第61話　旅の始まりかと思いきや

　一週間後、準備が整った。

　町の正面門の前は、見送りに来た人々で溢れかえっていた。

　ユーマ、シャルロッテ、他の戦士たち、アルス、ジェシカ、子供たち、近所の老夫婦――みんな揃っている。

　エリーシャはヤエと抱き合っていた。二人とも涙で顔がぐしゃぐしゃだ。

「絶対、絶対！　帰ってきてね！　絶対だよ、エリ！」

「約束する！　ヤエも元気でね！」

「絶対の絶対だよ！　帰ってこなかったら怒るから！」

「うん……絶対の絶対！」

「絶対絶対」って……まあ、それだけエリーシャに帰ってきてほしいんだろう。

　ヤエの数少ない同年代の友人だし、死なれたら嫌だよな。

「私にはロベリアがいるから、なんにも心配いらないよ！」

「うんうん、そうだよね！　帰ったら結婚するんだもんね！」

「えっ……け、け、け、結婚！？　し……しちゃうの、かな？」

　エリーシャがちらちらこっちを見てくる。

　わかってるよ、言わないでくれ。

　盛大な死亡フラグを立ててるようだけど、無事に帰還したら町全体を巻き込むような盛大な結婚式にしようじゃないか。

「ああ」

「はうっ！？」

　肯定しただけで、エリーシャの頭から湯気が噴き出した。

　恥ずかしすぎてオーバーヒートしたらしい。

　控えめに言って、天使。

　愛らしくて、いじらしい。

　帰ったら、めっちゃ結婚しよう。

「にしし。南極の氷山も溶けるね～、こりゃ」

「もうっ、からかわないでよ、ヤエ……」

「あ、そうだ。ギリギリだったけど、用意できたよ！」

　布袋を背負っていたヤエはそれを下ろし、中身を取り出した。

　そこには、かっこよく装飾された黒のローブと剣が入っていた。

「旦那の装備、昨晩やっと完成したんだ。剛・魔力結晶の効果が付与された魔術師のローブ！　旦那をイメージしてデザイン考えたら、時間かかっちゃった。ごめんね」

　デザインで時間かかったのかよ。

　まあ、いつも着てるやつより断然かっこいいから、結果オーライだな。

　俺は「すまん」と、謝ってるのか感謝してるのか微妙な返事をしつつ、ローブを受け取った。

「あと、これ、エリちゃんの剣」

「え、私のも？」

　エリーシャに差し出されたのは、紅蓮の剣身が輝く、めっちゃ凄そうな剣。

「亡くなった父ちゃんが完成させられなかった最高の一級品だよ」

「完成させられなかった？」

「単純に必要な鉱物が手に入らなかったらしいんだけど、旦那たちが発見した鉱山に十分すぎるほどの鉱物があったから作れたんだ。父ちゃんのレシピ本によれば、心を通わせた者に絶大な力を与えるらしいよ。まあ、使い手の腕次第ってとこかな」

「そうなんだ……」

　エリーシャが剣をじっくり見つめ、数秒後。

「わ、私が受け取っちゃっていいのかな？」

　潤んだ瞳で尋ねてくる。

　人生でこんな貴重なものを託されたことがないのか、めっちゃ遠慮してる。

「仲間の役に立つなら、エリーシャにぴったりだ」

「そ、そっかぁ……」

　最近のエリーシャは、俺の言葉にめっちゃ弱い。ヤエは顎を撫でながらニヤニヤしていた。

　相変わらずムカつく表情だが、旅先じゃそれすら懐かしくなるんだろうな。

「アルス」

「はい？」

「お前は強い。みんなを守れる立派な一人前になった。俺がいない間、町を頼んだぞ」

「っ……ああ、任せてくれよ、師匠……！」

　いい返事だ。

　さすが俺の弟子、きっと大丈夫だ。

「ジェシカ、アルスのこと頼んだぞ。コイツ、すぐ無茶するからな」

「うん！　ぬいぐるみさんに石詰めて注意するね！」

「それはやめてくれ」

　可愛いぬいぐるみで誰の脳天を叩き割る気だよ。

　可憐な笑顔の裏に狂気が……！

　見送りに来てくれた人たちと別れを告げる。

　俺たちの旅路は、きっと過酷なものになるだろう。

　生きて帰れないかもしれない。

　四人のうち誰かが死ぬかもしれない。

　不安もあるけど、理想郷のみんなの想いを背負ってる。必ず交渉を成功させ、四人全員で生きて帰るんだ。

　さあ、妖精王国へ出発だ！

　……と行きたかったが、あと一人足りない。

「……」

「……」

「……」

　出発する気満々だった俺、エリーシャ、ゴエディアは、あまりの気まずさに固まる。

　見送りの人々も何事かとざわついていた。

「シャレム、いない」

　ゴエディアが力ない声で呟いた。感動ムードが一気に呆れムードに変わる。

　後でわかったことだが、シャレムは集合の日時を完全にド忘れして、いつも通りニートピア生活を満喫していたらしい―——