第62話 ロベリアの日記
平坦とは言えない。
豊かとは言えない。
普通の生物が生息しているとは思えない。
容赦なく降り注ぐ日差しの下、凸凹した大地を四人で歩いていた。
「ロベリア」
「なんだ……?」
「暇だ」
何百回も繰り返されたであろうやり取りが、ここでまた始まった。
「暇で暇だ」
溶けそうな顔でシャレムが続ける。
あまりの暑さで頭がおかしくなったのか?
「暇ぁ~! 暇ぁ!」
隣で歩くエリーシャが苦笑している。
ゴエディアはなぜかこの状況を楽しんでいるのか、笑顔を浮かべていた。
「ロベリア、暇だぁ」
「暇なのは分かったから、せめて数秒だけでいい。数秒だけでも喋るのを我慢してくれ。うっとうしい……!」
ただでさえ暑いのに、頭まで熱くなってきた。
移動を始めて三日が経つ。
俺とエリーシャ、ゴエディアは日頃の鍛錬のおかげで体力に問題はないが、理想郷に来てからずっとニート生活を送っていたシャレムは初日からバテていた。
精神的にも余裕がないのか、しつこく話しかけてくる。
そのせいでこっちの精神までおかしくなりそうだ。
できれば静かにしてほしいのだが――
「ぱっぱっぱ」
今度は唇を鳴らし始めた。
「ぱっ!」
耳元で盛大に。
「黙れと言ってるだろうが……!」
「え、喋るなって言っただけだろ~?」
言われてみれば、確かに俺の伝え方が悪かったかもしれない。
いや、屁理屈だ。
「ぱっ!」
「………」
あまりにしつこいので、シャレムを睨みつけた。
魔物を威嚇するときに使う、恐ろしい眼光で。
「し、しょうがないな~」
ようやく大人しくしてくれた。
この調子が続けば、大陸の西端にたどり着けるか怪しいものだ。
だが、現在のルートはシャレムが計算した「安全かつ最短」の道だ。
安全といえば安全だが、危険な道を進むよりも時間がかかる。
俺はそれを了承した。
シャレムの身を保証したのは俺だ。
仲間たちを危険にさらしてまで、険しい道を選ぶつもりはない。
俺も、もっと強くならなければ……。
————
夜になり、焚き火を囲んで野営することにした。
ゴエディア、シャレム、エリーシャの三人を先に寝かせ、俺が見張りをしていた。
二日連続でゴエディアに見張りを任せていたからだ。
彼にも睡眠は必要だ。
嫌な顔ひとつせず、今日も見張りをすると言い出したが、俺はそれを断った。
今日はしっかり眠ってもらう。
「……」
皆が寝静まった中、俺はロベリアの日記を何度も読み返していた。
過去をあまり掘り下げない男だからか、幼少期の記述はほとんどない。
ただ、これまで行ってきた研究や経験が、まるでプログラミングのコードのように細かく綴られていた。
黒魔術の研究成果、英傑の騎士団との対決、そして……。
(これは……?)
『エルはどこだ、会いたい』
力強く書かれていた。
そう、確かにそうだった。
この時のロベリアは、妹のエルがラインハルの元にいることをまだ知らなかった。
物語の終盤。
ロベリアは宿敵ラインハルを追い詰め、トドメを刺そうとした。
その瞬間、妹のエルがラインハルを庇ったのだ。
まさか妹がラインハルの側にいるとは思わず、動揺しながらも、兄として守れなかったことを謝罪し、再会を喜ぼうとした。
だが、エルはそれを拒んだ。
悲しい再会だった。
誰からも嫌われ、妹に拒絶され、魔王軍にも裏切られ、ロベリアは死んだ。
彼の死を悲しむ者は誰もいなかった。
むしろ、倒されたことに皆が喜んだのだ。
「……」
俺はそっと日記を閉じた。
もしロベリアの妹と会うことがあれば、謝ろう。
たとえ拒絶されたとしても、家族として――




