206話 対策
「くっ、やられっぱなしではいかんぞ!」
「遅いです!〈第三の時〉!」
遅延効果が発揮しているおかげで、自慢のスピードを活かせていないグラッジさんからの大剣による薙ぎ払いを私は姿勢を低くすることで避け、続けて振るわれた縦斬りも半歩ズレることで余裕げに回避し、反撃として右手の肘あたりへと攻撃系の武技を放ちます。
やはり与えている遅延効果に加えて私のスピードが上がっているおかげで、跳んでくる攻撃への対処は簡単に出来ますね?ですが、油断は最後までしませんよ!先程はそれのせいでやられたのですし、もうあんなことが起きないように警戒は強めます!
「ちっ!動きが素早くて対処が難しいな!」
「さあ、このまま倒れてください!」
そこからもグラッジさんからの攻撃をフェイントを混ぜた不規則な動きによって紙一重で避けながら全身を狙って攻撃を加えていた私でしたが、ユニークモンスターであり、尚且つアンデッド系のモンスターでもあるグラッジさんだとしても、流石に左手首と同時に右の肘、さらには全身の関節などを切り裂かれてしまえば回復が遅れるらしく、回避や攻撃などの動きの精度が目に見えて下がったのがわかります。
…この調子なら問題なく倒すことは出来るかもしれませんけど、この白色の地面による強化がいつまで持つかもわかりませんし、グラッジさんの強化の効果時間の長さもわかりません。なので、早めに倒すまでにはいきたいですね。関節を狙っているため私による攻撃はいい具合に効いていますが、それでもグラッジさんのHPはいまだに三割近くなため、少しも油断は出来ません…!
「が、我はここでやられるわけにはいかぬのだ!〈反射する憎悪の剣〉!」
「…っ!攻撃が…!?」
そうして攻撃を繰り返していると、グラッジさんが何やらスキルを発動させたと思ったその直後、グラッジさんの振るってきた大剣による攻撃が横合いから凄まじい勢いで私に向けて迫ってきました。
そのため、私は加速した状態を活かして咄嗟に身体を限界まで後ろに逸らすことで回避しましたが、そこに立て続けに漆黒色の大剣が振り下ろされたので、一旦そちらも加速した状態のまま後方に跳ぶことでなんとか当たらずにすみました。
「ちっ、避けられたか!」
「危なかったです…!加速効果がなければやられていたかもしれませんね…!」
いきなりで驚きましたし、遅延効果があるにも関わらず速すぎたので、先程使用したスキルが何か悪さをしているのでしょうね?名前からしてカウンター系だとは推測出来ますけど……もしかして、受けたダメージ分を攻撃力に乗せる物、とかですかね?
グラッジさんは自身のことを"怨魂"と言ってましたし、この予想は的外れではないはずです。怨魂とは、深い恨みを抱いたまま非業の死を遂げた死者の霊を指す言葉であるため、それに関係してそのようなスキルなのかもしれませんね?
加えて、少し前に使っていた〈刻み込む復讐の怨霊〉や〈呪怨叛逆〉とやらも、これを見るに受けたダメージによって能力を強化する物だった可能性がありそうです。そうだとしたら、あれほどまでの強さには納得出来ますしね。
なんにせよ、グラッジさんのスキルにはまだ引き出しはありそうと感じますし、他にも使われる前に倒すのを目指しますか!というか、カウンター系だとするなら、もしかするとHPを吸収する効果が主の〈第十三の時〉なら反撃を喰らわずに済みそうですね?なら、一度試してみますか…!
「まずは、〈第一の時〉!では、ここで倒すためにいかせてもらいますっ!」
「ふん、やれるものならやってみろ!」
そう次の動き方を瞬時に決めた私は、手始めに〈第一の時〉で動きを加速させた後、そのままグラッジさんへと加速した状態のまま駆け出していきます。
再生はまだ完了していないみたいですし、狙うなら左側の方からですね!そこなら左手首がないせいで反撃をするにも僅かな遅延がありますし、狙い目でしょう…!
「ふん!」
「遅いです!」
攻撃をするべく近づいてきた私に対して、グラッジさんは遅くなった動きのまま漆黒色の大剣を横薙ぎに振るってきたため、私は空中に跳び上がることでそれを難なく躱すことに成功します。
今もまだ遅延効果が残っているみたいなので、回避については結構余裕みたいですね?なら、その効果が切れる前にさらなる攻撃を加えていきますよ!
「ちっ!動きが鈍いな…!」
「戻ってしまう前に倒させてもらいますよ!〈第十三の時〉!」
続けてその状態のまま空中で身体を捻って勢いをつけ、そこからHP吸収効果を持つユニークスキルの攻撃を首狙い……と見せかけてから、本命である大剣を持っている右手首へと放ちます。
その攻撃はフェイントを混ぜて放ったのに加え、動きが鈍くなっている状態では捌けなかったようで見事に命中し、その効果を遺憾無く発揮してグラッジさんのHPを吸収することが出来ました。
が、このスキルに関してはHP吸収効果以外の直接的なダメージを与えることは出来なかったようで、切断することも出来ず、そのうえ普通に攻撃するよりかは与えたダメージは低めみたいですね?しかし、これを見る限り関節ではなく鎧部分にも力を発揮すると感じますし、ここからはこの武技を多用して攻めるとしますか!
カウンター対策の攻撃ではありますけど、果たしてそちらはどうなんでしょうかね?
「このままやられはしないぞ!〈反射する憎悪の剣〉!」
そんな思考を巡らせつつも、次々と跳んでくるグラッジさんによる大剣の攻撃を〈第一の時〉で加速した状態を保ちつつ、ゆらりとした不規則な動きを活かして捌きながら反撃の〈第十三の時〉を全身へと与えていましたが、グラッジさんはその状況をみて何やら叫んだと思ったその直後。
再びスキルによる袈裟斬りが私目掛けて振るわれます。が、今回の攻撃は先程よりも力強さも、速さも、正確さも劣っているようで、フェイントを混ぜつつ半歩ズレることで容易に回避することに成功します。
明らかに先程とは比べ物にならないくらい弱めな攻撃のようですし、やはり私の考えた通りHP吸収効果のみではカウンター系のスキルにダメージは乗らないみたいですね?
「ちっ!カウンターに乗らないだと…!?」
「思ってた通り、これなら戦いやすいです!」
グラッジさんも思わずと言った様子でそう声に出していますし、カウンター対策にはこれがピッタリのようです!であれば、基本は〈第十三の時〉でHPを削っていき、隙が生まれた時には弱点であろう首を狙って攻撃することにしましょうか!
ということなので、ここからは貴方の攻撃は強くなりません!今度こそ、その首を取らせてもらいますよ…!もちろん、隙が生まれれば関節も、ですけどね!
「〈第一の時〉、〈第零・第十一の時〉、そして〈第六の時〉!さあ、いきますよ!」
そうして〈第一の時〉による加速に加えて〈第零・第十一の時〉も同時に使用することで、今の私に出来る最大限の加速効果を発動させました。
しかも、詳しくはわかりませんけど今は白色に染まった地面の影響によってスキルの効果が上がっているので、これらを同時に使用すれば一気に戦況を変えられるはずです!加速した動きも何故か自然とコントロール出来るので、スキルが強化されているこの状態は活かさせてもらいますよ…!
「〈第十三の時〉!」
「くっ、動きが…!?」
私は白色の地面の影響によってこれまでにないくらいに生まれたスピードのまま、まさに辻斬りの如くグラッジさんのすぐ脇をすり抜けながら武技をガラ空きの横腹に放ちましたが、流石のグラッジさんでも今の私の速度には到底追いつかないようで、反撃に移ることも出来ずにHPを吸い取られています。
「まだまだいきます!〈第二の時〉!」
続けて加速したまま背後からグラッジさんへと踏み込み、右足の膝の裏を狙って遅延効果付きの攻撃を放ちます。すると、それも最初の一撃と同様に躱すことが出来なかったらしく、膝の裏を深く切り裂かれたことで思わず膝をついているのが確認出来ました。
よし、遅延効果もきちんと発動しているみたいですし、一時的とはいえ動きも止められたのです!なら、ここで立て続けに攻めさせてもらいますよ!
「〈第零・第十二の時〉!」
「なっ…!?」
私は今が最大のチャンスと見て、そこに切り札の一つである対象の動く時間を十秒狂わせる効果を持つ武技をグラッジさんの左腕の肘へと放ちます。
すると、その攻撃で左腕が上手く機能しなくなったのに加えて、ユニークスキルの武技によってグラッジさんの動きは明らかにおかしくなっています。
…よし、ここで決めるとしますか!ここまでグラッジさんが不利な状態にしてしまえば、流石に躱されることも防がれるも出来ないですよね?それなら、ここで終わらせてもらいますよ!
「ここで決めさせてもらいます!〈第九の時〉!」
そして私はこの戦闘中に受けたダメージの全てを与える効果を持つ武技を発動させながら、グラッジさんの首元へと背後から黒十字剣クルスを振るうと、やはり躱されることもなくしっかりと首元へと剣が迫り、そのまま一気に切断します。
「よし!決まりましたね!」
様々な要因もあったおかげで、グラッジさんの首を切り落とすことに見事成功しました!しかも、それによって残っていたHPも全て削り切ることが出来たようなので、グラッジさんの討伐は無事に完了したとみて良さそうです。
そしてそれによって先程までの白色の地面もいつのまにか消えており、今は通常通り土が見える地面となっていますが、あれは本当になんだったのですかね?まあ悪いことではなかったのでいいですけど、少しだけ気になってしまいます。
「き、切られた、だと…!?」
そう思考を巡らせていた私でしたが、切り飛ばされて地面に落ちていたグラッジさんの頭がそのように声を出したのを聞き、私はそちらに意識を向けます。
するとそこには、頭を切り落とされたのにも関わらずポリゴンとならずに生きているらしいグラッジさんが存在していました。やはりアンデッド系のモンスターだから首を切られてもいまだに生きているのですかね?あるいは種族がデュラハンということでしたし、首は弱点ではなかったのかもしれません。
…なら、ここはきちんと止めを刺しておかなくてはいけませんね。このまま放置して、もし再生でもされてしまえばここまで追い詰めたのが無駄になりますし、確実に倒さなくて…!
「貴様ぁ!貴様のせいでぇ!」
「貴方がここを襲ってきたのが悪いのですよ?反省して、やられてください!」
どう考えても私たちのいる街に侵攻してきたグラッジさんが悪いのですし、悔い改めてここで倒されてください!なんだか私への殺気を激しく昂らせていますけど、全て自業自得です!
私はそう言いながら頭だけとなっているグラッジさんの元へと近づき、そのまま手に持つ黒十字剣クルスを頭上に構えた後……振り下ろします。
「我は、ここでやられるわけにはいかぬのだ!」
が、その瞬間にグラッジさんが何やら口にしたと思ったら、いきなり頭から黒色の魔力が迸ることで剣を弾かれ、頭を切り裂くには至りませんでした。
ちっ、まだ完全には死んでなかったせいで抵抗をされてしまいましたか…!しかもあの魔力、かなりの勢いで溢れてきているせいで後方へと弾かれてしまい、トドメを刺すことが出来ませんでした…!これは、何をするつもりでしょうか…?
「我が肉体よ、迸れ!」
「むっ、頭から身体が…!?」
距離が空いたせいで全体の状況を把握出来ているのですけど、私が今口にした通り、グラッジさんの頭から何やら溢れていた黒色の魔力がそのまま頭を包み込むように集まっていき、徐々に身体を構成していっているのです。
これはもしかして、他のゲームなどでもよくあるボスの形態変化、とかですかね…?明らかに先程までの鎧姿とは違ってますし、この予測はあながち間違ってはいなさそうです。…というか、これ以上戦うことになってしまえば流石に辛いのですが…?ここまでの戦闘によって結構な疲れもありますし、私だけではキツそうです…!
「…この姿にまでなってしまったか。だが、まあいい。このままでは不利なようなので、ここで去らせてもらうぞ!」
「むっ、逃げる気ですか!?」
そうして最終的に全長四メートルの巨大なゴースト型の姿になったグラッジさんは、何やらそう口にしながらこの場から逃げようとしたので、私は咄嗟に〈第一の時〉で加速しながら剣を構え、グラッジさんへと加速した状態で肉薄していきます。
が、先程の黒色の魔力によって距離を取られてしまったため、その動きを阻止するには間に合わなそうです。くっ、このままでは逃げられてしまいますが、私にはどうしても阻止出来ません…!いったいどうすれば…!
「ん、今がチャンス!」
ゴーストへと変貌を遂げたグラッジさんに向けて駆け出していた私の背に、息を潜めてチャンスを伺っていたらしいメイジーさんの声が突如聞こえたと思ったその直後。グラッジさんへとメイジーさんが何かを投げたのが確認出来ました。




