第69話 妖精王ちゃん
一進一退の攻防などという生ぬるいものではない。真っ正面からの衝突が、四度。
世界そのものを震わせるほどの閃光が、そのたびに発生した。
すなわち、天変地異とはこのこと。
余波は数キロ程度では留まらない、生態系すら崩壊しかねない被害だ。
しかし、それらを憂慮していられるほどの余裕はなかった。
手を抜けば、死ぬ。
同時に、できるだけエリーシャ達が巻き添えを食らわないよう、彼女たちのいる方角へ魔力障壁を展開させておいたのだが……無事であることを願うしかない。
衝突は一時間にも及んだ。
また来るのではないかと身構えたが、四度目の激突を最後に、奴からは唐突に殺気が消えた。
嘘のような静寂が訪れる。
奴は人懐っこい笑みを浮かべながら、あろうことか目の前まで歩み寄ってきた。
背中には普通の人間にはない羽が生えているが、間近で見ると、その姿は人間と大して変わらない。
「―――いやはや、まさかここで本物と会えるとは思わなかったよ」
先程までの殺し合いが無かったことのように、そいつは馴れ馴れしく話しかけてきたのだ。
罠かもしれないと警戒を強めるものの、相手は本当に武装解除をしたらしい。
敵意も殺意もこれっぽっちもない。純粋に声をかけてきただけのようだ。
「人魔大陸がかつて精霊大陸と呼ばれていた頃、私にとって戦いとは日常茶飯事だったのだけど、血生臭いのは嫌いでね。しかし、五百年もの平和が続くとなると流石に退屈になってしまった。暇潰しに付き合わせてしまって、ごめんよ」
フレンドリーに手を差し出された。
握手を求められるときのアレだ。
ドンパチを止めてくれるのなら願ったり叶ったりなのだが、相手の正体が分からない以上、まだ油断はできない。
俺は、奴の握手には応えなかった。
「あれは挨拶代わりだよ。普通の人間なら木っ端微塵になる威力だったけど、君は無傷で済んでいるから問題ないじゃない?」
いきなり殺す気で挑んでおいて挨拶もなにもあるか、と言いたいところだが、よくもまあベラベラと喋れるものだ。
一体何者なんだ、コイツは。
「はは、そんな怖い顔で睨まないでくれよ?」
「……生まれつきだ」
あの底知れない魔力量に魔術、ただ者ではないのは確かだ。
『銀針の十二強将』に匹敵する強さはある。
メインストーリーではあまり触れられなかった設定なので、詳しくは知らないが。
「仲間が巻き添えを食らうところだった。貴様の挨拶代わりというくだらない行動が、もしも万が一俺の仲間を傷つけていたら……殺す」
「そ、それなら心配は無用だよ。もとから君にしか興味がなかったから、他の連中は巻き込まないように力を調整したつもりだ」
「つもり……だと?」
ぶっ飛ばそうかなコイツ。
「それに君の仲間のひとり、巨漢がいるじゃない。彼は優秀だね。守護魔術で残りの二人を守り切っていたよ」
「見えるのか?」
「まあね。千里眼持ちなので」
奴の瞳を覗き込むと、たしかに片方の色が異なっていた。
金よりも白に近い、異質な輝き。
千里眼とか超能力者かよウケる、と生前の俺ならそう笑い飛ばしていたところだろう。
だがこの世界において、魔眼の類は最上位の者しか授からないと聞いている。
「待て……貴様もしかして―――」
妖精で、千里眼持ち。
該当者はたった一人しかいないじゃないか。
銀針の十二強将、その一角。
「そう! 私こそが、妖精を束ねる者! 妖精王ちゃんだ!」
グゥー、と腹が鳴った。
俺ではなく、妖精王ちゃんのが。
「お、腹の虫が鳴ってらぁ」
おっさんのような口調で言い捨て、妖精王はその場にバタリと倒れ伏した。
相変わらず気味の悪い笑みを浮かべたままだ。
コイツがあの妖精王?
俺たちが求めていた人物、なのか?
記憶が正しければ、妖精王はもっと大人びていたはずだ。
神話の妖精王と同じ名を冠するはずだが、別人にしか見えない。
「……」
それでも行き倒れた奴を見かけたら、するべきことは一つ。
もはや恒例行事になってきたな。
介抱して、飯を食わせる。
もう何度目になるのか、このパターンは。
笑顔のまま気絶した妖精王ちゃんを、俺は肩に担ぎ上げる。
飯を食わせる前に、まずはエリーシャたちの安否確認が先だ。
コイツの言っていたことが嘘で、誰か一人でもかすり傷ひとつ負っていたら――このまま崖底に捨ててやる。




