第45話 正当なる粛清
午後、狩りに出掛けることにした。
食料調達のため、魔物の被害が最も多い地点へ向かい、そこで生息する魔物を可能な限り駆除するのが今日の任務だ。
戦士長ユーマを筆頭に、数百もの魔物を討伐する予定である。
人魔大陸の魔物は強力だ。
だが、以前と比べ、ユーマの指揮能力と統率力が向上したおかげで、死者を出すことなく駆除を完遂できた。
帰路につく戦士たちは、達成感に満ちた笑顔を見せている。
以前では考えられない光景だった。
住処を失った彼らは、生きることすら絶望していた。
しかし、理想郷が豊かになるにつれ、町民たちの表情は次第に晴れやかになっていった。
何もかもが順調だ。
この調子なら、汚名返上も夢じゃない。
そう思った瞬間、ユーマが声をかけてきた。
「ロベリ殿、あれは?」
町がもうすぐそこに見えるというのに、皆が足を止めていた。
私も立ち止まり、ユーマが指差す方向を見上げる。
空に煙が立ち込めている――理想郷の方から。
嫌な予感が胸をよぎった。
————
数時間前。
ロベリアと、町の戦力の半数を占める戦士たちが魔物の駆除に出掛けた後、 エリーシャの日常はいつもと変わらなかった。
一週間前に完成した道場で、剣の稽古に励む。
正座で瞑想し、極限まで高めた集中力で素振りを繰り返す。
素早く、美しく、理想の形に近づくまで、何度も何度も。
(私の目標は……)
大切な人と肩を並べ、そばにいること。
エリーシャの心には、最も愛する者の姿が浮かぶ。
(あれ……?)
だが、なぜか脳裏に浮かぶのはロベリアの後ろ姿ばかりだ。
ラインハルという愛する人がいるはずなのに、ロベリアを思うときの方が心が穏やかになる。
その方が、しっくりときた。
理由はまだ、わからない。
「エリさん! 船! 船が!!」
素振りを始めて数十分。
道場の扉が勢いよく開き、アルスが慌てて飛び込んできた。
エリーシャは思わず手にしていた木剣を落とした。
「船? まさか、輸送船が?」
直接その目で確かめなければ。
————
海岸へ急ぐと、確かに英傑の騎士団の旗を掲げた大型船が停泊していた。
険しい表情のリーゲルが、誰かと話している。
英傑の騎士団なら知り合いのはずだが、船から降りてきた集団を見て違和感を覚えた。
彼らは『精霊教団』の衣服をまとっていた。
おかしい。精霊教団は魔族を嫌い、迫害する差別集団だ。
魔族を受け入れる理想郷の存在を拒絶しており、こんな場所に来るはずがない。
「あれ、お前? エリーシャじゃねぇか!」
その中に、見覚えのある金髪の男がいた。
英傑の騎士団でラインハルの右腕、エリオットだ。
「エリオットさん!」
「久しぶりじゃん。みんなお前を探してたんだぞ。まさか人魔大陸に飛ばされてたなんて、お前も運が悪いなぁ」
「いえ、助けてくれた人がいたので……」
「ふーん、それは良かったな」
人魔大陸に飛ばされ、ようやく仲間と再会できたことにエリーシャは胸を熱くした。
だが、一番会いたかった人物の姿はそこになかった。
「ラインハルは、どこですか?」
「アイツは来てねぇよ。てか、来たら困るし」
「……そうですよね。理想郷に物資を送りに来ただけですもんね……」
妙な空気が流れた。
エリオットの「来たら困る」という意味深な発言に、エリーシャは胸騒ぎを覚える。
リーゲルが、エリオットを睨んでいた。
数ヶ月もの間、英傑の騎士団に見捨てられたことを怒っているのだろう。
もしロベリアがいなかったら、理想郷がどうなっていたか考えただけでも、恐ろしい。
「それにしても酷いですよ! みんながどれだけ待っていたか、わかりますか? 過酷な環境で、食料がなければ我々は餓死していたんですよ!」
「へえ、そりゃ大変だったな」
エリオットは適当に答えた。
普段の彼なら、真摯に向き合ってくれるはずなのに。
その冷淡な態度に、リーゲルの怒りが爆発した。
「大変だっただと!? 我々の安全を保障したのはお前らだろう! なのに、我々の苦しみをまるで他人事のように――!」
その瞬間――
「うっせぇな、黙れよカス」
エリオットの剣が、リーゲルの首が吹き飛ばした。
頭部が転がり、胴体が目の前で崩れ落ちる。
エリーシャは頬に飛び散った血に、呆然と触れた。
ラインハルの親友が、目の前で人を殺した。
それも、人を守るはずの神装の剣で、躊躇いなく。
「さっきから魔族を皆殺しにしろって言ってんのに、言うこと聞かねぇとか頭悪すぎだろ。な、司祭さんよ」
エリオットの隣に立つ老人が、愉快そうに笑った。
船から降りてきた教団の者たち、船上から見下ろす者たち――全員が笑っていた。
目の前で人が殺され、叫び声、泣き声、逃げ惑う人で地獄絵図と化した。
「え、え……?」
状況を理解できず立ち尽くすエリーシャに、エリオットはいつもの軽い調子で笑いかけ、町の方へ殺意に満ちた視線を向けた。
「俺らは理想郷の魔族どもを粛清しに来た。もし俺らの正当な粛清に疑問を垂れる馬鹿や、抵抗する阿呆がいるなら、皆殺しだ!!」
そう宣言すると、エリオットは百を超える教団の者たちを率い、町へ進軍を開始した。




