第67話 ゴール目前
翌朝。
エリーシャの胸の中で目を覚ました。
可愛い女の子の柔らかい胸の中で起床する。
人生の目標第三位を達成できたことに感動しながら、愛おしいエリーシャの頰にキスをする。
寝息に混じって「……へへへ」と嬉しそうな笑い声が聞こえた。
天使?
こりゃもう女神の領域ですよ。
この子が俺のことを好きだという事実に、まだ実感を抱けていない自分がいる。
自慢じゃないが俺は、彼女いない歴イコール年齢だ。
生前はやる気も目標もなく、のほほんと生きてきたこの俺に、恋人が出来たのだ。
魂はロベリアの肉体の中だけど。
世間から見れば、勇者ラインハルからヒロインを寝取った悪役のように思われるかもしれないが、失礼だな。純愛だよ。
「……ッ!?」
不意に頭へ何かがぶつかってきた。
ベッドに視線をやると、机に置いたはずの魔導書が転がっている……。
コイツが飛んできたのか?
まさか、そんな馬鹿な。
魔導書がひとりでに飛んでくるはずがないだろ。
内心不思議に思いながら、俺は魔導書を机に戻した。
痛かったが、おかげで眠気は吹き飛んだ。
さて、この町に滞在してから一週間が経過した。その間に色々な人間と関わりを持った。
短い期間だったが、離れるとなると少し寂しい。
そう思いながら俺はエリーシャを起こし、隣の部屋で寝ているシャレムを叩き起こしてから、もう起きているであろうゴエディアに荷物の支度を頼んだ。
―――――
「嫌だ、行きたくない」
地竜に乗り、さっそく出発しようとしたその時、シャレムが断固として拒否した。
人魔大陸の中でも比較的安全なこの町に、死ぬまで留まりたいとのことだ。
それを聞いた瞬間、額の血管から血が噴き出しそうになった。
好き放題やったくせに、またワケの分からんことを言い出しやがって。
もう十分に休息は取った。
美味い物を食べ、ふかふかのベッドで寝た。
これ以上贅沢をする金はない。
「シャレムちゃん、ワガママを言っちゃだめだよ」
「ワガママではない、真剣に言っているのさ……どうやら僕ぁ、病にかかっちゃったみたいなんだよ」
「病!?」
どうせ嘘なのに、エリーシャが真に受けて心配している。
本当にそれが病なら、薬を調合してやるのだが。
「『永遠に休暇をもらわなきゃ死んじゃう病』……もう長くはない。このまま旅を続けてしまったら、近いうち僕は死んでしまうだろう……ごほごほっ」
「そんな……何も知らないのに私ったら酷いことを……!」
「気にすんナ……この町に留まれば、治る病気さ」
これはお手上げだな。
万能薬を使っても治りそうにない症状のようだ。
頭の。
「だから、振り返らず僕を置いていけ……あぐっ?!」
そろそろ時間がないのでゲンコツで黙らせる。
ぐったりしたところを地竜の背中に放り投げた。
こういう奴は甘やかすとすぐ図に乗るからな。たまには制裁が必要だ。
「ろべりあ、暴力、よくないよ」
「安心しろ。コレも治療だ」
「なんの?」
「頭の」
ゴエディアに怒られた。
あとエリーシャにも、こっぴどく。
あれ、これ俺が悪いの?
骨に囲われた町ホーンボーンを発ち、俺たちは旅を再開した。
―――――
この大陸には決まった街道はない。
ヤバい魔物しか生息しない場所に、わざわざ道を作ろうと思う奴はまずいないだろう。
「……谷はなるべく避けよう。竜が棲みついていることが多い」
地図を手にしたシャレムが、この旅のルートプランナーだ。
馬鹿だが通り名に恥じない判断力と計画性を持っており、彼女が毎度提案する経路はどれも最適かつ効率的なルートばかりである。
普段の言動を無視すれば、間違いなく天才だ。
進むこと数時間、戦闘中の冒険者一行と遭遇した。
魔物の群れに囲まれており、冒険者たちは満身創痍。誰がどう見ても不利な状況である。
あのままでは魔物の餌になってしまう。俺たちは迷うことなく助けに入ることにした。
強靭な肉体を持つゴエディアが守備。
近接戦闘を得意とするエリーシャが前衛。俺は魔術で、二人の後方支援に徹する。
シャレムは、なんか、あれだ、自称応援団である。
一分もかからず魔物の群れを全滅させる。三人での連携に慣れてきたからなのか、すぐに片付けることができた。
冒険者たちは立ち尽くし、呆気にとられていた。
「ありがとうございます!」
「貴方たちが通りかかっていなかったら全滅していたところでした!」
冒険者五人に、ものすごく感謝された。
無事ならそれでいいんだ、とかカッコイイ台詞を口にしたかったが、ロベリアがそんな気の利いたことを言えるはずもなく、とりあえず黙って頷くことにする。
「こほん、えー、僕のことを忘れてないかい?」
「………」
シャレムがドヤ顔で割り込んできたが、冒険者たちに見事にスルーされる。
応援しかしていなかったからね。
魔物に狙われないように、小声で。
その後、冒険者たちからお礼に魔物の素材を分けてもらった。
見たことのない結晶も含まれていたが、理想郷に帰ったら鑑定に出すとするか。
「気を付けて帰ってくださいね!」
「安全、第一」
「……」
走る地竜の上で手を振り、遠ざかっていく冒険者たちに別れの言葉をかける。
世界は広いが、生きていればまた何処かで会えるだろう。
そんな気がした。
それから俺たちは、ひたすら西へと向かった。
灼熱の砂漠、嵐の山岳地帯、極寒地、吸血族の城だった遺跡。
でっかい虫、伝説の大蛇、和の大国の亡霊、様々なS級魔物との戦い。
ゴエディアとシャレムがいつの間にか仲良くなっていた。
「ズッ友だぜ」とまで言っている。
何処で覚えたのやら。
エリーシャの剣の腕は、達人が十人かかってきても敵わないほどまで上達していた。
A級魔物も瞬殺である。
まあ、恐ろしい子。
敵を倒したあと、エリーシャは俺のもとまで駆け寄り、褒めてもらいたいかのようにソワソワした目で見上げてきたりする。
可愛い子。
気づけば旅立ちから、半年が経過していた。
移動することが日常となり、心身ともに成長した俺たちは、ひたすら西を進んだ。
妖精王国フィンブル・ヘイムは、もう近い。




