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最も嫌われている最凶の悪役に転生《コミカライズ連載》  作者: 灰色の鼠


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第192話 傲慢の魔術師vs剣豪 決着


 城壁の大穴から放り出され、俺たちは宙を舞った。


 浮遊魔術で体勢を立て直し、瓦礫の山と化した中庭に着地する。

 頭上から凄まじい殺気を感じた。


「覚悟! 妖術使い!」


 頭上からサカツマが降ってくる。

 奴は重力を無視して落下速度を加速させ、強力な一太刀を繰り出してきた。


 反射的に”魔力障壁”を展開するが、硝子細工のように呆気なく叩き切られる。


 分かっていたことだが、魔術による防御はコイツには通用しない。


 すぐさまバックステップで斬撃を回避して、距離を取りながら俺は右手に黒魔力を収束させる。


「”漆黒槍ヘルファウスト”」


 数十本の漆黒の槍を同時に生成し、サカツマめがけて射出する。

 四方八方からの攻撃。逃げ場などないはずだ。


 だが、サカツマは笑っていた。


「甘い、甘いぞ! そのような直線的な攻撃など、某の刀の前では止まっているも同然!」


 剣閃が走る。

 一本、二本ではない。視認することすら不可能な無数の斬撃が、迫りくる漆黒の槍を次々と弾き落としていく。


 ほぼ同時に降り注ぐ攻撃魔術を当たり前のように見切り防御するだなんて、理屈が通らない。

 だが、現にコイツはそれをやってのけている。


「化け物め……」


 俺が忌々しく呟くと、サカツマは刀を肩に担ぎ、どこか寂しげな瞳を俺に向けた。


「化け物、か。言い得て妙だ。死して尚、友の歪んだ野望のために剣を振るう……まさに化け物以外の何物でもないな」


 友。

 その単語に、俺は眉をひそめた。


「友? もしかして、アマネの傍らにいた男が?」

「ああ、そうだ。あやつは……アカタニは、かつては誰よりも清い心を持ち、平和を願う男だった。某の無二の親友だ」


 サカツマは遠くを見るような目で、城の天守を見上げた。 


「だが、戦乱に愛する者を奪われ、心を壊してしまった。某がもっと強く、あやつの背中を守りきれていれば……このような凶行に走らせることもなかったろうに。死人に口なしとは、このことか」


 刀を握る手に力が込められる。

 彼の言葉とは裏腹に、その体からは凄まじい闘気が溢れ出していた。


「某の体は、アカタニの妖術によって縛られている。意識はあれど、体はあやつの命令に従うのみ。無関係の民を大勢この手にかけた。あやつの語る計画の片棒を担がされている……嘆かわしいことだ」


 サカツマが構えを取る。

 一切の隙がない、構えだ。


「だがな、妖術使い。某の心までは縛られてはおらん。間違っていると分かっていても止められぬこの体……止めてくれる者を、某はずっと待っていたのかもしれん」


 サカツマの純白の瞳孔が、俺を真っ直ぐ見据える。

 そこにあるのは敵意ではない。

 一人の武人としての、純粋な渇望だ。


「手加減はできん。某は全力で其方を殺しにかかるだろう。だからこそ……其方も全力で来い! 正々堂々、この某をねじ伏せ、某の友の目を覚まさせてやってくれ!」


 死して尚、友を想い、その罪を止めるために自身を討てと願うか。

 どこまでも真っ直ぐで、不器用な男だ。


「……いいだろう。その願い、聞き届けてやる」


 魔導書のページがめくれる。

 俺の周囲に黒い靄が立ち込め、地面から無数の黒い鎖が噴き出した。


「”凶悪イーヴィルチェーン”」


 蛇のように動く鎖が、サカツマの四肢を狙う。

 捕らえれば肉を腐食させ、動きを封じる拘束魔術。


 だが、サカツマは一歩も引かない。


「ふんッ!!」


 円を描くような斬撃。

 高い硬度を持つはずの鎖が、まるで豆腐のように輪切りにされて宙を舞う。


「所詮はまやかし! 某の剣術の前では無意味に等しい! 小細工は捨ててかかってこい!」


 鎖を切り払いながら、サカツマが一気に距離を詰めてくる。

 速い。思考する間すらなく、蒼い斬撃が視界を覆い尽くした。


「ぐあっ……!」


 咄嗟に身を捻ったが、躱しきれない。

 鋭い痛みが左肩に走り、鮮血が舞う。


 続けて繰り出された一撃が、脇腹を浅く切り裂いた。


「はぁ、はぁ……!」


 膝が折れそうになるのを堪え、地面を蹴って距離を取る。


 深い傷ではないが、出血が体力を奪っていく。傷口が焼けるように熱い。


「どうした、どうした! 口ほどにもないぞ!」


 休む暇など与えてくれない。

 サカツマの連撃は止まることなく、雨のように降り注ぐ。


 なんとか致命傷だけは避けているが、体中の切り傷が増えていく。


 魔力障壁は意味をなさない。

 鎖も通じない。


 通常の黒魔術では、この男には届かないどころか、触れることすら許されない。


 このままでは、ジリ貧でなぶり殺される。ならば、力で捻じ伏せるまで。


 俺は後退するのを止め、踏み止まった。体内を巡る黒魔力を極限まで高め、右手に収束させる。


 以前の俺なら、制御できないので使わなかったのかもしれない。

 だが、今は違う。


 ベルソルとの戦いで掴んだ”本質”。狂気を受け入れ、自分のものにする感覚を思い出す。


 サカツマが間合いに入る。

 刀が振り上げられる。その一撃は、確実に俺の首を狙っていた。

 その刹那。


「”死滅槍デッドエンド・ボルグ”」


 俺の掌から、巨大な漆黒の槍が至近距離で放たれた。

 これまでの”漆黒槍”とは桁が違う。


 大気を震わせ、空間を歪めるほどの密度の魔力が、サカツマを飲み込まんと迫る。


「おおおおおおおッ!!」 


 サカツマは退かない。

 真正面から、その死の槍を刀で受け止めた。

 キィィィィン! と甲高い音が響き、火花が散る。


 サカツマの足が地面を削りながら後退する。


「素晴らしい……! これほどの威力、生前でも味わったことはないわ!」


 拮抗。いや、サカツマが押し返してきている。 


 ”死滅槍”の莫大なエネルギーを、剣技だけで逸らそうとしているのだ。


「だが、まだ足りぬ! これでは某は殺せぬぞ、妖術使い!」


 サカツマの刀の刀身が月光に照らされると同時に凄まじい魔力を帯びる。

 "死滅槍”に亀裂が入り始めた。


 このままでは押し切られる。

 俺の体は悲鳴を上げている。出血で意識が遠のきそうだ。


 だが、この男は本気で俺を殺し、そして本気で俺に負けることを望んでいる。

 ならば、応えなければならない。

 俺の、最強の黒魔術で。


「……ああ、分かった。これが俺の全力だ、サカツマ」


 俺はもう片方の手を添え、更に魔力を注ぎ込む。

 黒魔術の奥底にある、根源的な絶望と狂気を孕んだ力。


 それを解き放つ。

 周囲の空間が、循環する黒魔力によって黒く染まった。



「———”冥王死滅槍プルトーネ・デッドエンド・ボルグ”!!!」


 ”死滅槍”が膨張し、禍々しいオーラを纏って変貌する。

 さらに進化した槍は、すべてを無に帰す、破滅の極致。

 

 サカツマの目が見開かれた。

 その顔に浮かんだのは、恐怖ではなく、歓喜の笑みだ。


「見事……なり……!」


 刀身が砕け散る音が聞こえた。

 次の瞬間、サカツマの体は圧倒的な黒い閃光に飲み込まれ、影も残さず消し飛んだ。


 城壁どころか、遥か後方の森林までをも削り取るほどの威力。

 衝撃が強すぎて、放った俺ですら吹き飛びそうになった。


「………勝負あり」


 余波が収まると、そこにはただ静寂だけが残っていた。


 俺は荒い息を吐きながら、何もない空間を見つめる。

 全身が痛み、立っているのがやっとだ。


「……安らかに眠れ、天下無双の大剣豪」


 友を救えなかった無念。死してなお操られる屈辱。そして悲しみ。

 それら全てから解放された彼は、最期に満足して逝っただろうか。


 いや、感傷に浸っている時間はない。

 まだ、元凶が残っている。


 俺は痛む体を引きずり、踵を返し、再び城の天守へと視線を向けた。


 待っていろ、ジーク。今行くから。

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