいますよ!
そしてそのままトコトコとテーブルへと近づき、暗殺対象であるデラブブ子爵らしき人物が剣の間合いに入った瞬間。剣の状態に変えた双銃を手元に取り出し、一気に首元を狙って振るいます!




