122話 護衛
「では、早速装備させてもらいますね!」
「あいよ」
私は一度ナンテさんへと声をかけた後、受け取った装備に早速着替えます。着替えは装備をメニューで変えるだけなのですぐに完了し、軽く私は自身の姿を確認します。
うんうん、着心地も凄くいうえに動きにくさも全くありませんね。
これなら護衛任務でもし戦闘になったとしても支障はなさそうですし、なかなか強力な装備でもあるのでとても良い装備ですね!
あ、それと黒蝶の涙を付けて髪型も軽く一つ結びにすることで見た目を変えておきますか。
「やはり、レアにはなかなか似合うね。胸が小さいおかげでなかな立派な少年姿になってるよ」
「小さいとは失礼ですね!ちゃんとありますよ!」
装備を整えた私に向けて発したナンテさんのとても失礼な言葉に、思わず反論をしてしまいます。
た、確かに私の胸は小さいですけど、それでもちゃんとありますもん!そりゃあナンテさんやレーナさんとかの大人の女性と比べたら小さいかもしれませんが、私も女の子ですし少しくらいはありますよ!
私は頬を膨らませ、怒ってます!とでもいうような表情をしますが、ナンテさんはそれを見てすまんすまんと言ってカラカラと笑っています。
…どうやら、揶揄われたようですね。ちょっとだけ自身の胸の大きさについてシュンとしてしまいますが、とりあえず受けることにした貴族の護衛任務の依頼について詳しく聞くとしましょうか。
「…ナンテさん、依頼について詳しく聞いてもいいですか?」
「大丈夫だよ。では軽く教えておくね」
私の言葉を聞いて笑っていた状態から真面目そうな表情に変わり、依頼についての説明をしてくれます。
「まず依頼主は貴族なのは最初に説明したが、その護衛対象である少年はどうやらここ、迷宮都市からファストという街に行きたいようで、今はすでにセクドという街にいるらしいんだ」
ふむふむ、すでに迷宮都市から第二の街までは移動が終わっているのですか。それに初期の街へと向かうようですが、それまでの道中なら迷宮都市に向かう時とは違ってすごい距離があるわけではないので、時間的にも大丈夫そうではあります。
「そしてその対象である少年には一応の護衛はいるみたいだが、ただの護衛では手が足りなさそうでね」
「手が足りない、ですか?護衛がすでにいるのなら私たちの出番は要らなさそうではありますけど…」
「それがそうも上手くいかなくてね。その少年はこの国の貴族であり伯爵の一人息子なんだ。そんな少年の家系は何やらとある貴族から命を狙われているらしく、暗殺者を送り込まれているのさ。ああ、私たちの所属する暗殺者ギルドではないよ。今回の暗殺者は、どうやら暗殺者崩れの輩らしいから、レアの腕前なら特に問題はないさね」
なるほど、暗殺者崩れですか。それならば腕前はそこまでではないとしても、暗殺者相手ではただの騎士や護衛では何かがあったりもしそうですし、私のような者が必要なのがわかりますね。
それにナンテさんは私なら大丈夫とは言ってますが、暗殺者相手は初めてなので少しだけ緊張してしまいますが…
「…それにしても、なぜここの街からそこへ向かうのでしょうか?」
「確か情報では、その街に昔馴染みの友人がいるらしく、その人に会いに行く、とかだったかね?」
へえ、友人ですか。だったら、依頼を失敗してその人を悲しませないよう尚更気合を入れないとですね!
「それと、この街にいる依頼主である主人などについてはあたしたちが護衛兼暗殺者を向けてきた貴族の調査を済ませるから、こちらは任せてくれ。ああそれと、これがその少年がいる場所の地図さ」
「わかりました。では、私は早速その少年の待っている場所まで向かってきますね!」
「頼むよ」
私はナンテさんにそう声をかけた後、早速行動に移ります。
『サブクエスト【闇より忍び寄る黒】が発生しました』
「…ここが、その人のいる場所ですかね?」
そうして迷宮都市から転移で第二の街まで移動した私は地図と睨めっこしながらも書いてある場所まで歩いていき、目的の場所に着いたので視線を地図から正面に向けます。
その少年がいるらしき場所は、どうやら一軒の家となっているみたいです。
人通りの少ないところなので特に人影は見当たりませんし、すでに男装も済ませているのでこのままその少年に会いましょうか。
「すみませーん」
「…誰だ?」
家の扉をノックしながらそう声をかけると、そのような声が返ってきたので私は自身が暗殺者ギルドからの護衛を任された者です、と素直に答えます。
すると、扉が僅かに開くのと同時に突如剣による刺突が飛んできたので、私はそれを横に半歩ズレることで回避します。
「いきなりなんですか?」
「ふん、実力は問題ないようだな」
そう言いながらも扉をキチンと開けてきた人物は、どうやら護衛の一人である男性のようでした。
服装などは周りに合わせるために一般的なシャツにズボンといった感じですが、それでも結構な威圧感があるせいで一般人に紛れるには少しだけ雰囲気が合ってませんね。
というか、依頼で来た対象に向けていきなり攻撃をするなんて、どんな神経をしているのですか?
「ジェイド、来たのか?」
私がその男性へとジトーっとした視線を向けていると、奥から幼なげな男性の声がするのと同時に一人の少年が現れました。
その少年は間違いなく貴族のようで、その服装も一般人に紛れるために護衛と似ている普通の服装ではありますが、質などが明らかに違うのでこちらも溶け込むことは出来ていないように感じます。
「はっ、ジーノ様。ちょうど今暗殺者ギルドの者が来られました」
護衛の男性はそんな言葉と共にその貴族の少年、ジーノくんへとそう言葉を返します。
「どうも、暗殺者ギルドのレアです」
「はじめまして、僕はジーノだ。ここからの護衛は頼む」
「わかりました。では、早速出発しますか?」
「そうだな、頼む」
私の言葉を聞いてすぐさま用意をしに動くジーノくんと護衛の男性を尻目に、私は少しだけ思考を巡らせます。
とりあえず目的地は初期の街ですし、このままこの街の西から森を通って行くのがよいですよね。暗殺者を送り込まれているとナンテさんは言ってもいたので、おそらくはその森が一番の山場になりそうですね?
なら、森の中では見通しのいい草原とかよりも警戒を強めるのがよさそうです。
「待たせたな、準備完了だ」
「あ、もう終わりましたか。では、行きましょうか」
そう動きを決めていると、すぐに用意が出来たようでジーノくんと護衛の男性が私の元へと戻ってきました。
街中は人も多いのでそこまで意識しなくても大丈夫かもしれませんが、もしかしたら他人を巻き込んででも暗殺をしてくる可能性があるので、しっかりと警戒を強めつついきましょうか。
私は二人を連れ、今いた家から出て街の西へと向かいます。
「しかしジーノ様、何故このような暗殺者風情に護衛を任せるのですか」
その道中で突然上げた護衛の男性の声に、私はそちらに視線を向けます。すると、その男性も私に対して憎々しげな表情で視線を返してきます。
「その人たちがこういう場面で一番頼りになるからだ。父上も言っていただろう、短絡的な思考は自身の道を狭めてしまうとな」
「ですが…」
「くどいぞ、僕が良いと言っているんだ。それに女性でないのならば問題はないであろう」
「…承知しました」
何やら二人で口論をしていますが、護衛である男性はジーノくんの言葉に渋々といった様子で納得しています。
うーん、この護衛の男性は間違いなく私のことを敵視してますが、ジーノくんは特にそういった感情は持っていないようですね。
それに男装のおかげで女ともバレていないみたいなので、私から言わなければ大丈夫でしょう。護衛の人もキチンとジーノくんの護衛はしてくれるでしょうし、とりあえずは気にしないでおきますか。
そこからも街中を私を含めた三人で歩いていると、ふと私の感覚に怪しい男性を確認しました。ジーノくんと護衛の男性はまだ気付いていないようなので、このままバレないようにその人物を排除しますか。
「…〈影の手〉」
私は装備についているスキルを発動すると、次の瞬間には私の視界に黒色をした腕のようなものが現れます。
ふむふむ、このスキルはこんな感じなのですね。なら、ちょうどいいのでこれで例の人物を排除しましょう。
「ぐぇ…!?」
怪しげな人物の近くへと地面を這うかのように黒色の腕を近づけ、そのまま地面付近からターゲット目掛けて攻撃を放ちます。
その攻撃は当然のようにガラ空きだった男性の腹部へと命中し、怯ませるのと同時にいつのまにか出していた黒色の短剣を地面へと弾き飛ばします。
それと同時に私と同じ暗殺者ギルドの者らしき人物がその人を回収に動いて周りの沈静化もしているのを確認した私は、後のことは任せることにして三人で歩き続けます。
「…何かあったのか?」
「さあ、なんでしょうね?」
ジーノくんは勘が鋭いのか少しだけ今の騒動に意識が向いたようですが、私は当然誤魔化します。
別に言ってもいいですけど、わざわざ言うようなことでもないのでそちらは黙っておきます。
ジーノくんは特に気にしてないようですが、護衛の男性はこちらに視線を向けて何をやったんだ!とでも言いたげな様子でジロリと睨んできますが、私は黙秘を貫きます。
別に貴方たちの妨害をしているわけではないので、少しはこちらのことも信頼して欲しいですね。
そんな騒動があった後は特にこれといったこともなく街の西門へと着いたので、私と護衛の男性は先程よりも警戒を強めつつ初期の街へと続く草原を歩いていきます。
いま歩いている草原にはプレイヤーらしき人影は複数見受けられますが、特に怪しげな人物はいなさそうですね?
「おい、貴様」
「…私ですか?」
周囲を確認しながら歩いていると、ふと近くまで来ていた護衛の男性から何やら声をかけられたのでそちらに視線を向けると、そこには不満そうな表情を顔に浮かべてこちらを見ている男性がいました。
「貴様、何者だ?」
「何者って言われても、ただの暗殺者ギルドのメンバーですよ?」
「ふん、それで誤魔化せていると思っているのならおめでたい頭だな。貴様、ただの暗殺者ではないだろう」
うーん、別に師匠である人物が暗殺者ギルドの副マスターなだけでそこまで特別な立場ではないのですけど…
それに暗殺者として動くのはたまにですし、それもあって普通の暗殺者とは違うように感じたのでしょうか?
「…本当に普通の暗殺者なだけなのですけどね」
「…まあいい。もし貴様が怪しげな動きを少しでもしたら、その首を刎ねさせてもらうぞ」
うわぁ、すごい物騒なことを言っていて怖いですね…!?しかも表情からして躊躇いもなく私の首を刎ねそうに見えますし、この人の警戒をしてしまいそうです…!
ま、まあ別に私はジーノくん狙いの暗殺者というわけでもないのでそこまで警戒をしなくてもいいですけど、気分の問題がありますからね…
「ジェイド、何を話している?」
「いえ、ただの世間話ですのでお気になさらずに」
そんな会話をコソコソとしていると、ジーノくんからそう聞かれた護衛の男性はそのように言葉を返しています。
世間話と濁していますが、私をチラリと見つめるその視線には敵視と警戒の色を強めています。ジーノくんは特に話題を気になってはいないようなので誤魔化せていますが、私はそれに苦笑をしてしまいます。
この人はジーノくんの護衛であるので出会う人物への警戒は最もですけど、少しは同じ護衛なんですし気を許して欲しいです。
「む…」
「どうした?」
そうして草原を歩き続けて森のすぐそばまで着いたタイミングで、私の感覚に再び何かを感じとります。
この反応は……トラップ、ですかね?
その反応のする場所はどうやら森の入り口付近であり、巧妙に隠されていますが私の持っている【魔力感知】に反応があるので、これはトラップで間違いなさそうです。
「…何やらトラップが仕掛けられています」
「トラップか…」
仕掛けられているトラップから魔力が感じるということは魔法的な罠のようですし、これは迂回して行くのがよいですね。
「少しだけ迂回していきましょうか」
「了解した」
なので私を先頭にジーノくんと護衛を連れ、仕掛けられている罠を避けてから森の中を歩いていきます。
森の中はやはり木々のせいで少しだけ暗めなので、どこから攻撃が飛んできてもおかしくはないのでしっかりと用心しておきますか。
そこからもモンスターを避けつつ警戒をしながら森の中を歩いていると、またもや私の感覚に何かを感じとります。
一旦集中してそれを感じ取ると、どうやらそれは人のようでこちらに意識を向けているのがわかります。
「…なんだか怪しげな人を発見しました」
「ふん、ならば貴様の出番だ」
「わかってますよ」
護衛の男性の言葉に苦笑しつつもそう返し、すぐさま怪しげな人物への意識を向けます。とりあえず、さっとその人たちのところへ行って片付けてきますか。
「…〈第一の時〉」
インベントリから取り出した双銃を即座に細剣と短剣に変えた後、自身に加速を付与する武技を切り付けて発動させた私は一気にその場から離れ、先程発見した人のところまで森の中を駆け抜けていきます。
「はぁ!」
「なっ…!?」
「バレただと…!?」
そして走っていた勢いをつけて一人の首元へと細剣を突き刺し、そのままの状態で左手の短剣も素早く振るうことで残っていたもう一人の暗殺者らしき人物の討伐を完了させることが出来ました。ですが…
「…今の人たち、まさか住人ではなくプレイヤー、なのでしょうか…?」
そう、今まさに倒した人はなんと暗殺者崩れの住人ではなくプレイヤーの可能性が見えました。何故なら、最初に倒された者の心配を欠片もする様子がなく、しかもチラリと見えた黒いローブの下は初期装備を纏っていたからです。
初期装備はまず間違いなくプレイヤーしか使えるはずがないですしね。
というか、もしこの予想が当たっているとしたら、まさか暗殺者相手だけではなくプレイヤーの相手までしなくては行けなさそうで結構やばそうですね…?
…なんだか嫌な予感が湧いてきましたし、ここで時間を食ってないでさっさとジーノくんたちのところへと戻りますか。




