170話 イザベラ
「では、頼む…」
その言葉を最後に、アルベルトさんはポリゴンとなって消えてしまいましたが、託されたその願いはキチンと叶えてきますよ!
「…よし、クリア、セレネ、ひとまず迷宮都市へと戻りましょう」
「……!」
「キュゥ!」
まずはこのペンダントを王様へと届ける必要がありますし、それを行うために貴族街にいるはずのイザベラさんの元へと向かいますか。
普通に考えてただの一般人である私が王様と対面出来るはずがないので、ここは貴族であるイザベラさんに頼むのが一番ですよね。
私はイザベラさんから勲章をもらっていますし、これさえあれば問答無用で追い返されることはないでしょう。
「ここが、貴族街ですか…!」
「……!」
「キュゥ…!」
その後、ノルワルド黒森で〈第一の時〉を使用しつつ駆け抜けることで素早く街へと戻ってきた私は、早速イザベラさんがいるという貴族街へとやってきました。
貴族街には初めて来ましたが、何というかととても穏やかな雰囲気を醸し出しており、上品な街並みといったイメージが湧いてきます。
今までに私が歩いていた街並みとそこまで違いはないのですけど、建物の大きさや人の数、そして人同時の会話などの雑音が一切ないためこうした雰囲気を感じれるのでしょうね。
「…っと、見惚れてないでさっさとイザベラさんのところへ向かわないとですね」
そう考えた私は、早速目的地に向かうべくクリアとセレネを連れて貴族街を歩いていきます。…まあ私はイザベラさんの家がどこにあるかなどは知りませんし、時折すれ違う貴族の使用人らしき人に聞いて向かっているのですが。
「貴様、なかなか美しいな?どうだ、私の家でお茶でもしないか?」
そうしてすれ違う使用人の人から聞いた場所まで向かっていた私でしたが、その道中で貴族の坊ちゃんとでもいうような身長170cm半ばあたりの青年からそのように声をかけられました。
なんというか、貴族なような人でもナンパみたいなことをするんですね…?今は急ぎの予定があるのでそのお誘いには乗りませんが、予定がなくても着いて行くことはありますけどね。
それにこの人、何だか視線がいやらしいので近づかれるのもちょっとだけ遠慮したいです…!
「すみません、今は急ぎの要件があるので、遠慮させてもらいます」
そう言って先を急ごうとすると、その男性は慌てて私の前に出てきて言葉を続けます。
「貴様、この私を無視する気か?」
正面に出てくるやいなやそう言ってきますが、ちょっとだけ面倒ですね…?これは早めに済ましておきたいことなので急いでいるのですけど、この男性は何としてでも私を連れて行きたいみたいです。
…なら、この人を無視してさっさと走って行くことにしますか。
「あ、おい、貴様!?」
私は自身のスピードを活かすかのような素早い身のこなしで男性の横を駆け抜け、そのまま先程使用人らしき人から聞いたイザベラさんの元へと走っていきます。
さっきの人はそれでもなお追いかけてきますが、流石に私の速さには着いてこれないようですぐに私の感知範囲から消えました。
よし、面倒ごとも回避出来ましたし、さっさと向かいましょう!
「止まれ!」
あの後は特に何かが起きることもなく、無事にイザベラさんの家付近まで到着しましたが、門の前にいた門番らしき二人の男性からそのように声をかけられて止まらされました。
まあ、当然ですね。普通に考えてそのまま通らせるはずがありませんし、この門番さんが警戒するのも当たり前です。
街に存在する門とは違って貴族の立場である人が暮らしている場所なんですから、そう易々と警戒を解くはずがありませんしね。
「貴様は何者だ?」
「私はレアと申します。ちょっと用事が出来てイザベラさんに会いにきたのです。あ、これで信用してくれますか?」
私は門番さんに通してもらうため、かつ信用を得るためにインベントリから勲章を取り出して門番さんへと見せてみます。流石にこれを見せれば通してくれるとは思いますけど、どうでしょうか…?
「く、勲章…!?しかも銀だと!?」
「おい!執事長に伝えてこい!勲章持ちが来たって!」
勲章を見せたからか、先程までとは打って変わってすごい下手になりましたね…?やはりこの勲章は特別なもののようですね。
ということは、これを簡単に渡してくれたイザベラさんやジーノくんはそれほどまでに私のことを信頼してくれているのでしょうか?…なら、その信頼を裏切らないように気をつけないといけませんね!
「すみません、少々お待ちください!」
私に対してそう言ってきた後、すぐさま門番の一人が奥にあるお屋敷へと急いで向かいましたが、先程口にしていた通り執事長という人を呼びにいったのでしょうね。
残っている門番さんは申し訳なさそうにしてますが、別に急に来たのでそれくらいは構いませんよ!勲章を持ってはいますが、私自身は貴族というわけでもないですしね。
「お嬢さんが、勲章持ちですか?」
そして門の前で待つこと数分、お屋敷に向かっていた門番さんの一人が執事長らしき身長180cm前半くらいはありそうなお爺様のような人を連れて戻ってきました。
あの人が執事長なのですね。見た目はまさに老執事といった感じがしますし、ソロさんと似たようなロマンスグレーと呼べそうなほどに魅力的です!
それに着ている執事服も皺や汚れも一切なくキッチリと着こなしているので、執事としての腕前は確かなものでしょうね!
っと、観察はこのくらいにして返事をしないとですね。私は急ぎの要件があってきたんですし、こんなところでゆっくりしていては時間が勿体無いです…!
「そうです。前にイザベラさんから直接頂きました」
「ふむ……では、ひとまずお屋敷へ案内しますね」
執事長であるお爺様はそう言って私をお屋敷へと連れて行ってくれるみたいなので、私は素直に着いていきます。
さて、私の要件はこの国の王様にアルベルトさんから託されたこれを渡すのを手伝ってほしいということですし、イザベラさんは協力してくれるといいですね。
「お嬢様をお連れするので、少々お待ちください」
「わかりました」
隅々まで磨かれたかのようなとても綺麗な屋敷の中を案内されるがままに着いていき、執事長であるお爺様は応接室らしき落ち着いた雰囲気が感じ取れる部屋へと私を連れて行った後、そのような言葉と共にイザベラさんを呼びにいきました。
先程から空気だったクリアとセレネもこのような貴族のお屋敷を見るのは初めてのようで、今もキョロキョロと周囲を楽しげに見渡しており、それを見て少しだけ緊張がほぐれます。
緊張してしまうのは仕方ありませんが、少しは自然にならないいけませんね。今から会うのは一度対面したことがあるとはいえ貴族の方なんですし、そんな状態ではお話も出来なさそうですしね!
「待たせたわね」
「あ、イザベラさん!」
そうしてクリアとセレネと一緒にソファに座りながら待っていましたが、そこまで時間も経たずにイザベラさんが応接室までやってきました。
前に見た時は動きやすそうな服装でしたが、今は家にいるからか紺色をしたワンピースのような物を着ており、見た目と合わさってかなりの美少女姿です!
やっぱり、イザベラさんはかなりの美少女ですよね。もし現実世界でいたとするなら、間違いなく学校一になっていたでしょう。
「まず、前の依頼について感謝させてもらうわね。貴方のおかげであの商会はしっかりと潰せたわ」
「それはよかったです!」
依頼はキチンと達成しましたが、その後のことは知りませんでしたけど無事にあの商会をなくすことは出来ていたみたいですね。
なら、私のしたことに意味はしっかりとあったようですし、こうしてその後のことを聞くと、よくやったと思えます!
「世間話はこのくらいにして……レアちゃんは何のようで来たのかしら?」
おっと、思考が逸れてしまっていましたね。イザベラさんは何のようで来たかを問いかけてきていますし、キチンと言葉にして伝えるとしましょうか。
「実は…」
「……なるほど、銀竜騎士団の団長から、ね…」
「それが渡してほしいと頼まれた物です」
クールな少女であるイザベラさんですら、流石にこのことには驚きを隠せないらしく思わずといった様子でそう呟いています。
まあそれも仕方ないですよね。私はプレイヤーであるためこの世界で生きているわけではないですが、この世界の住人であるイザベラさんにとってはかなりの出来事だとは思いますし。
それに騎士団長から渡してほしいと頼まれた物だけではなく、これに関わっているであろう悪魔についても託されたので何とかしないといけませんし、イザベラさんも私の話を聞いて何やら考え方をしています。
うーむ、こうして情報を整理してみると、なかなかにやばいことだとはわかりますね?騎士団長であったアルベルトさんがあのようなアンデッドにされたのがいつかもわかってませんし、もしかしたらその出来事からかなりの時間が経っている可能性もありますが…
「…そういえば、銀竜騎士団は数十年前に何らかの事件に巻き込まれて全滅してしまったと聞いたことがあるわね?」
「そうなのですか?」
「ええ、私が生まれる前の噂だったらしいけどね」
数十年前ということは結構な時は経っているみたいですけど、そんな噂が立つほど衝撃的な事件だったのですね。
いや、当然ですか。なんせ国が揃えている騎士団なんですし、それが全滅なんて普通に考えて何かが起きたとは誰もが思いますね。
あれ、でも私が見た記憶の中には数名の生き残りはいたはずでしたが、その人たちを亡くなってしまったのでしょうか?
「しかしその騎士団の団長が悪魔のせいでアンデッドとなっていたなんて、笑えないわね」
「私が倒して眠らせることはしましたが、それでも辛かったでしょうね…」
数十年前ということは、あの記憶の後に悪魔にやられてしまってアンデッドに変えられたということでしょうし、その間ずっとあの森の中で彷徨っていたのだろうとはわかります。
私が倒すまでは自我のようなもの感じませんでしたが、最期にありがとうと言っていたので少しは意識があったのかもしれませんね。まあすでに終わったことなので、ハッキリとは分かりませんが。
「なら、私に任せなさい。すぐに王のもとに連れて行ってあげるわ」
「それはありがたいです!」
よし、どうやらイザベラさんも私と同じようにそのことを危惧したようで、すぐに王様のもとへと連れて行ってくれるみたいです。
なら、ここは貴族であるイザベラさんにお願いしましょうか!ただのプレイヤーである私では力にもなれませんしね!
「爺や、今すぐに王のもとに行って面会の許可をもらってきてくれる?」
「かしこまりました。では、早速使者を送るとしましょう」
イザベラさんの指示を聞き、執事長であるお爺様は即座に部屋を出て動き出したのをチラリと見つつも、私はふと疑問に思ったことを聞いてみることにします。
「イザベラさんは、この国の王様と顔見知りなのですか?」
「ええ、私の家系は公爵であり、父親が宰相でもあるからね。だから、こうした時には他の貴族たちよりかは結構会ったりするのよ」
なるほど、それでこんな簡単に王様のもとへ行けることが出来るのですね。なら、やはりイザベラさんを頼ったのは正解だったみたいです。
こうして王様のところへ向かえますし、少しだけ急ぎの要件ではあったので助かります…!
「面会出来るまではまだかかると思うし、それまでは一緒にお茶でもしましょう?」
「いいんですか?」
「ええ。その子たちも、暇だったでしょう?」
確かに、クリアとセレネにしては会話だけだったので暇だったかもしれませんね。少し、申し訳ないことをしてしまいました…!なら、イザベラさんのお誘いは受けるとして、今はゆっくりと皆で待つことにしますか!




