184話 堕ちた神官
「…ここ、みたいですね」
「…廃墟、か?」
そうして皆で情報の整理をしつつ歩き続け、ついにマップに記されていたアジトの前に着いた私たちでしたが、そこにはかなり大きめな廃墟と化した屋敷が広がっていました。
このお屋敷がある場所は城壁の近くであるからか、空から差し込む日差しがないため結構暗く、ホラーチックな雰囲気を醸し出しています。
うーむ、明らかに怪しげなお屋敷であり、雰囲気もそれらしいのでここに【堕ちた神官】がいるのは間違いなさそうですけど、少しだけお化けとかが出てきそうで怖くなりますね…?
「…明らかにここが怪しいね?」
「ですね。それに中から人の気配もしますし、ここで間違いなさそうです」
ここのお屋敷には門番はいませんが、私が建物の中から感じる人の気配は一人や二人ではなく無数にいるとわかるので、まだ撤収したりはしていないみたいです。
ということは、ここに【堕ちた神官】がいるのは確実のようですし、このまま突撃して捕えに動きましょうか?いや、それでは逃げられる可能性もありますし、もう少し作戦を練ったほうがよいですね。
「…どうやって侵入する?」
「うーん、どうしましょうか…?」
作戦を練ったほうがよいとはわかりますが、私はともかくクオンたちは気配や魔力を隠すスキルも装備もないですし、どうやってここに侵入するのがよいですかね…?
私一人なら暗殺者装備を使えば楽に侵入出来ますが、暗殺者となっているのがクオンたちにバレるうえに隠している意味がなくなるのでそれは控えたいので、どうしたものか…
「それなら、ここは私の出番ですね」
そう悩んでいた私たちでしたが、そのタイミングであげたアルマさんの声を聞いて私たちはそちらに視線を向けます。
アルマさんは自分の出番と言ってますが、何かここで役に立てる事があるのでしょうか?あ、もしかして悪魔としての能力だったり?アルマさんは悪魔らしいので、いまここで役に立てる能力があるためそれを使ってくれるとかですか?
「私の扱う闇に隠れる能力ならバレずに侵入出来るとは思いますし、この場面では役に立てると思います」
ふむふむ、アルマさんは闇に隠れる能力を持っているのですね。その能力は悪魔だからこそ使えるのでしょうけど、確かに今の場面ではかなりピッタリですし、ここはその力を貸してもらうことにしますか!
「では、お願いしてもいいですか?」
「任せてください」
そうお願いした私でしたが、それに対してアルマさんは早速その能力を使用するのか、構えた指先に魔力のようなものが集まり出します。
「覆い隠せ、〈闇影の膜〉」
そして能力が発動し、私たち全員の身体に文字通り闇のような漆黒の膜のようなものが纏わりつき、その効果が発揮されました。
…この能力、かなりのものですね?私の持つ【気配感知】と【魔力感知】の二つのスキルにはクオンたちの気配などを一切感じませんし、こうして視界に捉えていても少し目を逸らすだけでそこにいるかも怪しく感じます。
これを見るに、アルマさんの発動させたこの能力は隠蔽スキルとしてはとても強力なものだとわかります。これなら、今からこのお屋敷に侵入してもそうバレることはなさそうですね…!
「…よし、能力は無事に発動しました。効果時間は一時間なので、気をつけてくださいね」
「アルマさん、ありがとうございます。…では皆さん、ここからは気をつけて侵入しましょう!」
『おう!』
そんな言葉と共に私たちはお屋敷の中へと入るために目の前の門を押し開けて中に入りますが、門には特に鍵もかかってなかったので問題なく侵入出来ました。
ここからはすでに敵のアジトなんですし、気をつけて行きましょう…!もしバレて派手に戦闘を開始してしまえばその間に幹部である【堕ちた神官】に逃げられる可能性がありますし、慎重に行動しないとですね。
「…ひとまず、ここからは二人のペアになって探索していかないか?」
そんな思考をしつつも歩き続けてお屋敷の前まで着いた私たちでしたが、そのタイミングでクオンから小声でそう提案をされました。
確かに、この六人全員で固まっていては動きずらいうえバレる可能性も高いですね。なら、クオンのその提案は採用としますか。
それに今は戦闘がメインではなく調査が主ですし、情報を集めるためにばらけたほうが効率もよいですね。
「…そうですね、そうしましょうか」
「よし、なら俺はメアと組むな」
「じゃあ俺はライトとだな!」
「なら、私はレアさんと、ですね」
効率もそうですけど、戦闘が起こる可能性もあるため前衛と後衛で分かれるようにペアを組んだ私たちでしたが、これなら戦闘になったとしてもそう簡単にはやられないですよね?
とりあえずペアはこれでいいですし、このままこのお屋敷の中を調べるとしましょうか。
「…では、私たちはまず二階の調査に行ってきますね」
「おう、なら俺たちは一階を調べてみるな」
「それなら、俺らは地下でも調べてくるか!」
そうしてこっそりとお屋敷の扉を開けて中に侵入した私たちは、お互いにそう言葉を交わして行く場所を決めた後に早速調査に動きます。
私とアルマさんのペアは二階に行くつもりなので、何かあれば良いですね。
ここには幹部である【堕ちた神官】がいるのですし、邪命教の目的についてとそれを率いているボスに関しての情報を掴めればよいのですが…
「っと、アルマさん、気をつけてください。二階には結構な数の構成員がいるみたいです」
「わかりました」
そうした思考をしつつもお屋敷に入ってすぐのロビーに会った階段を登って二階へと来た私とアルマさんは、早速構成員らしき黒ローブの人影を複数見つけました。
しかしアルマさんの使ってくれた隠蔽能力によって今のところはバレていないみたいですし、隠れつつ部屋などで情報を調べていきましょうか。
というか、隠れているとはいえすれ違ってもバレないなんて、アルマさんには感謝してもしきれませんね。
「レアさん、あの人、怪しくないですか?」
「ん、どの人です?」
「あれです」
そのようなことを考えつつもコソコソと隠れながら二階を進んでいた私たちでしたが、そこでふとアルマさんが一人の人影に指先を向けたので、私はアルマさんに示された人物へと視線を向けます。
すると、その人は何故か周りの構成員とは違って黒ローブではなく白衣を着ており、黒ローブの人たちよりも偉そうなのでアルマさんが怪しいというのにも納得です。
ふむ……ここにいるであろう【堕ちた神官】はモンスターに対して何らかの実験をしているみたいなので、それの手伝いをしている人、ですかね?
それなら白衣を着ているのにも、周りの構成員とは違って上の立場のように見えるのにも合点がいきますが…
「…あの人、確かに怪しいですね」
「ですよね?あの人の後を追いかけてみませんか?」
「確かにそれがよいかもしれませんね。では、後をつけていきますか」
そう決めた私たちは、時折すれ違う構成員にバレないように隠れつつ白衣の人の後をつけていきますが、その白衣の人は一つの部屋へと入っていきました。
あそこが目的地のようですし、私たちも入って行きたいですが……流石に隠蔽効果が付与されていても扉を開けてしまえばバレますよね。
「安心してください、レアさん。このくらいの扉ならバレることはないはずです」
「あ、そうですか?なら、その言葉を信用しますよ!」
どうやらアルマさんの発動させた隠蔽効果はこのくらいならバレることもないようですし、少しだけ心配な要素はありますけど、この隠蔽効果を信用して入るとしましょうか…!
「…なに?もう一度言ってくれないかい?」
「はい。先程【悪逆】様がとある異邦人の手によって捕らえられたのです」
私たちは慎重に扉を開けて中へと入りましたが、その部屋の先にはモンスターの死骸や素材、怪しげなポーションなどの薬類に無数の紙の束といったものが手当たり次第に置かれており、明らかに怪しげなことをやっています、とでもいうかの如き実験場のような空間となっていました。
そして今はその空間内の奥に存在する、テーブルを挟んで座っている金髪青目をした優男のような人物に向けて先程見かけた白衣の人が何かを報告しているところだったのです。
そのうえアルマさんも自信満々に言っていた通り、部屋の扉をあげても全く気づかれていないようで、白衣の人と優男の人が話している言葉をしっかりと聞く事が出来ていますし、このまま話に聞き耳を立てていましょうか。
「ふむ……まあいつかはそうなるとは思ってたので、それはいいですね。それよりも、ここから撤収する用意は出来ているのですか?」
む、撤収準備ですと…?なるほど、やはりこのお屋敷にいる邪命教の人たちはここを去るところだったのですか。
ライトさんが住人の方から聞いたように、この人たちもそれを知られているとわかっていたから撤収準備に移ったのでしょう。だとすると、すぐにここに来たのは正解だったみたいですね。
「そちらも問題ありません。ただいま皆で引き揚げ準備をしているため、もう少しで終わるはずです」
「それはなりよりです。では、貴方は準備に戻りなさい」
「はっ」
その言葉を聞いた白衣の人はそばにいた私たちに気づく様子もなく部屋を出ていったので、今この部屋にいるのは私とアルマさん、そして報告を受けていた優男のみです。
なら、ちょうどいいのでこのまま気配を殺しつつ優男に近づいて捕らえるとしますか!この人は【堕ちた神官】の可能性が高いですし、もし違ったとしても重要な立場にいる人であるのは間違いないので、捕らえれば情報を聞き出せるとは思いますしね!
「ふぅ…全く、面倒なものですね」
「なら、何故そんなことをしているのですか?」
何やら呟きつつ伸びをした優男の背後から後頭部に銃口を突きつけてそう聞いてみた私でしたが、優男は急に現れた私に対してわずかに驚いた様子を見せつつも、特に怖がる様子もなく淡々と言葉を返してきました。
「ふん、そんなもの、私を認めないからですよ」
「認めない、ですか?」
「ええ、私の力を使えばモンスターなど恐るるに足りないのにも関わらず、こうして教会から追放したのです。それに比べてここは私を認めてくれますし、こうして研究もさせてくれてます。なら、私がこうしているのも当然でしょう?」
優男はそれが当然とばかりにそう述べますが、私はそれに少しだけ視線を鋭くさせてしまいます。
この人はモンスターを対象に実験をしており、それによって教会を追放されたということみたいですが、それは当然だとは思いますよ?
普通に考えて、モンスターだからといってそんな非人道的な行動を教会が許すはずがないですし、単なる自業自得だとは私は思います。加えてその力を悪として振る舞いもしているのです。なら、こうなることもわかっていたのではないのでしょうか?
この人は私に銃口を突きつけられている今になっても反省の念が感じ取れませんし、明らかになるべくしてなったと言えるでしょう。
「…邪命教のボス、そして目的はなんなのですか」
「ふっ、そんなこと私が言うはずがないでしょう?それよりも、まさかここまで侵入してくるとは思いませんでしたよ。全く、あいつらは無能なんですから」
むう、やはりそう簡単に教えてくれるわけがないですか。しかも銃口を突きつけられているにも関わらず愚痴をこぼしているので、この人はかなり肝が据わっていますね?
この余裕っぷりはどこから出てくるのでしょうか?それだけ私よりも強いのか……いえ、それはあり得ませんね。私たちが近づいてくるのにも気づけていませんでしたし、実力に関してはそこまで高くはないはずです。
「…随分と余裕ですね?」
その反応を見てアルマさんも殺気が混ざった刺すような視線を向けつつそう口にしますが、優男はそれを聞いても特に慌てることもなく返事を返します。
「そりゃあ余裕ですよ。私は幹部の一人なんですよ?侵入者対策くらいしてるに決まっているじゃないですか」
「っ!アルマさん!天井から何かきます!」
その言葉を合図に、突如部屋の天井付近から魔力の反応と殺気を感じた私は咄嗟にそう叫んだ後、優男から距離を取るのと同時に突きつけていた短銃から弾丸を放ちましたが、それは天井から落ちてきた黒色の岩のようなものによって防がれてしまいました。
ちっ!あそこまでの余裕っぷりはこれが隠されていたからみたいですね…!この反応からして間違いなくモンスターであるはずですし、これがこの人の防衛手段だったみたいです…!
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ブラックゴーレム ランク C
山などの鉱石がある場所で生まれる自然型のゴーレム……のはずが、何者かによって闇の力に染められたことで特殊な種族となっている。
本来は硬質化している身体で戦うモンスターだが、この個体は数多の獲物を殺し、闇に染められたことによって闇の力も操るようになった。
状態:正常
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鑑定結果を見ても、前にも何度か遭遇した闇に染まったモンスターと同類のようですし、予想通りこの人が【堕ちた神官】で間違いないようです!
しかし、ある程度の広さがあるとはいえこの空間内で戦うのは少々骨が折れますし、クオンたちもここにはいないため二人でどうにかしないといけませんが、少しだけ面倒ですね…!
「部屋が荒れてしまうのは癪ですが、今ここで貴方たちは倒させてもらいますよ?さあ、やりなさい!ブラックゴーレム!」
「アルマさん!気をつけてください!」
「そういうレアさんもですよ!」
そう互いに声をかけた後、私たちは襲ってくる黒色のゴーレムに向けて同時に駆け出します。




