第63話　骨角の町

　出発してから一か月。

　色々なことがあった。

　シャレムが変な虫に刺されて高熱を出したり。

　奈落の底に落下したシャレムを追いかけたゴエディアが三日間も行方不明になったり。

　俺がエリーシャばかり贔屓していると、シャレムが拗ねたり。

　残り少ない食料をシャレムがこっそり食べ尽くしたり。

　腹を壊したシャレムが吐きまくり、げっそりしたり。

　怪我をした三頭の小型地竜を見捨てられないと、ゴエディアが介抱したり。

　おかげで三頭は俺とエリーシャ、特にゴエディアにはよく懐いた。

　シャレムにはあまり懐いていなかった。

　獲物だと思っているのか、隙あらば頭を噛まれている。

　頭から血を流しながら悶える彼女を、愉快そうに眺めていたらエリーシャに怒られた。

　そんなこんなで、地竜を馬代わりにして砂漠を駆け抜けていた。

　複雑な道でも楽に進める。

　地竜にはドラ、ポチ、ゴンという名前をつけた。

　ポチにはエリーシャとシャレムが二人乗り、ドラには俺、ゴンにはゴエディアが乗っている。

「いやあああ！　落ちるううう！」

　時速六十キロで走る地竜に、シャレムはビビりまくっていた。

　手綱を握るエリーシャにしがみつき、泣き叫んでいる。

「ちょっ、どこ触ってるの！？」

　どさくさに紛れてエリーシャの胸を揉んでいた。

　あの女、ぶっ〇してやる！

　殺気に気づいたシャレムは慌てて手を離した。

　そのせいで掴まる場所を失い、落馬、いや、落竜してしまった。

　ゴロゴロと地面を転がる彼女は助けを求めていたが。

「ふん、誰が助けるか。そのまま自力で走ってこい」

　エリーシャに怒られた。

　食料をたらふく食べたんだから、シャレムにいいダイエットになると思ったんです。

　

　————

　町があった。

　砂漠の真ん中に、大きな町が。

　巨大な魔物の遺骨に囲まれている。

「町……あ、そういえば」

　人魔大陸にも町があったな。

　荒くれ者の魔族や冒険者が利用していると聞く。

　名前は『ボーンホーン』だったか。

　なぜ骨と角なのかは、まあ置いておこう。

「……本日は、町で休むことを推奨するぞぉ」

　地竜に乗っているだけなのに疲れ切った声でシャレムが言ってきた。

　エリーシャもゴエディアも異論はないようで、俺もその提案に頷く。

　旅に必要な物資、特に食料を調達できる。

　多めに金を持ってきてよかった。

（いや……問題は）

　俺、傲慢の魔術師だってバレないよね？

　怖がられて入れてもらえないなんてこと、ないよね？

　入口の門番がものすごい形相でこっちを見ている。

　終わったかもしれない。

　そう緊張していると、

「ようこそ！　旅の方々！」

「ボーンホーンはいい町ですよ！　楽しんでいってください！」

　あっさり通された。

　え、俺の考えすぎ？

　傲慢の魔術師の知名度ってそんなになかったっけ？

　それともアズベル大陸の情報が人魔大陸にあまり伝わっていないのか。

　謎が深まるばかりだ。

　町に入ると、そこは人で溢れていた。

　まるで西アジアのような古風な街並みだ。

　中世ヨーロッパ風の国ばかりを旅してきたので、新鮮な気分になる。

　カレーが食べたくなってきた。

　もしかして米もあるかも？

「まず宿を探しに行くぞ」

「そうだね、荷物を置かないと」

「僕はふかふかのベッドがあるところがいい～」

「オレはロベリアが言うなら、どこでも」

　観光に来たわけじゃないが、門番の言う通り、少しは楽しんでいこう。

　人魔大陸の旅はストレスが溜まりやすい。

　俺も少し休みたい。

　宿にチェックインし、皆に均等にお金を配った。

　いわゆるお小遣いだ。

　万が一に備え、スリ対策として金はポケットに入れないよう注意した。

「あー、こういうのって靴の中に入れたりするよな」

　ニートのくせにやけに詳しいな、シャレム。

　とりあえず、内ポケットやズボンの中に金を隠すよう伝えたが、

「ははは！　行ってくるぜぇ！」

　シャレムが先に飛び出してしまった。

　二人一組で行動しろと言おうとしたのに、あの女は……。

「ゴエディア、頼む」

「分かった」

　ゴエディアが頷き、シャレムを追いかけた。

　もう見慣れた光景だ。

　すまん、ゴエディア。

　さて、エリーシャとやっと二人きりになれた。

　買い物でもするか。

　さりげなく彼女の手を握った。

「ひゃっ！」

　エリーシャが顔を真っ赤にした。

　何も言わず握ったから、驚かせてしまったらしい。

　でも可愛いからオーケーだ。

「ろ、ろ、ロベリア？　ど、ど、どうかしたの？」

「はぐれないように握っただけだ。買い出しに行くぞ」

「あ、ああ、そうだね！　うん、そうしよう！」

　照れるエリーシャと並んで大通りを歩く。

　悪党顔の俺と天使のような美少女が手を繋いでいるのだから、かなり目立つだろう。

　周りの通行人はまるで美女と野獣を目撃したような顔をしている。

　エリーシャは恥ずかしそうにしながらも、嬉しそうに手を握り返してくれた。

　————

　その後、宿に帰ってきたシャレムは、まるで世界が終わったような顔をしていた。

　泣きながらテーブルに突っ伏している。

　調子に乗って後ろポケットに金を全部入れていたら、スリにやられたらしい。