178話 世喰について
「シスター様、お久しぶりですね」
「こちらこそ、お久しぶりです!」
そうして家の中に入るや否やルーさんからそのように声をかけられたため、私はそのように言葉を返します。
この家は集落の長であるルーさんが住んでいる場所だからなのか意外にも部屋の中は広くなっていました。
しかし、その部屋の中には錬金道具や調薬道具、無数の本に何らかの素材らしきアイテムなどが手当たり次第に散らばっており、少しだけ片付けが出来ていないように感じますね…?
「すみません、ちょっとだけ汚いですよね?」
「いえ、このくらいは大丈夫ですよ」
別に虫が集っていたり汚れたりしているわけではなく、単に整理整頓が出来ていないだけのようですし、このくらいなら特に気にするほどではありません。
…まあ綺麗な方が当然いいので、ある程度の片付けはしておいて欲しかったですが。
「こんなに早くに来るとは思いませんでしたが、シスター様はやはり世喰の情報を集めているのですか?」
「まあ出来る範囲ではありますけどね。今回は単に寄らせてもらっただけなので、特に用事があるというわけではないのですよね」
前にルーさんから"呪い人の集落まで来てください"と言われていたので来ただけなので、特に世喰の情報を知りたくて寄ったわけではありません。
ですが、この集落になら私の知らない世喰の情報があるのは間違いないと思いますし、この機会に聞かせて欲しいですね…!おそらくは呪い人の過去についても知れるでしょうし、そこから推測も出来そうなので…!
「なら、ちょうどいいので私たち呪い人が今までに集めてきた世喰の情報を共有しておきますね」
「あ、それは助かります!世喰の情報はあまり詳しくないので、ぜひ教えてください!」
「ふふ、わかりました。では…」
私が興味津々な様子でそう反応を返すと、ルーさんはクスッと笑った後に世喰の情報について教えてくれます。
「ではまず最初に私たちの先祖が集めていた情報ですが、世喰は死霊系のモンスターであり、呪いを操る力を持っているみたいです」
ふむ、あの狼のような見た目からして獣系のモンスターかと思ってましたが、なんと死霊系のモンスターだったのですね。…そういえば、ソロさんから貰った本にもそう書いてあった気がしますね…?なら、この情報に間違いはないでしょうね。
加えて今も目の前にいるルーさんたちを見てもわかる通り、世喰は呪いの力も扱えるみたいです。
私が前に本体と戦った時は呪いは使ってはきませんでしたが、本気の戦いとなれば十中八九呪いも放ってくるのでしょう。なら、再び相見える時はそれを気をつけつつ戦わないとですね。
「それと、私たちを見ればわかるかもしれませんが、世喰は永続的な呪いも与えることが出来るのです」
「…深くは聞いてませんでしたが、そのことについてもう少し詳しく聞いてもいいですか?」
私は今のところ呪いはかけられていないとはいえ、いずれ戦う時にはかけられる可能性もなくはないためそれはキチンと聞いておきたいのです。
それにルーさんたちは世喰への興味本位が主なようですが、呪いを解いて元の種族になるのもついでとして目指しているみたいですし、世喰の呪いに関しての情報は大事でもありますからね!
「構いませんよ。私たちが受けているこの呪いはどうやら世喰からのマーキングと似たようなものらしく、世喰の討伐を目指す者と出会うことが起きやすくなるらしいのです。そして見てわかる通り、髪と目が真っ黒になるのもですね」
…なるほど、もしかしたらそれのおかげで私はルーさんと出会ったのかもしれませんね。これは私の持つ懐中時計の"時空神の運命"と似たようなもののようですし、偶然のはずなのに必然とも感じてしまいますね…?
まあ強制されているわけではないのでそこまで気にすることでもないのでしょうけど、少しだけ考えてしまいます。
「そのうえ、その呪いには世喰からの警告の意味も込められていると私たちは判断しました」
「警告、ですか…?」
偶然を必然に変えるかのごとき効果だけではなく、警告の意味が込められているとはどういうことなのでしょうか?
警告ということは、ルーさんたちのご先祖様が世喰に何かをやらかしてしまったのだと判断出来ますが、いったい何をしでかしたのですかね…?
「私たちの先祖は、昔から世喰の討伐を目指していた部族の一つだったらしいのです。しかしある日の夜、私たちの先祖は世喰の逆鱗に触れてしまったのです」
「逆鱗…?」
「はい。それは、世喰の分身体を捕まえて調べ上げるといった行為です。それは世喰の逆鱗に触れてしまうほどのものだったらしく、そこにいた私たちの先祖の部族全員にこの呪いを与えたのに加え、調査をメインで進めていた人物は直接殺されてしまった。っと、この日記には書いてありました」
そう言ってそばに置いてあった本を私へと見せてきましたが、その本は細かい傷などが無数についている見た目をしており、古くから保管されてきていたのだとわかります。
それにしても、世喰の逆鱗が分身体を捕まえて調べあげるという行為だとは初めて知りました。…その情報を聞いて思い出しましたが、私が初めて世喰と遭遇した時も世喰は分身体が入っていた水槽を壊していましたね。
なるほど、あの時もその行為をされていたから、本体である世喰が現れていたのですか。なら、それを活かせば簡単に世喰の本体を呼び出せるのかもしれませんが、明らかにそのような行為をする気になりませんが。
呪いをかけられるのが怖いとかではなく、普通に人道的にやっていいことではないですしね。
しかし、ルーさんたちのご先祖様はそれをしたせいで呪いをかけられ、殺されたりもしたみたいですし、警告で済ませてくれた世喰は懐が深い……のでしょうか?
何にせよ、それはする気はないので置いておきますか。
「…世喰の情報も、その日記に載っていたのですか?」
「そうです。まあ昔から残っていたのはこの日記だけなので、詳しいことについてはあまり載ってないのですがね」
まあ今の時代を生きているルーさんたちでは詳しいことなんて知っていないでしょうし、その日記が一番の情報源みたいですね?
「それで世喰の情報に戻りますが、世喰の分身体は世界中を回っているらしいですけど、本体は基本的にこの南大陸のどこかで挑戦者を待ち構えているらしいと載っていました」
ふむふむ、挑戦者を待ち構えているのですか。私は一度世喰の本体と対面したことがありますが、その時に伝わってきた感情からは戦闘狂のような性格のように見えましたし、それで対等に戦える人物を待っているのでしょうね。
だとすると、世喰の本体を倒すのならまずは本体がいるという場所を見つけ、そこで戦う必要がある、ということですね。
「そしてこれで私たちの知っている情報は最後ですが、世喰は七大罪の一つである【暴食】を宿しているとも書いてありましたね」
ほう、【暴食】ですか。今までに集めたり見たりした情報で組み立てた私の予想では、人業のメラスクーナさんは【色欲】、天災のゾムファレーズが【憤怒】、深森のアビシルヴァが【嫉妬】、そして今聞いた世喰のエルドムンドが【暴食】とわかりました。
他にも存在するワールドモンスターである霊庭のルルリシア、静海のリーブトス、機械神エクスゼロの三体については未だに判別していませんが、その三体にもそれぞれ大罪の力は宿っているはずですし、いずれはわかることでしょうね。
「情報を教えていただきありがとうございます!」
「いえいえ、シスター様の助けになれるなら幸いですす」
とりあえず、呪い人の集落に残っていたという世喰についての情報はルーさんから全て聞くことが出来ましたし、これで話は一区切りつきましたね。
「シスター様、良ければご一緒にご飯でも食べませんか?今日はいいものを手に入れられているのですよ!」
「ご飯、ですか……そうですね、ではお言葉に甘えてご馳走になってもいいですか?」
今の時刻はまだ九時くらいなのでお昼には早いですけど満腹度は少しだけ減っていますし、別に食べてはいけないということもないので是非ともご馳走になるとしますか!
いいものを手に入れられているとは言ってますが、一体どんな食べ物なのでしょうね?集落があるのはブローズ密林の中なので獣などのお肉系ではないかもしれませんが、ちょっとだけ楽しみになっちゃいます…!
「もちろんです!では、早速皆にも伝えて宴会の準備をしてきますね!」
「え、宴会とかそんな大きな規模でなくても……って、行ってしまいました…」
うーむ、宴会みたいな規模じゃなくてこぢんまりとした食事で私は構わなかったのですけど、行ってしまったもの仕方ないのでこのまま待つことにしますか。
なら、待っている間はインベントリの整理でもしてますか。このエリアて倒したモンスターの素材は意外と多いですし、ある程度は把握しておかないといけませんからね!
「シスター様、準備が出来ました!」
「あ、もう出来たのですか?今行きます!」
そうして待つこと数十分ですぐに宴会の準備が出来たらしく、ルーさんがそのように声をかけてきました。
準備が数十分で出来るなんて、よくもまあそんなに早く出来ましたね?もしかして、私が今日来てなくても宴会はしていた、ということでしょうか?
まあ何はともあれ、宴会に呼ばれたんですし早く向かわないと待たせてしまうので、さっさと行きますか。
「…シスター様も来たし、今日は特別な日だ!皆も今日くらいは羽を伸ばすいい機会だから、全力で楽しもう!乾杯!」
『乾杯!』
私はルーさんに連れられて集落の広場まで向かい、そこでジュースの入ったコップを手渡されたので、私も周りと同じように乾杯をします。…ん、このジュース、美味しいですね?初めて感じる味ですけど、何で作られているのでしょうか?
「ルーさんルーさん。このジュースって、何で出来ているのですか?」
「ああ、それは混乱の実ですよ!この森で取れる超薬草と一緒に煮込むと混乱の実の毒が抜けて美味しいジュースになるんです!」
ほへー、そんな調理法があるのですね…!私も【料理人】スキルは持っていますけど、ムニルさんとかみたいに料理をメインでしているわけではないので、そんな特殊な調理法は初めて知りました!
この世界特有の植物や食べ物もたくさんあるみたいですし、それの食べ方を探してみるのも楽しいのかもしれませんね?
「…お、出来たみたいですね。シスター様、これが今日のメインディッシュの料理ですよ!」
ジュースの予想外の作り方と美味しさに驚いていた私でしたが、そのタイミングでルーさんからそのように声をかけられました。
メインディッシュの料理と言ってますし、どんなものなのですかね?ジュースが思ったよりも美味しかったので料理にも期待は湧いてきます…!
「ん、どれですか?」
「これです!」
そう言ってルーさんが示したのは、広場の中央に置かれているテーブルの上に載せられている肉…… 大柄な体躯である鳥の丸焼きに、カブトムシやクワガタなどの大きめの虫型モンスターが丸々と載っている、いわゆる魚で言うところの姿盛りのようなものがありました。
…鳥の丸焼きはいいですけど、流石に虫を食べるのは嫌なのですけど…!?しかし、周りにいる呪い人の皆さんは美味しそうに食べていますね…?やっぱり密林に集落を構えているだけはあって、それらは特に気にしていない、ということでしょうか…?
「さあ、シスター様。食べてください!私のおすすめはこのカブトムシの脳天ですよ!」
うぐぐ、流石にご馳走になると言っといて断るわけにもいきませんし、食べないと行けませんね…!頑張るんですよ、美幸!ここを乗り切らなくては先に行けませんっ!




